第222話 命乞い

 演劇当日。

 小学校の体育館に集まった子どもたちを前に、俺たちは演劇を行っていた。

 主役兼ヒロインの俺は、寝不足も相まってナチュラルハイと化していた。


「私はシンデレラ、悪い魔女に魔法をかけられ男になってしまったわ! でも気にしない、私ポジティブだから! 後そういう時代だから!」


 主役が男ということで、脚本を少しかえコメディテイストにしたシンデレラ。

 王子様の方も、実は女の体を隠していたという設定にして、最後はごついガラスの靴の持ち主を探すというストーリーにした。

 小学生たちは、いつものシンデレラかよ? 俺たちをいつまでもガキだと思うなよ? って顔をしていたが、明るい雰囲気に飲まれ、最後は笑いと拍手が巻き起こっていた。



 公演を終えると、その日は小学校からそのまま下校することになり、俺たちクラスメイトは団子になりながら下校していた。


「いや、悠介ハマったな。お前には主演女優賞をやろう」


 肩を組んでくる相野は、今日の劇の成功にご機嫌だった。


「そんなもんはいらん。ってか俺セリフ3回くらい飛んだからな」


 俺がセリフ飛ぶ度に、壇上では独特な緊張感が走っていた。

 こいつまさかセリフ忘れたのか? という演劇部の視線が突き刺さっていた。

 真下さんが、急遽俺のセリフを背景の裏側に書くという機転がなければ終わっていただろう。

 俺はそれをカンペ代わりにして危機を逃れた。


「でも兄君以外、あのシンデレラは出来ないよ。ボク最後の方のセリフで、この26センチのガラスの靴に合うものはいないか! って自分で言って笑いそうになったもん」


 シンデレラの足デカすぎ問題。

 普通女性の足って22、3だもんな。

 なんにしても成功したのは嬉しいことだ。


「なぁこの後打ち上げしようぜ」


 相野の誘いに、クラスメイトがノリよく賛同する。

 だが俺は眉をひそめた。


「俺夜からバイトなんだ」

「ちょっとくらいいだろ? 主役がそんなこと言うなよ」

「そうだよ兄君」

「む~……」


 寝不足だから少し寝てから行きたかったんだが、仕方ない1,2時間くらいならなんとかなるだろう。

 そう思い、俺たちは大所帯で駅前のカラオケへと向かった。


 クラスメイト達は、それぞれ6人部屋に分かれて入室していく。

 俺は相野達と同じ部屋で、面子は俺、相野、入江、アマツ、真下、北原ドム子


「そんじゃ劇成功にかんぱーい」


 相野が音頭をとって、ジュースで乾杯。


「あたしパスタとピザとたこ焼きね~」


 何の準備もしていないドム子が、次々に料理を注文しては一人でバクバクと食っていく。

 その様子を見て苦笑いする、天と真下さん。

 イガグリ頭の入江が、相野の肩を突く。


「おい、相野なんでドム子を同じ部屋にしたんだべ。あいつさえいなけりゃ最高の当たり部屋だったのに」

「オレだって切り離そうとしたけど、勝手についてきたんだよ」

「あいつ劇じゃなんにもしてないべ。なんであんな皆頑張ったよね、みたいな顔で飯食えんだべ」

「面の装甲が厚いんだろ」


 うまいこと言う相野。


「ちょっと~三石く~ん、唐揚げ追加注文してくれる~?」

「お、おう……」


 ドム子に圧倒されていてはまずいと、相野はリモコンで曲を入れカラオケを開始する。


「1番相野伝示行きます、立てよガンニョム!」


 モニターに80年代のアニメ映像が映し出されながら、ガンニョムを熱唱する相野。

 こ、こいつ女子がいる前で、何のためらいもなくアニソンをチョイスするとは漢。

 ドム子は無反応、天は古すぎてよくわかってない、真下さんは、あれ? ちょっと小刻みに揺れてリズムをとってらっしゃる?


