第267話 姉、来たる
「よーし、共同風呂が使えるようになったぞ」
浴場の清掃が終わり、ガス開通によって蛇口からお湯が出るのを見て満足する。
アパートがボロいので、お風呂もドラム缶風呂を想像していたが銭湯顔負けなくらいでかい。
5,6人入っても余裕そうな湯船は、このアパートで唯一誇れるところと言っても良いかもしれない。
「風呂場はとりあえずOKとして、自分の部屋も片付けないとな」
雨漏りの修理や、風呂掃除をしていて自室がおざなりになってしまっている。
自室に戻ろうとすると、キンコーンとドアベルの音が響いた。
「来ちゃった♡」
「来ちゃったか~……」
玄関に出ると、キャリーケースを持った静さんと真凛亞さんがはにかんだ笑みを浮かべている。
静さんはいつもどおり、胸部を大きく湾曲させた長丈のセーターにロングスカート。その上に真っ白いコートを羽織っており、セレブママ感が凄い。
真凛亞さんは黒マスクに、ジャラジャラとシルバーアクセサリーを付けたゴシックパンク姿。見た目怖そうだが気弱なエロ漫画家だ。
「あの静さん。さっきも言ったけど、ウチのマンションの方が遥かに環境良いよ。ここボロいし、寒いし、エアコンないし」
「でも悠君、しばらく帰ってこないんでしょ?」
「それは、そうなんだけど……」
「お姉ちゃんにとって、一番環境が良いのは悠君のいる場所よ」
清々しいほどにブラコンである。
まぁ元のマンションも別に解約したわけじゃないし、こっちは家賃0なので新たに出費が出るというわけではないが。
「真凛亞さんもいいんですか? こんなとこついてきちゃって。マンガ業に差し支えたりしますよ」
「大丈夫……。先生がいるところがオフィスになるから」
わりと真凛亞さんは静さん信者みたいなとこあるからな。
静さんがいるなら外国でもついていきそうだ。
「それに最近はapplepadさえあれば、どこでも作業できる」
確かに、便利な世の中だと思う。あんな小さな板にキャンバスだけじゃなく、参考資料も全部はいるもんな。
「成瀬さんはどうするって言ってました?」
「なる先輩は……マンション残るって」
「そりゃそうですよね」
それが普通だ。
「でも、多分すぐ追いかけてくる」
「いやーここの写真見せたとき、ふざけんなホラーハウスかよって相当嫌がってましたからね」
あの面倒くさがりの成瀬さんが、引っ越しなんかしてこないだろう。
「大丈夫……なる先輩ダメ人間だから。一人で生活できない」
「あの人俺たちのマンションに来る前は、一人暮らししてたはずでは?」
「一度暖かい家族に触れた人間は、元の生活には戻れない」
「?」
話がよくわからず首をかしげていると、デブ猫の大福がのっしのっしと廊下を歩いてきて、「よく来たな人間共」と言わんばかりのふてぶてしい顔で静さんたちを見渡す。
「あっ、これが大福ちゃんね」
「か、かわゆす」
二人に抱っこされても無表情の大福。
しかしこの猫、本当に人を恐れないな。
「なー」
「「なー♪」」
人はなぜ猫と会話していると猫語を使ってしまうのだろうか?
静さん達が大福と初対面を交わしていると、雷火ちゃんと、火恋先輩が慌てて玄関に走ってきた。
「義姉上!」
「義姉様!」
ズサーッとダイナミック土下座する二人。
彼女たちには昨日、静さんが引っ越してくるかもという話をしたのだが、その後からガチガチに緊張してしまっている。
「も、申し訳ございません! 我々が至らぬばかりにこのようなことにお付き合いさせてしまい!」
「悠介さんには何から何までお世話になっております! ご迷惑ばかりかけて本当にすみません! このような豪華な住む場所まで用意してもらって」
雷火ちゃん、持ち上げ過ぎは皮肉になるよ。
「ウフフ、いいのよ。悠君がいるところが私の家だから」
ダメだ、静さんのブラコンが極まっている。住む場所なんかほとんど気にしてない。
「それじゃお部屋に行きましょうか?」
「そうだね。雷火ちゃんも火恋先輩も、まだ部屋の片付けあるでしょ? ここは俺に任せておいて」
「すまない悠介君」
このくらいなんてことはない。俺は静さんと真凛亞さんの荷物を持って部屋へと案内する。
「どこか希望の部屋ってある?」
「悠君の隣の部屋がいいわ」
「それじゃ静さんは104号室かな。真凛亞さんは105でいいかな?」
「(コクコク)」
二人を掃除が終わった部屋に案内する。一応標準でガス水道、座卓と布団がついているものの安アパート感は拭えない。
「おぉ……トキワ荘みたいだね」
