第220話 トラブルメーカー

 翌日――


「はぁ? テスト機壊した!? しかも二台!?」


 またもや俺は居土さんの前で怒られていた。

 昨日結局追いきれなかったバグを、今日も追っかけていたのだが、段々こうなんじゃないかなって思えるくらいに追えるようになってきた。

 だが、まだ確信が持てるレベルではなかった。

 しかし間違いない、このラスボス特定の条件下で回復する。

 そして本日三回目の再現をした瞬間だった、唐突にPSVINTAがプツンっと音をたてて電源が切れ、うんともすんとも言わなくなってしまったのだ。


 鎌田さんに嫌な顔をされながらも相談すると、PSVINTAに入っているファームウェア(FW)が死んだらしい。

 FWとはPSVINTAを起動させるのに必要なプログラムのことで、パソコンで言うWind0wsのようなものだ。

 なんとかFWを入れなおして再起動させてみようとしたが、FWが死んだのと同時にPSVINTA内のメモリも死んだらしく、こればかりはどうしようもないとの話だ。

 そして代わりのテスト機を使うことになったのだが、そこでも全く同じことが起きてしまい、俺はテスト機を二台使用不能にしてしまったのだった。


「お前……開発機もタダじゃねぇんだぞ?」


 居土さんはイライラしながら、しょぼくれた顔で突っ立っている俺に質問する。


「お前先週から何追ってんだ? テスト機二台も使えなくしたんだ、お前には何をしていたか言う義務がある」

「バグを……探していました」

「そりゃわかってんだよ。何のバグだか聞いてんだ」

「その……ラスボスのHPが、特定の条件で仕様とは異なる回復の仕方をするんです」

「……目で見てわかるのか?」

「一割ほど回復します」

「確か摩周が上げてた奴だな……。あれクリアになってなかったか?」

「いえ、なってないです」


 居土主任は、丁度サボりから戻ってきた摩周に怒鳴る。


「おい! どういうことだ!? なんでテメェの仕事をこいつがやってるんだ!」

「いや、あれはただの見間違いなんですって。ミッチーが勝手にやってるだけでバグはないっす」

「俺は見間違いじゃないと思ってます。後……バグが発生するときフレームレートがガクッと落ちる気がします」

「…………」


 俯きながらボソボソと喋る俺は、居土さんから見たら最高にイライラするんだろうなと思う。


「鎌田、仕様以外でラスボスのHPが回復する可能性は?」

「ないでゴザル」


 居土さんの問いに、鎌田さんはあっさりとバグの可能性を否定する。


「可能性をあげろって言ってんだよ!」

「は、はひ。あるとするなら自キャラクターの回復がラスボスに代入されているでゴザルが、回復関係は別のライブラリから呼び出してるから、まずありえないでゴザルよ。ボスのスキルが誤爆していることも考えられるでゴザルが、一割程度の回復なんてそもそも計算式に入ってないから、それもまたありえないでゴザル」


