第265話 家出少女 Ⅳ

 俺は「んぎゃあああああ!」という、叫び声を聞いて飛び上がっていた。


「なに、今の声……」


 もしかして雷火ちゃんたちか? いや、まさかヒロインがあんな汚い悲鳴をあげるわけがない。

 ホラー映画で悪魔が放つ雄叫びのようだった。やはりここは死霊館的な何かだったのかもしれない。


『コンコン』


 談話室の扉を誰かがノックしている。

 誰か来たのだろうか。俺は恐る恐る扉を開く――



 その頃、腰を抜かしあっていた伊達姉妹は、お互いを指さして怒っていた。


「雷火か!?」

「姉さん!? なんでそんな変なものかぶってるんですか!?」


 雷火が怒るのも当然だ、暗がりからいきなり能面を被った女が現れたら誰でも腰を抜かす。


「怖いんだよ! このお面がずっと私を見ているような気がして。だから被るしかないだろ!?」

「能面怖い、なら被ってしまえば良いってそうはならんでしょ!?」

「お前だって後ろ姿は完全に妖怪だぞ!」


 両者ともに、お化け屋敷のお化け役同士で驚き合っているようなものだった。


『ガラガラガラ! ドーン!!』


 ギャイギャイと喚く二人だったが、ひときわ激しい雷の音が響き冷静になった。


「こんなところで揉めてる場合じゃないです、早く悠介さんのとこに行きましょう」

「そ、そうだな」


 二人は安心を求めて談話室へ行くと、ゆっくりと扉を開く。

 しかしながら部屋には誰もいない。囲炉裏の暖かな火が輝き、使用していたらしき座布団が四枚散らばっているだけだ。

 そのあまりにもガランとした雰囲気が不気味で、伊達姉妹は周囲を見渡す。

 