「2番入江、Z時を超えろ」


 入江は次の世代のガンニョムのOPをチョイスする。

 まずい、ガンニョム縛り部屋みたいなのが出来上がってしまった。


「え~3番三石、サイレントウォーリアー」


 まずいと思いつつもそれに乗っかってしまう。


「4番水咲、あんなに二人だったのに」


 天は世代は飛ぶものの、同じくガンニョム縛りに応じてくる。

 ってかこいつ歌うめぇ。さすが芸を極めた女、声の伸びがすげぇ。

 声量自体は俺たちとそんなかわらないはずなのに、めちゃめちゃ音が通る。


「5番北原、にんじゃでばんばん」


 ドム子が流れをぶった切って、普通のJPOPを歌い出す。

 別に全く悪くないのだが、めちゃくちゃ可愛く歌おうとするする姿に若干の苛立ちを覚える。


「そんじゃ次真下さん、曲なんでもいいよ」

「じゃ、じゃあ6番真下、暁の列車」


 男陣がむっ? と唸る。これはガンニョムSFFDの挿入歌で、OPやEDと違って誰でも知っているものではない。

 曲が始まって、更に驚いた。


「歌うっま……」


 プロの方ですか? と言いたくなる熱唱で、天にも引けを取らない。

 特にサビに関しては、アニメの戦闘シーンが浮かんでくるような声の迫力がある。


「オデの前でアルランとキルが戦ってるべ」

「オレにはシャトル打ち上げのシーンが浮かぶ」


 曲が終わっても、しばらく俺たちは固まっていた。

 それに気づいた真下さんはカッと赤くなる。


「すみませんつい本気で」

「いやめちゃくちゃうまいよ」


 全員がすごいすごいと褒める中、ドム子が一言。


「真下さんオタクみたいね~」


 彼女の肩がビクりと動き、持っていたマイクをコロンと落とす。

 その衝撃でマイクがファーンとハウリングした。

 俺も実は薄々真下さんって、”こっち側”の人間なんじゃないか? と思っている。鞄についてるキーホルダー、妖怪戦隊バケモノジャーだし。


「真下さん結構マニアックな曲知ってるね?」


 彼女は相野の問いに、顔をブンブンと振る。


「いや、あの、ラジオで聞いていい曲だなと思いまして」

「なんだなるほどね。今はMutyubeで公式が出してるもんね」

「は、はい」


 なるほどと思いつつ、歌を歌いながら時間が流れていくと段々睡魔が襲ってきた。

 まずい、これはかなり抗いがたい奴が来たな。

 ちょっと目をつむっていれば楽に……。


「三石さん大丈夫ですか?」


 真下さんが心配してくれるので首を振る。


「大丈夫大丈夫……zzzz」

「兄君ダメそうだね」

「寝不足って言ってらっしゃいましたし」

「しょうがねぇ、オレがもう一部屋借りてきてやるよ。そこで寝かしてやろうぜ」



 眠ってしまった悠介の体を、無人の部屋に放り込んだ相野達は、元の部屋へと戻る。

 しかし、一式だけがしばらく戻ってこなかった。

 一式には与えられたミッションが有り、それは三石悠介に許嫁として相応しくない行為をさせること。

 彼女の前には無防備にソファーで眠りこけるターゲットの姿がある。

 これ以上ないほどのチャンス。

 一式は誰もいないことを確認してから、制服の上着を脱ぎ、ボタンを外す。

 下着が露出するくらいになったら、悠介の隣で横になる。


「こ、これくらいでしょうか」


 スマホの画角を調整しながらシャッターをきる。

 そこにはソファーで添い寝する、悠介と一式の姿が映し出されていた。

 彼女は素早く衣服を戻すと、怪しまれないように部屋を出る。


「真下さん」


 直後後ろから声をかけられ、肩が震える。

 そこにはニコやかなイケメン美女が立っていた。


「君……今何してたのかな?」


 笑っているのに天の『圧』は強い。

 まるで浮気現場を目撃した彼女のような威圧感だ。

 にこやかな細目をしているのに、その瞳の奥が微塵も笑っていない。

 背後に黒い炎が見え、正直畏怖を覚えるレベルだ。


「い、いえ、なにも」

「君……少し怪しいんだよね。何か隠してないかな?」


 天は更に圧を強める。

 一式は直感的にここで解答をしくじれば、恐らく今後彼女が敵に回ることが予想できた。

 同じクラスの天と敵対するのはなんとしても避けたい。


「じ、自分……実は、三石君のことが気になって……」

「へー……やっぱり」


 あまりにも色がない無感情な声。

 天は見えないりんごを握りつぶすように、指をゴキゴキと鳴らす。

 邪魔になる前にここで殺しておくか? と言わんばかりに目が据わっている。


「で、でも自分より水咲さんの方が圧倒的にお似合いで……」

「えっ?(メス声)」

「今日のシンデレラ、凄く二人の絆を感じました」

「い、いやぁ、そんな……絆だなんて。まぁ実は兄君とは幼少の頃からの付き合いだけどさ」

「本当のカップルみたいで、とてもお似合いでした!(必死)」

「や、やだなぁ」


 天の殺気は完全に霧散し、笑顔に満ちる。


「お、お二人の話聞かせてほしいな~なんて……」

「しょうがないな。部屋に戻ってじっくりしてあげるよ」

「あ、ありがとうございます」

「ボクたちいい友達になれそうだね。ライン交換しておこうか?」

「はい。お願いします」


 なんとか地雷爆発を逃れた一式は、上機嫌な天と共に部屋へと戻る。

 その手にスマホを握りしめたまま。

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