第219話 すみません
学校で劇の準備をしながら数日後――
俺は放課後、水咲本社ビルへと向かいいつも通り目玉のラスボスを倒すデバッグに専念する。
「ん……。今一瞬ボスのHP回復した気がする」
ボスの上に表示されている赤色のHPバーが、1割くらい何の前触れもなく回復したように見えた。
これが摩周の見つけたバグで、これの
仕様上ボスのHPは残り3割を切ったところで、ボスのスキルで全回復するのだが、こんなちょっとだけ回復するなんてスキルはないはずだ。
俺はしかめっ面を作りながら、もう一度同じようにプレイしてみる。
だが今度は何事もなく普通に倒してしまう。
「2,3時間に一回くらいの頻度で出るんだよな……」
それから10回程挑んでみたが、一度もそのような事象はおきなかった。
「ん~……実は目が疲れてるだけという可能性も微レ存」
と思った瞬間だった、やはりなんの前触れもなくボスのHPが回復した。今度はボスのすぐ近くにいたので、HPバーがちゃんと確認できた。
「見間違いじゃないなぁ……」
となるとバグる条件があるのか……。
俺はさっきプレイした時と同じように操作してみる。
「ボスのHPが半分切ったくらいで、仲間に集中攻撃の命令を出して、ライフボールを使って回復して、バレットを速射からチャージショットにかえて、チャージして、チャージをキャンセルして武器をアックスにかえて、三段斬りから…」
俺がぶつぶつ呟きながらプレイしていると、摩周がひょこっと顔をだす。
「なにしてんのミッチー?」
「バグのトレースだよ。ってこれ君が俺に押し付けたやつだろ? そっちで追跡できた?」
「あぁこれね、忘れ……ん~まぁまぁ」
こいつ今忘れてたって言わなかった?
人に押し付けたきり自分では検証してないな。
「これ実は気のせいじゃね? オレがやってても起きねぇんだけど」
「俺の環境でも起きたから、多分気のせいじゃないと思うよ。滅多に出ないけど」
「もうこれ
「ん~……」
まぁバグが仕様になったというゲームもわりかし多いが……。
「それに一個のバグずっと追いかけてると、主任が怒るぜ?」
摩周の言うように、居土主任は成果主義者なので、一日の終わりにデバッガーからどれだけバグが上げられたかチェックしているのだ。
成果が悪いバイトに対してはお説教タイムがあり、俺は摩周が変なバグを上げてから成果が芳しく無く、お説教部屋に何度も呼び出されている。
俺が悩んでいると、鎌田さんがひょいっと画面を覗いてくる。
「どうかしたでゴザルか?」
「ボスのHPが、いきなり一割程回復するんですよ。ボスがスキルを使った形跡もないので……」
「ボスのHPが回復するでゴザるか? はっはっはっ、三石氏それはないでゴザルよ。そのアーリマン特殊変異体は拙者や、ここにいるプログラマーが特別腕によりをかけて作成したスペシャルモンスター。そのモンスターにだけは、バグがないと言っても過言ではないでゴザル」
「そ、そうなんですか? でもほんの一瞬ですから、見落としという可能性も……」
「なんでゴザルか? 三石氏は拙者の作成したプログラムに落ち度があると言いたいのでゴザルか?」
「そういうわけでは……」
そんなバグを見つけるのが、デバッガーの役目ではないのだろうかと思ったりするのだが。
鎌田さんは露骨に不機嫌になると、キーボードを叩く音を強めた。
恐らく自分のプログラムに誇りと自信があるんだろうな。
静さんが昔言ってた。クリエーターの中には間違いを指摘すると、本当のことでも凄く怒る職人気質みたいな人もいるって。
鎌田さんはそれに近いのかもしれない。
「あーあーミッチー怒らせたー」
「他人事みたいに言うなよ。元は君が見つけたやつだろ」
「真面目すぎだろ、鎌田さんオレはバグってるとは思いませんよ。多分見間違いっす!」
「当たり前でゴザル」
「ですよねー」
あっさり俺を売った摩周は、休憩行ってくると言っていつものサボリに行った。
俺は釈然としないまま、テストプレイを再開する。
でもどうしても気になって、HP回復バグを再現しようとしてしまう。
その様子を鎌田さんは不機嫌そうに見ていた。
結局その後もバグは発生せず、定時の20時になってしまった。
俺はそのバグを追いかけることに必死になっていたので、今日のバグ発見は0である。
すると当然ながら、お説教部屋に呼び出されるわけでして。
「おい、三石。これはどういうことだ?」
カンカンの居土主任が、目の前で声を荒げるわけですよ。
「お前ここに何しにきてんだ? バグ発見0はないだろ0は。いくらマスターアップ間近だとしても、しょーもないバグ含めいくつか出てくるはずだ。現にお前と同じラスボスステージをプレイしている摩周からは、10近くバグ報告が上がっている。なのにお前は0。理由があるなら言ってみろ」
「すみません……」
バグかどうかも微妙な上、そのバグ内容もそこまで大きいものじゃない。それを延々一日中追いかけてましたと言えば、居土さんから出る言葉は想像しやすかった。
「三石言っておくが、すみませんは理由じゃねーからな? わかってんのか?」
「すみません……」
居土さんはチッと一つ大きな舌打ちをすると、手を振った。
「いても無駄だ。帰れ」
「すみません……。もう少しだけやりたいことがあるので残らせて下さい……」
「お前それ成果もあげずに、残業代だけほしいって言ってるように聞こえんぞ?」
主任は両腕を組んで、鋭い眼光のまま俺をにらみつける。
「すみません……」
居土さんはまた大きく舌打ちすると、席に戻れと俺に促した。
「三石、残業時間後ろにつけるなよ。労基がうるせぇからな」
「はい、すみません」
残業代申請するつもりもないので、俺は既にタイムカードを切って家に帰ったことになっている。
その様子を両隣にいる阿部さんも鎌田さんも、あまり快く思っていないようで、何ないバグ必死に探しちゃってんの? みたいな空気が流れている。
開発内で四面楚歌と言いますか、なんなら摩周より嫌われてるまである雰囲気だった。
その日も俺は、終電まで目玉のラスボスと戦い続ける事となった。
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