第22話 オタとブッキング

 居土がこてんぱんに打ちのめされると、火恋先輩は背を向けたまま言う。


「君が私達のために戦ってくれたこと……嬉しかったよ。この話は父上に上げる、また連絡が行くと思うから待っていてくれ」


 火恋先輩は振り返ると、目尻をぬぐいニコっと天使も悪魔も撃墜されそうな微笑みを残して走り去った。


「さっそうと現れ、さっそうと去る。ヒーローみたいな人だ……」


 俺は痛む体を摩りながら体育館裏からでると、剣道部の面をかぶり救急箱を持った少女と出会った。


「あの、どうしたの雷火ちゃん?」

「姉さんと同じで、顔が酷い事になってるので許してください」


 鼻をすすり少し掠れた声の雷火ちゃん。


「手当するんで」


 そう言って、彼女は無言で俺の手当を行った。


「痛そうですね……」

「鼻血は止まったみたいだけど、結構容赦なく蹴られたからね」

「うわ、うわ……これは酷い。鼻が……曲が……きっつ」


 本人の前でそういうこと言わないで!


「一応の応急処置なので、帰ったら病院行ったほうがいいですよ」

「うん。そうするよ。つかぬ事を聞くけど、二人共いつぐらいからいたの?」

「実は体育館裏で、お二人が揃うところから見てました」

「じゃあ最初から?」

「はい。実は許嫁の話、失格の旨を居土家の方に連絡したのですが、納得してもらえず、やり直しを求められていたんです。伊達としてはやり直しをするつもりはないので、出来れば決定的に失格にする理由がほしかったんです。だから……しばらく静観させていただきました。本当にごめんなさい」


