第134話 暴走火恋再び

 突然のキスに驚いてぽけーっとしていると、その隙を突くようにもう一度唇に何かが触れる。


「ん!?」

「ん」


 ニ回目のキスに驚いて慌てて後ろに首をひくが、両頬を掴んだ火恋先輩の力は強い。俺程度の腕力で逃れられるものではなかった。

 ベアハグの如く自身の欲求を満たすまで離す気はないと言いたげで、俺の唇に当たる柔らかな感触は永遠の如く続いている。


「う、ウンッ」


 しまった。露骨な咳払いに、玲愛さんに見られていことに気づいた。

 再び顔を離そうと首に力を込めるが、火恋先輩は「無駄な抵抗だ」とでも言いたげにキスを続ける。

 さすがにこれ以上はまずい。なんとか無理矢理、火恋先輩の柔らか天国から逃れる。

 危なかった、これ以上続くと脳が戦闘モードに突入してしまう。

 しかし火恋先輩は俺が逃げたのが相当お気に召さなかったらしく、無言のまま鮮やかな足さばきで俺を組み敷くと再び唇を重ねた。


「んっ……」


 語尾にハートマークのつくいやらしい口づけは、自由を奪われた俺の脳を溶かしてしまう程の威力を持っていた。

 口を離したと思ったらくっつける、まるで小鳥のついばみのように短かなキスが何度も繰り返された。

 押し倒されてしまった俺の脳内は、まともな思考を行うことができず、もはや身を委ねるしかない。

 火恋先輩は口を離すとフフフと妖艶な笑みを浮かべ、瞳に怪しい光を灯す。

 これ成年漫画だと、確実に目の中にハートマーク浮かんでるやつだ。

 もう好きにして下さいと抗うことを諦めると、彼女は俺の上に覆いかぶさりそのまま顔を寄せてくる。


「火恋、いい加減離れろ!」


 盛りのついた小熊を無理やり引き剥がす飼育員の如く、玲愛さんは火恋先輩の後ろ襟を掴んで無理やり俺から引き離した。


「あっ……まだ……」


 ボソボソと何か言う火恋先輩だったが、明らかに口の動きは「足りない」って言ったと思う。


「誤解させた分の代価として放置していたが、お前はやりすぎだ」

「す、すまない」


 火恋先輩の思考が元に戻ったのか、体中の血液を全て顔に集めてきたように真っ赤になっていた。


「何であんなに長いんだ……普通はもっと短……じゃないのか?」


 ゴニョゴニョと言葉を濁す玲愛さんの顔は、心なしか少し赤い気がする。

 俺は未だ機能復帰を果たせず、ボイルされたタコの如く真っ赤になり耳や目から白い煙を噴き出していた。


「火恋もう気が済んだだろ? 写真の件はもういいな?」

「もう一回キスさせてくれたら納得する」

「いい加減にしろ!」


 玲愛さんがピシャッとシャットアウトしてしまうと、火恋先輩は残念そうに親指の爪を噛んだ。


「……姉さんのいぢわる」


 しゅんとうなだれる火恋先輩。


「ホントに、お前はどんどん性癖がオープンになっていくな」


 唇をそっと指でなぞり、自分の世界に入っている火恋先輩。


「人の話を聞け!」


 ガクッと肩を落とす玲愛さん、心中お察しします。



 俺が熱暴走で機能停止していると、何故か外窓からカーテンがたれてきた。そのカーテンをロープがわりに、シュルシュルと雷火ちゃんが滑り降りてくる。

 小柄な体がシュタっと華麗に着地すると、窓を開けて雷火ちゃんが侵入してきた。


「猿かお前は、どっから入ってきてるんだ」

「姉さんがドア壊すから悪いんでしょ!」


 プリプリと怒っている雷火ちゃんだが、客間の中央でショートしている俺を発見するとパッと笑顔になった。


「リアル悠介さんがいる!」


 喜んで近づいてくる雷火ちゃんだったが、様子がおかしいことに気づく。


「どうして悠介さん煙吹いて意識飛びかかってるんですか?」


 玲愛さんはジトっとした目を火恋先輩に向ける。

 しかし火恋先輩は何食わぬ顔ですましつつ、自身の唇をペロリとなめた。


「一匹の盛った犬に襲われただけだ」


 玲愛さんは腰に手を当ててため息をついた。


悠介コイツに説明させるつもりだったが、火恋のせいで使い物にならんくなったので私が説明してやる」


 玲愛さんは簡潔に、写真の経緯が誤解を生んだだけだと説明してくれた。


「や、やっぱり、勘違いだったんですよね。よ、よかった~」


 ホッと胸をなでおろす雷火ちゃん。どうやら誤解がとけたようで良かった。


「二人で早とちりして、コイツを避けていたのだろう? その事に関してはコイツに謝れ」

「うっ、ごめんなさい」