「ゆ、悠介さん? どこですか?」


 誰もいない談話室にパチ、パチっと木炭が弾ける音だけがする。


「ま、まさか悠介君は既に霊に」

「ば、バカなこと言わないで下さい。た、多分トイレに行ってるだけですよ」

「トイレ……見に行くか?」

「…………待ちましょう。待っていればきっと」


 闇夜のトイレに行けるほど二人のメンタルは強くなく、もう一度廊下を見渡す。

 すると数メートル先の真っ暗闇の中に、金色に輝く瞳が見えた。


「ぴっ(鳴き声)」


 雷火は満月のような瞳を見て、泡ふいて失神しそうだった。


「下がれ、あの怪物は私が倒す」



「でやああああああ!」

「うわああああああ!」


 俺が談話室に戻ると、能面を被った幽霊女がいきなり襲いかかってきた。

 女は右足を軸にして、鋭い回し蹴りを放ってくる。

 幽霊なのに物理(攻撃)!? と驚いていると、その瞬間俺の腕の中にいた生き物が能面女に飛びかかった。


「ふにゃあああああ!!」

「うわああああああ!!」


 能面女は顔面にとりつかれ、尻もちをついて倒れる。

 遅れて布団を被った雷火ちゃんが、スマホのライトを俺に浴びせる。


「ゆ、悠介さん!?」

「雷火ちゃん!? ってことは、この能面をかぶってるのは」

「姉さんです」

「ぐあああああ、離れろ霊め!」


 今現在、火恋先輩の顔面には猫が飛びついている。

 俺は猫を顔面から引き剥がして持ち上げると、先輩はようやく今まで自分が戦っていたものが猫だと気づいた。

 毛色は顔と背中に灰色の筋が入っているが、全体的にはほぼ白い。

 体型はまるまるとでっぷり太っており、三角の耳をぴんっと立てて低い鳴き声をあげる。


「なー」

「ね、猫?」

「はい、今日ここに来たとき写真に金の瞳が映って、心霊写真だーって言ってたじゃないですか。多分犯人こいつです」

「なー」


 金の目をパチクリさせる猫。

 先程ご丁寧にノックして、この部屋にやってきたのだ。


「ここに住み着いちゃってたんですかね?」

「多分ね」


 雷火ちゃんは猫の首を撫でると、丸い顔を何度も傾げて見せる。


「かわいいー。顔はスコティッシュっぽいですけど、耳ピンとしてますしミックスですかね?」

「猫に詳しくないからわかんないけど、わりと大人しいし人懐っこいよ」

「うわー白猫ちゃん、かわよ~」


 雷火ちゃんはデブ猫におおはしゃぎである。


「これが幽霊の正体と言うわけか」

「タネなんてわりとそんなもんですよね」

「悠介さん、この猫首輪してませんし野良猫ですよね?」

「一応婆ちゃんにラインで聞いたけど、昔この近くに多頭飼育の猫屋敷があったらしくて、その中の一匹じゃないかって」

「飼主さんがいらっしゃるんですか?」

「いや、猫屋敷の主人は去年亡くなってて、猫はほとんど保護施設に連れて行かれたらしい。多分こいつは保護から逃れた一匹っぽい」

「なー」

「なるほど……それで」


 デブ猫はするりと俺の手から逃れると、威風堂々と歩いて談話室に入り囲炉裏の前で丸まって座り込んだ。


「か、かわいい。丸くなったら、ほぼまんじゅうじゃないですか」

「そうだね、名前をつけるならもち丸がいいんじゃないかな」

「悠介さん、もち丸はまずいですよ。既に有名なのがいますし……」

「じゃあ鏡餅。ちょうど段々になって丸っこい」

「私はもっと和風な名前がいいと思う。虎徹なんてどうだ?」

「姉さん渋すぎますよ」

「火恋先輩、ちなみにあの猫メスですよ」


 あれやこれやと名前の案を出した結果、デブ猫の名前は”大福”に決定した。

 名前的にも縁起が良さそうだし。

 その後雷火ちゃんと火恋先輩は、談話室に布団を持ってくると囲炉裏の傍に敷いてそこで夜を過ごすことになった。


「悠介君、私の布団に入ってきていいんだよ」

「悠介さん、わたしの布団に入っていいんですよ」

「どっちかに入ると、もう一方に怒られそうだからやめておくよ」


 二人から誘われて嬉しいが、俺は大福と共に座布団の上で寝よう。

 そう思ったが、大福は俺の接近を嫌がったのかトコトコと歩いて火恋先輩の布団に入っていく。


「お、おぉ私のところに来た」

「大福、姉さんのほうじゃなくてこっち来て!」


 雷火ちゃんが必死に呼ぶが、大福は見向きもしない。


「大福~」

「ふふっ、すまんな雷火。どうやら私の方が好かれているらしい」


 勝ち誇る火恋先輩だったが


「うわっ!」

「どうしたんですか?」

「オシッコした」


 大福は「すっきりしたぜ」という顔で布団から出てくると、再び座布団へと戻った。

 わりと猫の尿は強い臭いを伴うので、布団などにされると洗わないと使用することができなくなってしまう。


「先輩、雷火ちゃんと一緒に寝たらどうですか?」

「むぅ、そうだな」

「しょうがないですね、入れてあげますよ」


 火恋先輩が雷火ちゃんの布団へと入ると、二人は何か閃いたようで顔を見合わせた。


「悠介君」

「悠介さん」

「どしたの?」

「「これなら一緒に寝られるよ」」


 二人は布団の真ん中を開けて、俺を導いてくる。

 いや、確かに3人で同じ布団で寝れば、どっちかが怒ることはないと思うが。

 すると大福が、なんだ私のために開けてくれたのか? と言わんばかりにテクテクと布団に向かっていく。


「悠介さん早く!」

「またオシッコされてしまうよ!」

「え、えぇ!」


 俺は慌てて姉妹の真ん中に入る。

 勢いで布団に入っちゃったけど、左右で伊達姉妹が寝ているというのは凄い光景だ。

 当然一枚の布団で寝るにはとても狭いので、かなり密着することになり、二人の顔が至近距離に迫る。

 俺はかなり緊張してこわばっているのに、姉妹はそんな俺をからかうようにクスクスと笑っている。


「とうとう同衾してしまいましたね」


 言い方がよくないと言いかけたが、ほぼ事実なので何も言えない。

 火恋先輩は俺の右腕、雷火ちゃんは左腕に抱きついてくるので身動きもとれない。

 助けて大福と思っていると、大福はのっしのっしと歩いてきて掛け布団の上(俺の腹の上)に腰を下ろして丸くなる。


「ぐっ、重い」


 このデブ猫、7,8キロはあるな。今から名前を漬物石にかえてやりたい。


「なー」


 寝る体勢に入った大福は、3人一緒に寝させてやってるんだから文句言うなと言ってるようだった。

 明日洗った後、動物病院に連れて行って病気がないかだけチェックしよう。

 まぁ肥満という点以外は健康そうだが。


「その位置でオシッコするなよ」

「なー?」


 こうして幽霊屋敷の夜はふけていくのだった。





―――――


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