 手当をしながらシュンと謝る雷火ちゃん。


「うん、全然OK。これで居土家は何も言えなくなっただろうしね、良い判断だ」


 ポンと面に手を置いて撫でてあげると、雷火ちゃんは面を取るかどうか、身を捩って迷っていたのが可愛かった。


「三石さん、わたし嬉しいです。本当に貴方がいてくれてよかったと心の底から思います」

「オーバーだよ」


 変に熱くなっていろいろ言ってしまった事を思い出し、俺も赤面してしまう。


「三石さんって熱いですよね」

「バカな、ダウン系を自負しているのに」


 面と向かって熱いって言われると、照れていいのか、恥じていいのかわからない。


「あの……結婚してもらっていいですか?」

「えっ、何だって?」

「いえ、何でもないです」


 今更っと凄い台詞が聞こえたが、かの有名な台詞でかわすことにした。


「でも、まずいのがあの場に火恋姉さんがいたことかなー」

「助けてもらったのまずかった?」

「いえ、そうではなく……姉さんに火が点いた気がするんですよね」

「火?」

「ええ、姉さん火が点くとほんとやばいんで、めちゃめちゃアタックしてくると思います」


 腕組みして「う~む」と首を曲げる雷火ちゃん。

 どういうことかよくわからないが、まぁ終わりよければ全て良し。

 手当を終えると、雷火ちゃんはそそくさと救急箱をしまい帰っていった。

 俺は丁度通りかかった生徒に、体育館裏で生徒居土が倒れてるから先生呼んできてとだけ伝えそのまま帰った。



 その夜、自宅にて――


「痛ったいなぁ」


 一応病院に行って、骨が折れてないかチェックしてもらったが、わりかし体は頑丈らしく打撲だけで済んだようだ。

 俺は痣になっている背中や顔を鏡で確認していると、携帯に着信が入った。ディスプレイには【社畜】と書かれている。


「何、親父?」

「おう、馬鹿息子。話を聞いた、具合はどうだ?」

「あぁ、なんとか大丈夫。病院行ったけど、ちゃんと治るって」

「そうか。それは良かった。……居土さんとこのせがれがやらかしたらしいな」

「まぁ……ね。向こうも相当テンパった結果だと思うよ」

「鉄パイプで武装した居土君を、お前が千切っては投げ、千切っては投げしたと」

「それ大分脚色入ってるね」


 犯人の想像はつくが。


「千切って投げたのは火恋先輩だよ」

「だろうな。何にしても伊達さんは随分とお前を見直していた」

「そりゃ良かった。……あのさ居土先輩の病院とオヤジの会社は繋がりあるから、俺たちが揉めると取引に影響しそうなんだけど大丈夫?」

「そんな事をお前が気にするな。居土さんも大人だ、私情を持ち込むような人じゃない」

「そっか、ならいいや」

「それでなんだが、良いニュースと悪いニュースがあるんだが――」

「良いニュース」

「わかった、火恋ちゃんが許嫁候補に戻りたいと剣心さんに頼んでいるらしい」

「どゆこと?」

「鈍いな、お前の男気に火恋ちゃんが惚れたってことだよ!」


 テンションの高いオヤジ。


「だから、お前の初恋叶うかもしれんな!」

「うるさいな、何で初恋って知ってるんだよ……」

「あの家で気づいてないのは火恋ちゃんだけだ。正直居土さんのせがれと火恋ちゃんが喋ってて、お前だけ蚊帳の外の時はいたたまれなかった」

「マジか、恥ずかしい」

「それで剣心さんも許嫁に戻ることを認めた」

「へー……ん? じゃあ雷火ちゃんはどうなるの? 許嫁候補じゃなくなるのか?」

「ああ。そこで悪いニュースなんだが、雷火ちゃんが全く引く気を見せていなくて、今伊達家では揉めに揉めて槍の雨でも降ってきそうな勢いらしい」

「………」

「フゥー♪ ジゴロだなお前。父さんの若い頃みたいだ」


 嘘つけよ、勉強ばっかしてたって言ってたくせに。


「そっちの方が困ったことにならない?」

「そうだな。選ばれる側から選ぶ側に回ったが、立場はこちらの方が下だからな」


 アホのテンションから一気に素のテンションに戻る親父。


「お前……絶対火恋ちゃんも雷火ちゃんも泣かせるなよ」

「無茶言うなよ! 絶対どっちかにはお断りを入れなきゃいけないだろ!」

「よく聞け、お前はこのまま上手く行けば伊達家の婿養子家族になるわけだ。その時、彼女たちのどちらかを傷つけていると最高に気まずいぞ」

「…………」


 脅すように声を低くするオヤジ。

 それ結婚しても幸せになれんやつでは?


「二人から既にデートのお誘いを受けている。火恋ちゃんからは土曜の10時に自宅に伺いますと。雷火ちゃんからは土曜の10時に自宅に伺いますと聞いている」

「分けて言ってるけど、それブッキングしてるよね?」

「頑張れ馬鹿息子、父さんは嬉しい!」


 そう言ってブチっと電話が切れた。


「……マジか」


 それからすぐに携帯にメールが入り、開くとオヤジから『お前が傷つく分には一向に構わんが、伊達さんとこのお嬢さんを傷つけるんじゃない。火恋ちゃん、雷火ちゃん二人と丁重に慎重にお付き合いするんだぞ』とシビアなことが書かれていた。


「どうすんだこれ……」


 ダブルデートは聞いたことあるけど、ダブルブッキングデートは聞いたことないぞ。



 翌日、学校の昼休み中にて――


「オレはどうしたらモテるかを常々考えていた」


 唐突に始まった、相野の男のモテ講座。


「結論が出た」

「聞こう」

「それはな、チームだ」

「チーム?」

「ああ。モテない連中でチームを作り、その中で一人あの人だけちょっとカッコよくない? って思わせるんだ。つまり周りを自分の顔面偏差値より下の奴らで固めれば、あら不思議モテるわけだ」

「前々から思っていたが、お前は本当にバカだな」

「だからさ、悠介オレと一緒にモテないグループ作ってくれよ」

「ん? ……お前今、俺の顔面レベルを下に見なかった?」

「そこに気づくとはやはり天才か……」


 そんなバカな事を話していると今日もやってまいりました。

 二年の教室の前に佇む一輪の花。俺の方を見て何ら躊躇うことなく声をかけてくる火恋先輩。


「悠介君」


 名前だけ呼ぶと、彼女は人差し指で上階を指す。

 これは昼食、屋上で一緒に食べようという意味だ。


「あのさ悠介。聞きたいんだけど、伊達先輩お前にフラグ立ってない?」

「顔面偏差値がお前以下の俺にフラグが立つと思うのか?」

「その説は完全に論破不可だから言及はしないけど」


 冗談のつもりだったが何気に失礼な奴だ。


「最近少しだけ仲良くなる機会があったから、お昼を誘ってくれるようになっただけだ」

「本当かよ……。オレより先に幸せになったら許さないからな!」

「俺たち30まで童貞を貫いて、魔法使いになろうって誓い合った仲だろ」


 相野にサムズアップをくれてやると、同じようにサムズアップで返してきた。

 ちなみにこの約束は両者で裏切る気満々だった。



 屋上へ上がると、そこには火恋先輩と雷火ちゃんがベンチに鎮座していた。姉妹だと言うのに会話がなく、むしろピリピリとした雰囲気が伝わってくる。

 漫画なら背景に炎と雷が、メラメラバチバチしてそうだ。

 今からその真ん中に行くと思うと、足が軽くすくむ。


「…………シンプルに怖い」

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