トキワ荘とは、かつて手塚治虫先生が漫画家たちと暮らしていたアパートのことである。
「雰囲気的には昭和レトロ感があるね」
「悠君、意外と暖房がないのに暖かいのね」
「一階に囲炉裏があって、そこに火がついてると建物全体が温くなるんだ」
「それはいいわね」
「マンガ描くなら二階のサロンがいいかもしれない。囲炉裏のある談話室の真上で、すごく暖かくなるよ」
「いいわねそれ」
荷物を各々の部屋に置くと、二人は荷ほどきを始める。
俺も自分の部屋掃除しておかないとな。
自室に戻って掃除を行っていると、大福がテクテクと歩いてやってきた。大福は掃除している俺を尻目に、押入れの中に入っていく。
猫って、暗かったり狭いところ好きだなと思っていると、壁をゴリゴリしている音が聞こえてきた。
恐らく大福が壁で爪とぎしているようだ。
「大福、爪とぎしちゃめーなの」
俺は四つん這いになって押入れに入り、大福を抱き上げる。その時、壁にガムテープがはられている場所を発見する。
「なんだこれ?」
「なー?」
テープは正方形に厳重に貼られており、まるで何かを隠しているようだ。
「また変な心霊現象的なものじゃないだろうな」
テープ剥がしたら悪霊退散の御札とか出てくるんじゃないだろうなと思いつつ、俺はガムテープを剥がす。
すると、ヒビが入っていた壁がボロっと崩れ落ちた。
「うわ、なんてボロい壁なんだ。ガムテープで補強してたのか」
これじゃ隣の部屋とつながってしまう。
俺は大福が余裕で通れそうな壁穴から顔を出すと、隣室の静さんがちょうど着替えを行っている最中だった。
我が姉ながら、レースをふんだんに使ったエグい下着をつけている。
「紫ってのがエロいよな……」
この子供には似合わない色合いがまた。
「しまった、これじゃ覗き野郎じゃないか」
俺は慌てて頭を引き抜いて壁を封鎖しようとするが、テープは粘着力を失い、塞ぐどころか壁はボロボロと崩れていく。
やばいこのままではバレると思ったら、ばっちり静さんと目と目が合ってしまった。
「あら?」
「……いや、あの、押入れの中を掃除してたら壁が割れてて」
「あら、そうなの?」
この人下着見られたくらいじゃ、悲鳴の一つもあげないな。
「後で塞いどくよ」
「直さなくても大丈夫よ。どれくらいの大きさかしら」
静さんは下着姿のまま壁の穴に近づく。
「悠君のお部屋と繋がってるのね。通れるかしら?」
「結構穴が大きくなってるから、女の人なら通れるんじゃないかな」
静さんは四つん這いになって、壁穴に上半身をくぐらせる。
しかし――
「あ、あれ? 引っかかっちゃったかも」
「ほんと?」
どうやら下半身が引っかかってしまったらしい。
静さんの爆乳が通るんだから、腰も余裕だろうと思ったのだが、よくよく考えると胸は変形するので多少無茶はきくが尻は無茶がきかない。
「ゆ、悠君、お姉ちゃん戻ることもできなくなっちゃったかも」
「えっ!?」
まずいな、静さんすごい格好で壁に挟まっちゃったぞ。
俺は彼女の腕を持って引っ張ってみるが、全然動かない。
「あいたたた」
「静さんの部屋の方から押してみるよ」
「うん、お願い」
俺は自分の部屋を出て静さんの部屋に入ると、凄まじく無防備な下半身が露わになっていた。
「……これ壁尻というやつでは?」
俺がゴブリンだったら大変なことになってるぞ。
「悠君助けて~」
「ちょっと待ってて!」
俺は慌てて彼女のお尻をつかんで、無理やり押し込んでみる。
「この、このっ」
なんてムチムチした尻なんだ。ロングスカートの下が、ガーターベルト付きのストッキングなんていやらしすぎるだろ。
段々尻を押してるのか揉んでるのかよくわからなくなってきた。
30分ほど壁尻と格闘してみたものの、押しても引いてもどうにもならない為、穴を金槌で拡張することになった。
ボロい壁は金槌で叩くと、いとも簡単に割れ拡張は成功。
力技でなんとか抜け出すことに成功したものの、壁穴は人一人が余裕で通れるくらいの大きさになってしまっていた。
「婆ちゃん怒るかな?」
「多分アパートとして使うなら建て直すと思うし大丈夫よ」
その後壁穴はダンボールで塞いだものの、大福がすぐに猫パンチで突き破ってしまう。
仕方なく修復を諦めた壁穴は、静さんの部屋に直通となる穴になってしまった。
―――――
カクヨムコン参加してます。よろしければフォロー、星等、応援よろしくお願いたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます