第133話 昔の乙女ゲーの声優は大体同じ

 玲愛さんの愛用車は真っ赤なスポーツカータイプで、車種に明るくない俺でも、この目つきの悪い車が数千万はするだろうとわかった。

 スポーツカー好きだったんですか? と聞くと、一番家に早く帰れる車をくれと言ったらこの車が出てきたらしい。

 スポーツカーを実用で購入してしまうところが、なんとも玲愛さんらしい。

 市内を走ること数分、凄いスピードで冬の街が過ぎていくと、あっという間に伊達家へと到着した。

 車を降りると、時間は既に西日が落ちつつある。

 茜色の弱い日差しが、俺と玲愛さんの影を長くしていた。


「何を言うか考えたか?」

「とりあえず真っ先に謝ります。話はそこからです」

「勘違いさせたことは謝るべきではあるが、早とちりでお前を避けたあいつらにも非はある。全面的に謝る必要はない。まずは写真の件を釈明しろ」

「わかりました」


 態度や言い方は冷たいものの、しっかりと話す内容をサポートしてくれる心遣いがありがたかった。

 玲愛さんが玄関を開けると、割烹着を着た家政婦の田島さんがタオルで手を拭きながら出迎えてくれた。


「あら玲愛ちゃん、今日は帰ってこれたのね? あらあら悠ちゃんも一緒なの? 珍しいわね」

「どうも、お邪魔します」

「火恋と雷火はどこに?」

「二人共元気なくてね、ずっと部屋に閉じこもりっきりなのよ。悠ちゃんも遊んであげてね」


 田島さんは心配そうに眉をひそめている。


「原因が解決しにきたから大丈夫だろ?」


 玲愛さんはチラリと威圧感のある目で俺を見やる。

 まるで美人上司から「君には期待している(失敗したら殺す)」と圧力をかけられている気分だ。


「が、頑張ります」


 俺はそこで待っていろと上司から指示を受け、客間で待機することになった。

 すぐに廊下から大きな声で、玲愛さんが妹二人を呼び出す声が響く。


「火恋、雷火、客間まで来い!」


 呼び出してるだけなのに、声には迫力があった。

 すぐにペタペタとスリッパの音がして、客間から見える障子越しに火恋先輩のシルエットが写った。


「姉さん、どうかしたの?」

「ちょっとそこで待ってろ。雷火、早く下りてこい!」


 雷火ちゃんは何やら用事をしているようで、なかなか下りてくる気配がない。しばらくして、二階から雷火ちゃんの声が響く。


「今忙しい、後にして!」


 その言葉にカチンときたのか、玲愛さんの怒声が炸裂した。


「お前ゲームのレベル上げてたら殺すぞ!」


 こええええぇぇぇ!

 玲愛さんはハスキーな怒声と共に二階へと駆け上がっていく。

 とりあえず雷火ちゃん、もしゲームをしているなら今すぐ電源を切るんだ。君の命に関わるかもしれない。

 雷火ちゃんの部屋は丁度客間の真上のようで、ダンダンダンダンと力強く階段を走り抜ける音がした後、すぐにバンと扉が開かれる音がした。


「お前やっぱりゲームやってたな!」


 くぐもった声で、二階から玲愛さんの怒りの声が聞こえる。

 続いて雷火ちゃんが抵抗する声がする。


「いいじゃない、今日ぐらいやらせてよ!」

「昨日もやってただろうが! 飽きもせずゲームのレベルばっかり上げて!」

「違います、恋愛ゲームだからレベルなんてありません!」


 ちょっと居直るように抵抗する雷火ちゃん。きっと二階では玲愛さんが髪を逆立てて、伝説のサイヤ人の如く怒り狂っていらっしゃることだろう。

 まぁでも大声で姉妹喧嘩をしているが、内容は一般家庭と同レベルなので、なぜだかホッとした。


「ゲームの中の男を口説いてる暇があったら現実の男を口説け!」

「あーあー! 今その話題する!? 姉さんだって月と電話で大喧嘩して、私のものに二度と手を出すな! ってキレ散らかしてたくせに!」


 あれ、煽られてキレたのって雷火ちゃんじゃなくて玲愛さんだったのか? 


