第132話 賭け金の上乗せ
俺が腰を抜かしながら白目むいていると、玲愛さんはピッチングクレジットにカードを挿入し、バッティングを開始した。
「い、いつからそこにいたんですか?」
「火恋先輩に会いてーのとこだな」
「ほとんど最初じゃないですか!」
相野の奴、気づいてたのに黙ってたな!
だからずっと打ってなかったのか。
「先日伊達家のスマホに、水咲姉妹と貴様の結婚写真が送られてきた」
玲愛さんはスマホを放り投げて俺に画像を見せる。
そこにはウェディングドレス姿の月と綺羅星、タキシード姿の俺が映し出されている。
画像には年賀状とかでよく見る『私達結婚しました~』と、煽り文にしか見えない文言が載せられていて、俺は泡吹いて倒れそうになった。
「月の奴、なんて恐ろしいことを……」
「正直……これを見てキレそうになった」(パカーン)
玲愛さんは投球速度を150キロに上げたボールを、美しいスイングでホームランにした。
「なぜこんなことを」
「月の、というより恐らく水咲の策と見るべきだな」(パカーン)
見事二球目も快音をたて、ホームランにする。
「貴様、水咲にもちょっかいをかけられているようだな」(パカーン)
三球目も以下略。
「は、はい。剣心さんからの命により、偽の恋人として振る舞うようにと……」
「チッ、だから私を入念に足止めしていたのか。父上も往生際が悪い……」(パカーン)
「その、海外でのお仕事は大丈夫だったんですか?」
「次々に私を足止めしてくる重役や取引先をかわすだけの仕事だった」
俺の頭に重役の役職名札をつけたラガーマンが、次々に玲愛さんに体当たりしていく光景が浮かぶ。
「そんなイラついてるときにあの画像が送られてきたから、危うく飛行機でお前の家に突っ込んでやろうかと思った」(パカーン)
「は、はは、ご冗談を……」
玲愛さんの声音からはどこまでが冗談で、どこまでが本気かわからない。
「航空会社は飛行機を飛ばさないとゴネるし、一生この国に閉じ込められるんじゃないかと思った」(パカーン)
「それ最終的にどうやって帰ったんですか?」
「私のポケットマネーで空港を買い取った」
金持ちはスケールがちげぇや。
「それでチャーター便とかで帰ってきたと」
「ロシアの空軍から、
金持ちはスケールがちげぇや。
「昨日ミサイル並みのスピードで家に帰ったら、火恋は何も入ってない鍋を火にかけて延々かき混ぜ続けてるし、雷火は月に電話して煽られて余計キレるし、悲惨だった」(パカーン)
「す、すみません」
そのイラ立ちを全てぶつけるようなフルスイングは、ボールを弾丸のように吹っ飛ばした。
「でも、どうして水咲はあんな写真をばらまいたんでしょうか……」
「あれはあれで考えがある。単なる嫌がらせじゃない」(パカーン)
「どういうことですか?」
「あの写真がばら撒かれたのは伊達グループのほぼ全体。お前のことを気に入らない婚約反対派にも行き渡った」(パカーン)
「恐ろしいですね」
また敵が増えたのか。
「あの写真を見て、反対派の人間は伊達と婚約するのか、水咲と婚約するのか事実関係がわからなくった」(パカーン)
「大丈夫ですか、あれ
「伊達と敵対してもいいが、水咲とはしたくないという連中もいる」(パカーン)
「ってことは」
「迂闊に手を出せなくなった。本来ならお前の父の会社、住吉商事はもう潰されていてもおかしくなかったが、あの写真が出回ってから攻撃が緩んだ」(パカーン)
「水咲はそれを狙って?」
「タイミングが良すぎる。偶然ではないだろう」(パカーン)
「オヤジの会社は水咲に救われたと?」
「あの写真を見れば、お前の背後に水咲がいることがわかる。バカじゃなければ手は出せん」(パカーン)
なるほど、何の権力も持ってないと思ってた子供の後ろに、急にもう一つ大企業の影が出てきたと。
もしかして月ってめちゃくちゃいいことしてくれたんじゃ?
