第135話 伊達家の深刻な知能低下

 玲愛さんからキスしてやれと言われた俺と雷火ちゃんは、お互い気まずげに視線を合わしたり逸らしたりを繰り返す。


「あの……えっと……」

「いや……その……」


 考えてほしい、親しい女の子とじゃあキスしよっかと言ってキスできるだろうか?

 しかもご家族に見守られながら。

 俺には無理だ、陰キャにはハードルが高すぎる。

 しばらく無言のまま沈黙が続く。一回ちゅっとすれば、この気まずい空気も終わりだとわかってはいるのだが、そんな簡単なものではない。

 俺の顔は何もしていないのに熱くなってきて、心臓はドッドッドと壊れたエンジンの如く、血液を顔に集めてくる。

 それは雷火ちゃんも同じようで、いつもは白い頬が朱に染まっている。


「あ、あの、あんまり無理しなくてもいいんじゃないかな? やっぱりやれと言われてするようなものでもないと思うし」


 困り果てて、泣きそうになっている雷火ちゃんを見て、停戦を提案してみる。


「ダメです! 悠介さんはわたしとはしたくないんですか!?」


 雷火ちゃんにキスしたくないの? と言われればしたいと言うに決まっている。

 しかしそれを口に出せるかどうかはまた別問題。羞恥心や倫理観、本能が、脳内で大戦争をおこしている。


「したい、けど……」


 さすが俺の欲望と本能、なんとか羞恥心と理性を黙らせたようだ。


「じゃあしましょう!」


 自分を奮い立たせるように言う雷火ちゃん。

 彼女は四つん這いになって、座っている俺の顔に自身の顔を近づけてくる。

 さながら犬や猫のような動作で、朱に染まる頬は、お互い触れ合えば火傷しそうなくらい熱い。


「し、しますよ。いいですよね!」


 なぜか半ギレで確認してくる雷火ちゃん。


「は、はい、どうぞ」


 雷火ちゃんは目をつむり、そーっと顔を近づけてくる。

 しかしいくら待っても、ほんのわずかな間隔を残して、それ以上近づいてくることはなかった。

 まるでお互いの前に透明な板があって、それより先に進めないように見える。これはどう見ても、お互いのATフィールドが邪魔しあってる。

 そんなもどかしい状況を、姉二人が固唾を飲んで見守っているのがわかる。

 玲愛さんはそっぽを向きつつもこちらをチラチラと伺い、火恋先輩に至っては自分も参加するかのように食い気味でガン見している。


 今嫌な事を思いついてしまったが、もし仮に伊達家と結婚してセッ……子作りするときも、こんな感じで見守られてるんじゃないだろうな。


 いつまで経ってもくっつくことのない雷火ちゃんの唇は、段々震えだしてきた。

 その表情は進むことも戻ることも出来ず、デッドロックにハマって泣きそうといった感じ。

 俺はその顔を見て、彼女の体を抱き寄せた。


「ふあっ!?」


 いきなり抱きしめられて驚く雷火ちゃん。


「ごめんね、俺にもっと根性と度胸と甲斐性と容姿があれば、君にそんな顔をさせることにならなかったのに」

「足りないもの多すぎですね……」


 クスッと笑う雷火ちゃん。

 全ては根性無しの俺が悪い。まごついてタイミングを逃し、女の子の方からしてもらうのを待つ。自分でもヘタレだと思った。

 雷火ちゃんは、あぐらをかいている俺の膝の上に座り、自分の足を俺の腰に回してきた。

 そのさまは甘えん坊のコアラのようにも見える。


「ごめんなさい。わたし恥ずかしくなりすぎて、全然体が動かなくて、それで、それで……」


 俺は少し体を揺らしながら、雷火ちゃんの背中をポンポンとあやすように撫でる。

 落ち着いてきたのか、頬ずりして甘えるように密着してくる雷火ちゃん。


「焦らず俺達のペースで行こうよ」

「そう……ですね」


 俺は彼女の額に軽く口をつける。


