第266話 家出少女 Ⅴ
翌日――
俺はコーヒーの匂いが香る喫茶鈴蘭で、メイド姿で働く火恋先輩と雷火ちゃんをカウンター席で眺めていた。
二人共接客業経験はないものの、持ち前の要領の良さで慣れてきている。
ただ一言苦言を呈したいのは、二人共スカートの短さが気になってトレーですぐに太ももを隠そうとする。
あの絶対領域がいいんじゃないかと思っていると、カウンター越しに婆ちゃんから話かけられた。
「やらしい顔で見るんじゃないよ。ウチはそういうサービスしてないんだから」
「み、見とらんわ!」
盛大にどもってしまった。
「そんでメールで言ってた猫は、ちゃんと調べたのかい?」
「洗って病院連れていって、検査とかしたけど健康だった。一応保健所にも、飼い猫じゃないか問い合わせてみたけど多分野良だろうって」
「ほーん、で、飼うのかい?」
「雷火ちゃんたちが気に入ってるから飼っても良いとは思うけど……。そこはやっぱり命の問題にぶつかるよね」
ペットを飼うなら命の責任をもたなければならない。
猫だからそこまで大きな手間はかからないと思うけど、もし大福が病気やケガをしたとき、ちゃんと世話をしてやれるのか? やっぱ飼えませんでしたではすまされないだろう。
「ユウ坊が飼うんじゃなくて、あの子達が飼うんじゃないのかい?」
「ペット飼うって役所に届けないとダメでしょ? 今彼女たち家出中で、住所とか書けないからさ。もし飼うなら俺が親になるかなって」
婆ちゃんと話をしていると、ドアベルがカランコロンと鳴る。
誰もいないのにドアだけが開いたと思ったら、足元から「なー」っと鳴き声が聞こえる。ブラッシングされたモフモフ大福が、トコトコと店の中を歩いてやってきていた。
「あれ? 家に置いてきたのにな。ついてきちゃったのか」
ちなみにアパートから、喫茶鈴蘭まで大して距離はない。
「太った猫だね」
「獣医さんが言うには、歯が綺麗だからそんなに歳は取ってないって」
「ほーあんたその貫禄で子供かい」
「なー」
大福はデブのくせに軽やかにカウンター席に飛び乗ると、ちょこんとお座り姿勢で俺の顔を見上げる。
「なー」
「飯の催促かな」
さっきちゅーるやったんだけどな。
「ユウ坊、厨房にその猫入れるんじゃないよ。保健所が来ちまう」
「あぁごめん、客席は確か大丈夫なんだっけ」
「フン、大丈夫でも客は嫌がると思うけどね」
婆ちゃんは、めちゃ嫌そうな顔をしながら厨房へと引っ込んでいく。
「ありゃ、婆ちゃん猫嫌いだったかな」
「なー」
「まぁでも来ちまったもんはしょうがないもんな」
俺が頭を撫でようと手を伸ばすと、勘違いしてお手をする大福。かわいいやつだ。
すると婆ちゃんがミルクの入った皿と、魚をミキサーで粉砕し鰹節をかけた餌を持って戻ってきた。
「ほれ、ユウ坊、これでも食わせときな」
「ババア猫にデレデレじゃねぇか」
「ふん、パスタ用のアンチョビがちょっと余っただけだよ」
勿論大福は餌に飛びついてガツガツと食う。
「ふん、見た目通り豚のように食らう子だね。こういう子は肥満で早死するよ」
婆ちゃんは毒を吐きながらスマホでAMUZONを開くと、猫用健康器具をポチっていた。
ババアデレデレじゃねぇか。
「なー」
餌を食い終えた大福が皿をコンコンと叩く。どうやらデブ猫に相応しく、まだ餌を所望しているらしい。
「全く、ウチにはツナとチーズしかないよ。あっ、マグロがあったしそれをやろうかね」
再び厨房に引っ込む婆ちゃん。
ババア猫に甘すぎだろ。そのうち俺より良い物食ってそうだ。
大福が2皿目を食い終え、満足して席で丸くなってから話を続ける。
「そんでユウ坊、こっちの猫はいいとしてあっちの猫はどうなんだい?」
婆ちゃんは接客を行う雷火ちゃんたちを見やる。
「それで思い出した、婆ちゃんあの特級呪物なんとかしてよ」
俺はあの不気味な能面と、武者鎧をなんとかしてくれと頼む。
「あー能面の方は、家賃3ヶ月未払いの住人がいて、家賃のかわりに差し押さえたやつだね」
「あの触るな、祟るぞって書いてあったメモは?」
「あたしが書いたやつだね」
「紛らわしいことするなよ。めっちゃビビったじゃん。じゃあ武者鎧も婆ちゃんの?」
「武者鎧? そっちは本当に知らないよ」
「またまた、住んでた人の奴じゃないの? 押し入れの中にあったよ」
「あのアパートは、居住者が全員引っ越した後に、あたしが全部屋チェックしてるからそれはないね。武者鎧なんて目立つもの気づかないはずがない」
「…………」
今ちょっとぞわっとした。確かにあの武者鎧押しても全然動かないし、雰囲気変だったもんな。
後で雷火ちゃんに、あの部屋に住むのはやめるように言っておこう。
「着物と能面は今度回収しに行くよ」
「その時ついでに退魔師も連れてきて」
「ユウ坊はどうするんだい?」
「俺は一応家出騒動が落ち着くまで、向こうで泊まろうかと思ってる。多分玲愛さんが帰ってきたら、事態は進展すると思うしさ」
「ならあんたがアパートの管理しな」
「へ?」
婆ちゃんは鍵束を俺に手渡す。
「あんたが管理人になって、あのアパートを使うんだよ。老朽化が進んでるからね、女だけで過ごすのは不安じゃろうて」
「この鍵は?」
「いざってとき、予備の鍵がなかったら危ないだろ」
確かに。鍵をかけたまま倒れていたなんてことがあったら、助けるのが遅れてしまう。
しかしこれを持ってると、俺はいつでも好きな時に彼女たちの部屋に入れてしまうということで……。
「変なこと考えるんじゃないよ」
「か、考えてないよ!」
しかし管理人か……マンガやエロゲーではかなり美味しいポジションの役回りだ。
しかもあのアパートは共同風呂で共同トイレ。ハプニングが起こる、いや起きてしまう可能性は非常に高い。
「ユウ坊、ちゃんとアパートに住むこと静に言うんだよ」
「わかってるって」
まぁ静さんなら2つ返事でOKしてくれるだろう。
俺は忘れないうちに、静さんにメールを送ることにした。
『かくかくしかじかで、しばらく雷火ちゃん達と婆ちゃんのアパートに住むよ』
数分後、返事がやってきた。
『わかった。お姉ちゃんもそっち行くね^^v』
えっ?
―――――
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