「黙れ、私は私の物に手をつける奴が大嫌いなんだよ! お前こそ泣きながらキーボード叩き壊してただろうが!」

「あれはいらなくなったから処分してただけですぅ!」

「苦しいことを言うな! 誰がどう見ても嫉妬に狂ってただけだろうが」


 ハハ……となんだか渇いた笑いがこぼれた。


「だからゲームをやめろと言ってるだろう! コントローラーから手を離せ!」


 完全に母親と子供の喧嘩になってるじゃないか。


「離してよ! もうじき悠介さんと結ばれるんですから!」

「よく見ろ雷火、悠はこんなにカッコよくない! 名前が同じだけのキャラクターに現実を重ねるな!」


 なんか俺が泣きそうになってきたんだけど。


「やめてよ! 悠君は浮気なんかしないんだから! わたしだけを見てくれるんです!」


『愛してるよ雷火!』


 どうやらゲームを爆音にしたらしく、ムーディーな音楽と、子○武○のイケメンボイスで愛を囁く声が聞こえてきた。

 てか雷火ちゃん本名プレイなんだ。


「もう一度言う、現実を見ろ! 疑似恋愛に逃げこむんじゃない!」

「ゲームの中ぐらい夢見させてよ!」


『結婚しよう雷火!』


 甘い声で囁かれる子◯ボイス。


「もういいの、わたし子○さんと結婚するから!」


 中の人と結婚したいとか言い出した、末期症状の伊達家末妹。

 これが世界を牛耳る大企業の娘です。


「子◯って誰だ! せめてこのキャラクターの名前にしろ!」


『よせ、雷火さんは渡さないぞ!』


 おや子○さんとはまた別の、透き通るようなイケメン緑○ボイスが聞こえてきた。ゲームの中でも急展開が起きているらしい。


『オレ以外の男と付き合ったのか……雷火』

「違うの悠介さん!」

「何で別のキャラクターも同じ名前なんだよ!」

「男性キャラも自分で名前を決められるんです!」


[ちょっと待ったー雷ちゃんは僕のもんだぜ!]


「悠ちーまで!」


 三人目の三石悠介が登場したようだ。(CV山◯勝平)