「ただ、あの写真は我ら伊達姉妹に対して宣戦布告の意味も兼ねているだろう。住吉商事を守るだけなら、わざわざ結婚式の写真じゃなくてもいい。……なめられたものだ」(パカーン)
あかんプレッシャー濃度が強くなった。なんとか話題をかえよう。
「え~っと、その、オヤジの会社はどうなるのでしょうか?」
「私が手を回しておいたから、今後迂闊には攻撃できない。攻撃を仕掛けていた会社は伊達グループから外し、ブラックリストに入れた」(パカーン)
「ブラックリストに入るとどうなるんですか?」
「少なくとも、この国ではまともに仕事はできない。銀行からの融資は受けられんし、伊達から敵視されてる企業はどこも使わない」(パカーン)
「な、なるほど」
それが伊達を怒らせたツケという奴なのだろう。いささかやりすぎな気もするが……。
「貴様、今可哀想とか思ったんじゃないだろうな」(パカーン)
「えっ……す、少しだけ……」
「加害者の心配をするのはやめろ。敵は敵だ、それ以上でも以下でもない」(パカーン)
「でも、もとは伊達グループとして頑張ってきた人じゃ」
「甘いことを抜かすな。勝手な動きをする奴に、甘い対応をとれば他がつけあがる。謀反は首を切る。当然だ」(パカーン)
まるで罪人の首を刎ねよと言い切る、クレオパトラ女王のような貫禄。
戦国武将、いや帝王の考え方だ。
「それで諸々片付けてお前の様子を見に来たら、バッティングセンターで凹んでると。ホントにお前はお前で、少し無視されたぐらいで気が弱くなりやがって」(パカーン)
「す、すみません」
「どうして最近のガキは、お前は俺の女だと言って安心させてやらないんだ」(パカーン)
玲愛さんは自分で言ってイライラしきたようで、飛距離がぐんぐん伸びていく。
一体その体のどこにそんな筋力があるのか謎である。
「自分のせいで敵が増える? 迷惑をかけるから身を引く? なら最初からお前なんか選ぶか」(パカーン)
玲愛さんの抜刀術みたいなフルスイングは、ボールの芯を捉え気持ちよくホームランコースを飛んでいく。
「私は妹間での浮気は推奨している。だが、他の家に浮気しに行くのは断じて許さない」(パカーン)
「はい……」
「その時は浮気相手を滅ぼして、お前をボコボコにして監禁する」(パカーン)
こ、恐すぎる……。発想が完全にサイコパス。
「水咲もそうするんですか?」
「あいつには借りがある。正々堂々勝負して、伊達の方が優秀だと見せつけ……倒す」(パカーン)
多分玲愛さん、水咲のことライバルとして認めてるんだろうな。
「そして勝った暁には、お前は死ぬまで伊達三人の慰みものだ」(パカーン)
「三人って玲愛さん入ってるんですね」
「ぬっ」(ズドン)
しまったと、玲愛さんの口の端が歪む。今日初めてバットが空振りした。
「伊達に入ったら、お前は伊達の所有物だ。伊達の実権をもつ私にその権利がないわけないだろう」(パカーン)
再びバックネットの突き刺さるボール。
あっという間に立て直すのはさすがと言ったところか。
「犯罪ですよ」
「私がもみ消す」(パカーン)
何の躊躇も迷いもなく言い切るところが恐ろしい。
「どうしてそこまでして……」
「私は伊達の為にしなければならないことをしているだけだ。お前は……伊達に必要だ」(パカーン)
ちょっと泣きそうになってしまった。
明確に自分が必要だと言ってくれる人の頼もしさ。
この人のためならば、俺はもう伊達のピースでもいいかなと思えてしまう。
「お前がもし、妹達を幸せにすると約束するなら、私を抱かせてやってもいい」(パカーン)
「はっ? えっ?」
唐突な言い出しに、俺は困惑する。
「勘違いするな。競合相手が増えたのなら、条件をよくするのは当然だ」
玲愛さんが何を意図しているのか、その氷細工のような冷たい表情から伺い知ることは出来なかった。
「それに、お前には義姉がいる。私はこの人を明確に驚異だと思っている」(パカーン)
「静さんのことですか?」
「雷火から送られてきた、コミックメイキングの動画に出ていただろう?」(パカーン)
「あっはい」
「彼女からは、なんというか……禁忌を犯すことにためらいがない雰囲気を感じる」(パカーン)
あっ、やっぱ他の人から見てもそう見えるんですね。
「玲愛さん珍しく言葉を濁してますね」
「私の義姉になるかもしれん人だぞ。一番の驚異になる人物なのに、全く手が出せない。……初めてのパターンだ」(パカーン)
なるほど、それでか。
「とにかく、私の体も欲しいというのなら競売にかけてやる」(パカーン)
「うっ、あっ、えっ?」
「この私にいやらしいことをやりたい放題なんて燃えるだろ」(パカーン)
正直……燃えますけど。
「三姉妹で犬プレイなんてどうだ?」(パカーン)
「ゴクリ……」
「私がリードを引いて
えっ、俺が犬の方なのと一瞬の驚愕。
「お前は水咲にはやらん、私のものだ。違う、伊達のものだ」(パカーン)
玲愛さんは最後に一際大きく振り抜くと、ボールは天井にめり込んで落ちてこなかった。
持ち玉はまだ残っていたが、玲愛さんはピッチングマシンからカードを抜き取りバッティングセンターを切り上げる。
「行くぞ」
「どこにですか?」
「まだウチの妹が凹んでいる、事情を説明して誤解を解け」
「だ、大丈夫ですか? 俺めっちゃ避けられてますけど」
「知らん。機嫌のとり方は自分で考えろ」
「む、難しいですね」
「あいつらは単純だから、セックスの一つでもすれば機嫌もよくなるだろ」
「あばばばば」
今までの話をずっと盗み聞きしていた相野に視線を移すと、奴はスキャンダルを掴んだ週刊誌記者ばりに邪悪な笑みを浮かべる。
早くこのこと皆に知らせなきゃ(使命感)という感じで走り去った。
多分、明日学校でひどい噂が出回っているんだろうな。
「行くぞ」
「あ、あの俺、せ、セックルは自信ないです」
「冗談だ、まともに受け取るな」
そう言われて俺は自意識過剰に赤面してしまう。
ですよね、さっきの話も全部冗談ですよね。
「
そんな恐ろしいことを聞かれながら、俺は玲愛さんの車に乗り込んだ。
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