「すまない……」


 二人は正座して畳に手をつき、腰を曲げて謝罪した。

 ようやく熱暴走がおさまって普通に脳が動くようになってきたので、俺も二人に誠心誠意、畳に頭をつけて謝罪した。


「いや、こちらこそ誤解を産むような事をしてすみませんでした」

「それはこっちが事実確認をしなかったのが悪いんです、本当にごめんなさい」

「君を信じることができなかった我々の落ち度だ。許してほしい」


 火恋先輩と雷火ちゃんは、もう一度二人で頭を下げた。


「これでこの件は解決でいいな?」


 玲愛さんは謝罪する姿を見て、腕組みしつつ頷いた。

 俺もこれでなんとか仲直りでいいのかな? と思う。

 しかしそこに異を唱えるように、火恋先輩が挙手する。


「何だ?」


 玲愛さんは、また何かよからぬことでも思いついたんじゃないだろうな? と言いたげに片眉をつり上げる。


「やはりこれでは足りないと思う」

「足りないとは?」

「悠介君は被害者なだけで、私たちの過失の方が大きいと思う」

「そうか? コイツが余計なことしなければ……」

「それも聞けばすぐにわかったことだし、意図的に彼を避けた分私たちの方が罪は重いと思う」


 ん? この流れは……。


「そうだとして、じゃあどうするんだ?」


 玲愛さんが問うと、火恋先輩は潤んだ瞳でまたこちらを見た。


「その……やっぱり悠介君に罰を与えてもらうしか……」


 やっぱりか! このマゾ先輩は、本当に押し倒されるの好きすぎだろ!

 玲愛さんが半眼でこちらを見てくる。その目は、お前のせいで妹がおかしくなったと抗議したげだ。

 俺だってここまで性癖歪むと思ってなかったんですよ。

 そこで意外にも手を挙げたのは雷火ちゃんだった。


「じゃあ休みの日はコスプレデーにするとかどうですか? 多少過激なのでも着ちゃいますよ!」


 それはお互い得していいことだと思うが、火恋先輩は納得しておらず難しい表情で唸る。


「それだとデートと変わらないから、あまり面白くないのでは?」


 この人はなぜ罰にエンタメを求めているんだ?


「もう少し我々の罰になることをしないとダメだ」

「じゃあ……逆に脱ぐとか?」


 雷火ちゃんの軽はずみな発言だった。しかしその言葉を火恋先輩は逃さなかった。


「それはいい! 脱ごう、下だけ」


 唐突に名案を閃いたように目を輝かせる火恋先輩。


「あの、ちょっと何言ってるかわかんないんですけど」

「あぁすまない、下着だけ脱がないか?」


 そんな軽くスポーツやらないか? みたいなノリでパンツ脱がないか? と言わないでほしい。


「とても恥ずかしくて、とてもいいと思う。その時はスカート限定にしよう」


 最近思ったんだが、火恋先輩どんどんブッ壊れてきてね?


「い、嫌よ。そんなのはしたないし、もし見られたらどうするつもりなんですか?」


 雷火ちゃんのあまりにも正論すぎる反論が上がる。


「ドキドキしないか?」

「しませんよ!」

「きっと濡――」


 とうとう玲愛さんのアイアンクローが火恋先輩に炸裂した。


「いいか火恋、冷静になれ。お前は一応大企業伊達の娘なんだぞ」

「いだい。だ、だってキスはさっきしたから……」

「はっ!?」


 メリメリと締め上げられている火恋先輩から漏れた爆弾に、雷火ちゃんが食いついた。


「どういうことですか? まさか姉さん悠介さんとキスしたの? 妄想じゃないですよね!?」


 君はお姉さんをバカにしすぎだ。パンツ脱ごうとか言い出すけど、あの人成績は学年トップなんだぞ。


「さっき盛って押し倒した」


 玲愛さんが何度目かわからないため息をつきながら答えた。


「嘘、ズルい! わたしが2次元で我慢してるのに……あっ……」


 この姉妹は揃って自爆属性でももっているんじゃないだろうか。

 自爆したことによって、雷火ちゃんは少し涙目になっていた。


「ええいめんどくさい。悠、雷火にもしてやれ、減るもんじゃないだろ」


 男らしすぎますが、きっと純情や、純潔ゲージ的なものがぐんぐん下がっていくと思います。


「じゃあ雷火が終わったら、次はまた私に……」

「火恋、お前はしばらく喋ることを禁じる」


 メリメリとこめかみに食い込むアイアンクローで、火恋先輩は動かなくなった。死んだんじゃないかアレ?

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