第221話 シン・シンデレラ

 デバッグ作業を行いながらも、学校では劇の準備も進む。

 俺は眠い目をこすりながら、体育館でシンデレラの練習を行うクラスメイトたちを眺めていた。

 簡易的に組まれた大道具の背景が並ぶ舞台で、天達が練習を行っている。

 すると鬼監督のハチマキをつけた相野が隣に並ぶ。


「眠そうだな」

「最近バイト先に泊まりで仕事してんだ」

「泊まりって土方のバイトでもしてんのか?」

「ITがつくけどな。それにしても天はすげぇな」


 舞台の天の熱演は誰もが見入ってしまうほどの迫力があり、一人だけレベルが段違いだ。もはや一人劇団で、あいつだけで金とれるぞ。


「彼女海外で劇してたんだろ?」

「ヨーロッパ芸術修行してたらしくて、歌、劇、絵と全てを極めてるらしい」

「化け物かよ。天さんはもう100万点なんだが、シンデレラがなぁ」


 相野は壇上の演劇部柳田を見やる。


「お、おぅじさま、も、もう12時、わたし、行かなくてわ」


 彼女は天の演技にあてられ、バリバリに緊張していた。


「あれ? シンデレラは北原ドム子だろ?」

「ドム子は逃げた」

「は?」

「さすがにレベルの違いを目の当たりにして、シンデレラ役が嫌になったらしい。2回めの練習から来てない」

「気持ちはわからんでもないが」


 あれだけ宝塚スターのようにキラキラ輝いている天を目の前にして、ヒロイン役をするのはかなり苦しい。

 競争とかだったら別にいいが、それが協力して、まして相方だとしたら自分が足引っぱってる感がめちゃくちゃ強くなる。

 俺も玲愛さんとデートした時経験した。周囲から、なんで超絶美女の隣をお前みたいなオタクが歩いてんの? と視線が痛かった。

 しかも天は女だから、男役の女の子に美しさで負けるという事実までつきつけられてしまう。


「天が突出しすぎてるなら、今からでも王子役かえた方がいいんじゃないか?」

「もう天さんの衣装できてるから無理。シンデレラ役はころころ変わるからまだ衣装作ってないけど」


 うますぎるというのも問題なんだな。

 シンデレラ役として、天に負けない人って言うと――

 俺はチラリと結局大道具班になった真下さんを見やる。

 彼女は俺の視線に気づいて微笑みを返す。


「うむ、天使」


 恐らく彼女ならば、天のヒロインとして相応しいのではないだろうか?

 そんなことを思っていると、天から声がかかる。


「兄くーん、練習手伝ってー。柳田さんお腹痛くなっちゃったらしいから」

「柳田もノックアウトされたか」


 俺は台本を持って舞台へと上がる。

 大道具が作ったしょっぱいかきわりの前で、天はテンション低くため息をついている。


「なんか不貞腐れてんな」

「べっつに、王子役違う人にかわったほうがいいんじゃないかなって、1000回くらい思ってるだけだよ」


 自分のせいでシンデレラがコロコロかわり、劇の練習が進まないことに気づいているのだろう。


「別にお前はなんにも悪くないだろ」

「もうやめたい」

「そう言わず、お前の演技は世界一うまいし、世界一カッコイイ」


 褒めてみたのだが、天は更にむくれる。


「はいはい、僕はどうせカッコイイですよ。じゃあ台本6ページから行くよ」

「おう」

「あぁ美しい姫よ、どうか私と踊ってはもらえないでしょうか!」

「はい、喜んで!」

「……兄君、その喜んでは居酒屋のトーンだよ。もうちょっと女の子っぽくして」

「わかった」

「あぁ美しい姫よ、どうか私と踊ってはもらえないでしょうか!」

「王子、貴方がどうしてもというのならよろしくてよ」

「兄君、アドリブで悪役令嬢始めるのやめて。まぁいいや続けるよ」


 天は俺の手を取ってダンスパートを始める。


「兄君足踏んでる」

「しょうがないだろ、踊ったことないんだから」


 へったくそなダンスは、何度も何度も体がぶつかりあう。

 これは確かに同じ女子なら嫌になるかもしれない。

 実に不謹慎なことだが、体がぶつかるせいで天の胸が何度もくっついて恥ずかしい。

 なんというか、ボクは女だと主張しているような気がしてならない。

 天は先程の不貞腐れ顔から、へたくそな俺を見て楽しそうに笑う。


「ダメだよ兄君、もう一回やるよ」

「お、おう」


 その様子を見やる相野。


「……天さん自分からぶつかりに行ってないか?」


 俺たちが舞台でドタドタと踊っていると、突然真下さんから声が上がる。


「後ろ危ないです!」

「「え?」」


 俺と天が振り返ると、仮組みした大道具の背景が倒れてくる。

 どうやら耐久性に欠陥があったようで、舞台の振動で支柱が折れたらしい。

 俺たちは丁度舞台の真ん中にいて、逃げることが出来ずそのまま倒れてくる背景の下敷きになった。


「いった……」


 倒れてきたと言っても、所詮ベニヤ板に木の支柱をくっつけた簡素なもの、大したケガにはならない。


「あ、兄君。ごめん」

「いや、いい」


 俺は背景が倒れてくる寸前で天を無理やり引き倒し、その上に俺が覆いかぶさった。

 結果なんとか肉の盾は成立し、天は無事だったようだ。


「兄君、頬切れてる」


 言われて頬に触れると、血がついていた。


「どっかで切ったか。良かった」

「何が?」

「いや、ケガしたのがお前じゃなくて。天は女なんだから、顔に傷できたら困るだろ」

「…………」


 俺はパンパンと木くずを払うと、ぶっ壊れた大道具を見てため息をつく。

 あーあ、もっと頑丈に作らないとダメだな。

 起こしてやろうと天に手を差し出すが、なぜか手を握らない。


「どうした?」

「な、なんでもないよ……」

「お前なんでちょっとメスの顔になってんの?」


 赤くなった天は、立ち上がると同時に頭突きを見舞う。


「痛った」

「サイテーだね君は」


 怒った天は、笑顔で相野に呼びかける。


「監督ー、シンデレラ役三石君でいいんじゃないですか? 彼なら緊張しないでしょ」

「えっ」


 何をバカな。野郎シンデレラとかおかしいだろ。

 相野は難しい顔をして腕を組むと「採用」と勝手なことを言い出した。


「最近のガンニョムも百合だし、今の時代シンデレラが野郎でもいいだろ」

「ちょっと待て、俺バイトが」

「大丈夫だよ兄君、ボクがみっちり付き合ってあげるから」

「天さんの機嫌も良くなって、めでたしめでたしだな」


 なにもめでたくねぇ。

 結局我がクラスの演目は、新訳野郎シンデレラに決まってしまった。

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