「何なんだこのゲーム! 三石悠介しかいないのか!? お前は何かそういう病気なのか!?」

「失礼なこと言わないで! いろんな種類の悠介さんと付き合ってるだけなんだから!」

「お前はアホなのか!? もういい、そこでずっとゲームの中の絵と付き合ってろ!」


 大体親との口論って、最終的に親がキレて終わるよね。

 ズバンと凄い音をたてて、ドアが閉められる。


「悠が来てるけど、お前はそこから出てくるな!」

「悠介さんはわたしの目の前にいますー」


 雷火ちゃんの煽りに玲愛さんはブチギレたのか、ドゴンと思いっきりドアを蹴飛ばし、その後ダンダンダンと怒りながら階段をおりて来た。


「ちょ、えっ? 姉さん、今悠介さん来てるって言った!?」

「うっさい、お前は悠ちーとでも結婚してろ! 祝儀は出してやる!」

「ちょっと姉さんが蹴飛ばしたせいで、ドア歪んで出れないんですけど!」


 今度はバンバンバンと激しくドアを叩く音が聞こえる。

 戻って来た玲愛さんと、待たされっぱなしだった火恋先輩が障子の前にシルエットとして浮かぶ。


「姉さん、悠介君が来てるって本当?」

「ああ。もうお前だけでいい、あいつは手遅れだ」


 玲愛さんは雷火ちゃんを待たずに障子を開けると、俺は火恋先輩と目と目があった。


「ど、どうもこの度は……」


 俺は三点倒立土下座か、ダイナミック横受身土下座をするか迷っていたが、隣にいる玲愛さんの顔が般若の如く恐かったので普通に土下座した。


「悠介君……」

「あの、お騒がせな写真が送られてしまいまして、本当にすみませんでした」


 土下座して顔を伏せている俺に驚いているのか、火恋先輩からの反応はない。

 だがしばらくすると、俺の頭にそっと手が触れた。そしてその手は俺の顔をゆっくりと上げさせる。

 目の前には少し潤んだ瞳をした火恋先輩が。


「……会いに来てくれたのかい?」

「はい、あの……学校では会えなかったので。玲愛さんに連れてきていただきました。その……皆が写真のせいで、混乱してしまっていると聞きまして」

「うん、そうだね……」


 返事を返す火恋先輩の声に、全く感情が無い。

 なんとか誤解を解くために事情を説明する。


「あの画像は水咲さんの家にお呼ばれ……正確には連れて行かれたのですが、その時に撮られたものなんです。結婚式の風景が写っていたと思うのですが、それは水咲の開発した新型VRゲームの中の事なんです」

「ゲーム……」

「いえ、例えゲームの中であろうと結婚式を挙げるなんてもってのほかだと思われると思います。そのことに関しては本当にすみませんとしか言いようがありません……」

「本当の結婚式ではないということだね?」

「はい。水咲家と婚約した等という事実はありません。あくまでゲームのごっこ遊びの一場面が切り取られ、誤解に繋がってしまいました」

「……そうなのかい?」


 必死に釈明する言葉を伝えたつもりなのだが、火恋先輩は鳩みたいに可愛らしく小首をかしげている。

 まずい、もしかしてVRのことから説明しないとダメだったかなと思い、再度口を開こうとすると火恋先輩がそれを遮る。


「私から聞きたいのは……その……捨てられたわけではないんだよね?」

「いえ、本当に捨てるとかありえないです」

「そうなんだ……君の気持ちが離れてしまったんじゃないかと思ったんだ」

「すみません」

「ようは水咲家が我々の嫉妬を誘おうとしたわけだろう?」

「あの、それはそれでまた訳がありまして。企業戦争の駆け引きと言いますか……毒を毒で制すと言いますか……」

「でも、結婚式の写真を撮ったのはそういう意図なのだろう?」

「そう……なの、かな? ちょっとわからないですけど」

「ふむ」


 火恋先輩は小さく息をつくと、どうしようかと視線をさまよわせる。


「あの……どうぞお怒りでしたら、俺のことをぶん殴っていただいても、踏んでいただいても構いません」

「そうだね……」


 そう言うと火恋先輩は客間に飾られていた木刀を手にし、ヒュンと一振りする。


「…………」


 殴ってもいいとは言ったものの、木刀はさすがに死ぬのでは?

 いやそれで怒りが静まるのであれば、甘んじて半殺しくらいは受けよう。

 多分死にそうになったら玲愛さんが止めて……止めてくれるよね?

 冷たい木刀が俺の頬にピタッと触れる。


「これで今回のことはチャラにしよう。顔を上げて目をつむりたまえ」

「は、はい」


 言われたとおり目を閉じて顔を上げる。


「行くよ」

「は、はい」


 俺は必死に歯を食いしばって衝撃に備える。

 だが、いつまで経っても木刀は降ってこず、かわりにふわっとした感触が唇に触れる。


「んっ」

「!?」


 驚いて目を開けると、ほぼゼロ距離の位置に火恋先輩の顔があった。

 唇同士が離れると、ふぅと艶めかしい吐息を吐く火恋先輩。


「えっと、あの……キスしました?」

「これでチャラにしよう」

「木刀は?」

「少し驚かせただけだ。私が君に暴力を振るうわけないだろう?」

「そ、そうですね」


 すみません、普通に半殺しにされると思ってました。

 後、なんか玲愛さんがすげー不機嫌オーラ纏ってるのですが。

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