「こ、これが俺の精一杯だ……許して」

「……はい」


 雷火ちゃんは嬉しそうに微笑むと、俺の腰に回した脚に力を込める。


「悠介さんは日和るくらいでいいと思います。後この態勢だいしゅきホールドできるから好きです」


 ぴったりと俺の耳に口づけるように囁いた。


「姉さん私もあれやりたい。出来ればキスしながら……」

「黙ってろ」


 盛りのついた火恋先輩は、再び飼い主に黙らされた。


 すっかりご機嫌モードになった雷火ちゃんを膝の上に乗せつつ、火恋先輩に向かい合った。


「お互い収まりがついたということで、今回はこれで終わりにしませんか?」

「そうだね、残念だ……」


 言葉通り見事な落胆ぶりを見せてくれる火恋先輩。

 だが、そこにご機嫌になった雷火ちゃんが続ける。


「姉さん、わたしいいですよ」

「えっ?」

「だから、悠介さんの前なら下着脱いでも」


 この膝の上に座る可憐なオタク少女は、一体何を言っているのでしょうか?


「いや、もうこの話はこれで終わりにしておいた方が」

「勘違いして避けちゃったお詫びに、悠介さんにわたしのパンツあげますね」

「ぶっ」


 雷火ちゃんと真逆の方向を向いて、俺は吹き出した。


「頭に被ってもいいですよ♡」

「被らないよ!」

「被らないのかい? 君の好きなラブコメ主人公は皆被ると聞くが……」

「古い様式美です! 今日日そんなラブコメ……なくもないか」


 最近のラブコメマンガを思い出すと、パンツを被るどころか自分がパンツになるまである。

 俺は救いを求めるように玲愛さんを見る。


「た、助けてください玲愛さん……」


 俺の願いを聞いて、やはりメシアは救いの手を差し出してくれた。


「お前ら、品性のないことをするな。誰かにそんな遊びを知られたら伊達が終わる」


 呆れながら首を振る玲愛さん。しかし二人の妹はゴニョゴニョと小声で話し合う。


「何であんなに反対するんですかね?」

「姉さんも仲間に入りたいのだろう。のけものにされてるから……」

「あぁそういえばコスプレデートの時も結構……」


 君たち、密談というのはもう少し小声でした方が……。

 玲愛さんはというと、こめかみに怒りマークをつけて、今にも爆発しそうだった。


「お前ら!」

「じゃあ姉さんも一緒にしたらいいじゃない」

「そうだね」

「はっ?」


 意表をつかれたが、何を馬鹿なと笑い飛ばす玲愛さん。


「実はわたし、姉さんが勝負パンツ何枚も持ってるの知ってます」

「あぁあの黒のエグいやつだろう?」

「それそれガーターベルト付きの」


 黒……エグいやつ……気になる……。


「あれは絶対見せたいんですよ」

「確かに機能性はゼロだしな」


 そのへんにしておいた方がいいのではないだろうか。俺はもう玲愛さんの表情を見るのが恐い。


「いい加減にしろバカども!」


 予想通り怒髪天を衝く勢いで玲愛さんは怒鳴ってから、部屋を出ていってしまう。

 めちゃくちゃ怖かったが、俺の頭には玲愛さんの勝負下着姿以外浮かんでいなかった。


「姉さん怒っちゃいましたね」

「そりゃまずいよ。妹の口から勝負下着の存在バラされたら……」

「姉さんならパンツぐらい見られても、それがどうしたって言うかと思ったのだが」


 君らはお姉さんをただの危険な動物と勘違いしている。あの人は意外と乙女だ。


「後で謝っておこう」

「そうですね」


 火恋先輩は立ち上がってこちらを見ると、意味深なウインクをよこす。


「じゃあ、その、姉さんもいなくなったことだし……ね?」


 そんな邪魔者もいなくなったしみたいな空気で言われても困る。


「あの、何を?」

「せっかくだから君に下着をおろしてもらおうかと……」


 上級ハードプレイすぎる!