 居土さんは話を聞いて、考え込むように一つ大きなため息を吐いた。


「もういい、とりあえずお前は座ってろ。どのみちテスト機を取り寄せるまで、お前にできることは何もねぇ」

「わかりました」


 俺がしゅーんっとしながら席に戻ると、摩周から「バイトで何マジになっちゃってんの?」とチクリと刺される。

 やることもなくジッとしていると居土さんにまた呼ばれ、一冊の本を手渡された。

 それは初心者用のプログラム基礎本だった。


「金が発生してんだ。勉強程度しろ」

「わかりました」


 俺はできることもないので、居心地の悪さを感じながら本を眺める事にした。


 代替えの開発機が回ってきたのは定時の20時前になってからで、一ノ瀬さんがPSVINTAを居土さんに渡している姿が見えた。

 どうやら彼女本当にパシリにされているようで、備品の受け渡しなんかもやっているようだ。

 一ノ瀬さんは俺の存在に気づくと、ひょこひょことやってくる。


「どしたの? なんかお前が連れてきたバイトが、テスト機ぶっ壊したとか言われたんだけど」

「すみませんとしか言いようがありません」

「あちゃー、よりによって居土主任のところでやらかしちゃった?」

「バグ追っかけたら壊れてしまいまして……」

「あらら、なんだか既に怒られた後っぽいね。阿部さんも鎌田さんも優しくしてあげてくださいよ。10以上年下の子に向かって、大人げないこと言っちゃダメですよ?」


 両サイドで挙動不審になってる二人がびくりと震える。


「せ、拙者はゲームプログラムのなんたるかも理解できていない、小童に口出しされるのは、ゆ、許せないでゴザルゥ!」

「べ、別に意地悪してるわけではないでふよ」


 二人とも一之瀬さんが近づいてきてから、やたらと挙動不審になっている。

 鎌田さんは凄い勢いでif文だけで構成された、パッ9マンのミニゲームを作り出すし、阿部さんはいつも美少女絵ばかり描いているのに、今は美少年の絵を描いている。

 どんだけ女の人に免疫ないんだこの人らは。


「あっ、二人とも言っときますけど、彼の彼女凄い人ですからあんまり苛めてると後で酷いことになりますよ」

「なぬ、三石氏彼女いるでゴザルか!?」

「聞いてないでふよ!?」

「まぁ、聞かれてませんので……」

「信じられぬでゴザル、失礼ではあるがヴィジュアル的には拙者の圧倒的勝利だと……」


 本当に失礼だな。

 どう見てもどんぐりの背比べだが、俺の現在のポジションはゴミクズ以下なので黙る。


「僕は三石君の名を、デスノートの一ページに追加したでふよ」


 殺と書かれたノートに何かを記す阿部さん。

 小さい、がたいはでかいのに器が小さすぎる。


「今日はもう定時だから、明日から頑張ってね」


 一之瀬さんは、そう残して第三開発室を出ていった。


「やはり一之瀬氏は天使でゴザル」

「僕もそう思うでふよ」


 ぐふふとキモイ笑みを浮かべる二人。彼女実は、エリートイケメン彼氏いるって言ったらどうなるんだろうな。

 そんなことを思っていると、居土さんに呼ばれて俺はテスト機を手渡される。


「お前、次壊したら怒るからな」


 えっ、今まで怒ってなかったの? とちょっと驚愕した。


「と言ってももう時間だ、家帰れ」

「はい」


 と言いつつも俺は手渡されたテスト機を持って再び自席に座り、目玉のラスボスと戦い始める。

 居土さんや両サイドの二人も苦い顔をしていたが、何も言われなかったのでそのままプレイを続けた。


「……三石君、正直嫌な顔されながらデバッグしてるって気づいてると思うでふけど、今どんな心境でふ?」

「成果上げてない俺が嫌われるのは当たり前だと思います。だから開発室の役に立てるように、頑張ってバグ追っかけるしかないです」

「よく残業代も切らずにデバッグなんかやるでゴザルな」

「俺、ゲーム好きなんで」

「……君意外と強メンタルしてるでふね」


 苦笑う俺に、呆れる鎌田さんと阿部さん。

 少し離れた主任席にいる居土さんも、こっち見て呆れてるな。


「…………」


 開発者が続々と帰宅していく中、居残りを続ける面子は少なくなっていく。

 居土さんは21時を超えても居残る俺たちに声をかける。


「おい、鎌田、阿部、新入り、うどん行くぞ」

「主任からお誘いとは珍しいでゴザル」

「うどんですか?」

「晩飯でふ。安くてうまくて10杯はいけるでふ」


 安くても10杯食ったら高くない?


「俺もいいんですか?」

「どうせ終電まで残る気だろ」

「はい」

「なら来い」


 水咲本社ビルのすぐ近くにあるうどん屋で、居土さんに天ぷらうどんを奢ってもらった。

 もしかしてこの人優しいのでは? と勘違いしそうだ。







―――――

ゲーム企業編は、ゲーム企業でのトラブルと学校(真下一式)とのトラブルが同時並行で起こるため、話の途中でまた新しい話始まったぞ? と混乱することになってしまいすみません。

話は途中で合流するので、ゲーム企業と学校は別の話として見てもらえるとわかりやすいかもしれません。

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