「さっき玲愛さんに怒られたばかりじゃ……」

「それはそれ、これはこれだよ」


 なんて便利な言葉なんだ。

 俺がまごまごしていると、雷火ちゃんまで立ち上がる。


「わ、わたしも覚悟決めました! どうぞわたしの下着持っていって下さい!」

「決めなくていい! パンツ渡されても困る!」

「キスのときは引き下がっちゃいましたけど、こっちは引き下がりませんよ!」

「こっちこそ引き下がってくれ!」

「さぁ男らしくやりたまえ!」


 パンツ脱がしてくれと姉妹に懇願される謎な状況。

 その後折衷案として、俺は目隠しをしてなら秘技天空パンツ下ろしをやってもいいという流れになった。

 一体どういう流れなんだと聞かれると、俺もどうしてこうなったと言いたい。


「準備できました……」


 俺はタオルで目隠しをしながら、火恋先輩に向かい合う。

 視界は真っ暗だが、目の前に火恋先輩が立っており今からスカートに手を入れてパンツを脱がすことに。

 自分で説明しても、わけわかんない状況だ。


「じゃあ、火恋先輩からでいいですか?」

「ああ、男らしくきたまえ」


 俺の100倍男らしい火恋先輩。もし仮に彼女と結婚したら、終始変態プレイに没頭しているのではないかと思う。

 普段真面目で優等生な先輩が、裏では性豪でしたってエロ同人ネタだろ。

 俺はもしかしたら、とんでもない性欲ドスケベモンスターを呼び起こしてしまったのかもしれない。


 汗ばむ手をズボンでゴシゴシと拭いながら、ゆっくりと火恋先輩のパンツに手をかける。

 心臓の音はバクバクを超えて、バンバンと爆発を繰り返すような強さで鼓動し、絶対体に酷い負荷をかけていると思う。

 なんかもう恋のABCの上を反復横とびで高速移動している気分だ。


「では、行きます!」

「あっ!? 悠介君、ちょ、ちょっと! ま……」


 俺はがしっと火恋先輩のパンツを握り締めた。

 ん? 火恋先輩こんなにガッチリしてたかな? というかパンツの感触がおかしい。

 パンツの布が雑巾というかタオルというか、なんだかゴワゴワしている。

 ええい、雷火ちゃんも控えているんだ。一気にいく!

 俺は火恋先輩のパンツを一気にずり下げた。


「よしっ!」


 手応えを感じてガッツポーズをとると、低い男性の声音が響いた。


「なにがよしなのだ? 悠介よ」

「…………あれ?」


 今オッサンの声が……。

 俺は恐る恐る目隠しを外し、自分が持っているパンツだと思っていた白布を見やる。


「これはパンツでしょうか?」

「そうだ、それはワシのフンドシだ」

「これはノーパンでしょうか?」

「そうだ、それは儂の◯ん◯んだ」


 tntn?


「ほげぇぇぇぇえぇぇぇええええ!! おえええええええええ!!」


 俺の目の前に現れたのは剣心さんのノーパン姿だった。


 目が目が! 穢れたダークマターが! 汚いバベルの塔が、俺の目に!

 バルスを受けたムスカの如く、俺は畳の上を転がり回った。


「あぁぁぁぁあああ目がめがああああああああ!!」


 しばらくのたうち回った後、火恋先輩と雷火ちゃんの三人並んで正座させられ、殺されるんじゃないかと思うくらい怒られた。


 そりゃ家に帰ったら、許嫁とは言え男が自分の娘のパンツを下ろそうとしてたら、そりゃキレるよね。いや、八つ裂きにされても文句は言えない。

 めっちゃくちゃに怒られた後、俺はしばらくの間伊達家への出入り禁止を食らった。

 玲愛さんがいればこんなことには……。

 その玲愛さんは怒っている剣心さんの後ろで、べーっと舌をだして怒っていたのだった。

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