第218話 転校生イベント

 翌朝――学校にて


「なんでお前こんな燃え尽きてんの?」

「コロシテコロシテ」


 前の席の相野が、呆れ顔で俺を見やる。


「兄君、デバッグの仕事が辛すぎて心折れそうなんだって」


 隣席のイケメン美女ことアマツが相野に教える。


「後人間関係もちょっとうまくいってない」

「やめりゃいいじゃん」

「でもプロクリエーターの話を聞くのは面白い」

「なるほどね。じゃあお前が元気になるものを聞かせてやろう」


 相野はスマホを取り出すと、プレイリストから何かを再生する。


『真下一式のオーバーライドラジオぉ! 皆さんおはよう、こんにちは、こんばんは。TVアニメ、ガンニョムEXEオーバーライドイモータルバレット~弾劾の刃、裁かれし者~、新藤リナ役の真下一式です。皆さん今週のオイモバレット見てくれたかなぁ?』


 女性パーソナリティーの挨拶と、軽快なBGMが流れるラジオ。


『開幕メール~。ペンネームサンダーボルトさんから、今週爆風でリナの腕が吹っ飛んでびっくりしました。自分もびっくりしました、腕とれたーって!』


 俺はスタッフの笑いが響くスマホをダンっと叩いて、プレイリストを停止する。


「お前学校で声優ラジオはギルティだろ。これは体を清め、心頭滅却し、座禅を組みながら聞くものであって、学校ましてはイヤホンではなくスピーカーで流すというのはオタク大罪にあたる行為だぞ」

「ラジオでリナの挿入歌流れたぞ」

「後で聞くわ」


 本当にちょっと元気出ていると、チャイムが鳴り響き、やる気ない担任が姿を現す。


「えー1時間目のHRだが、今日は2つ話がある。まず転校生がいる」


 全員がまた? と驚く。

 そりゃそうだ、この前天が来たところだしな。

 なんでウチのクラスばっかりに来るんだ?


「入りなさい」


 ガラッと扉を開け、ベストセーターにチェックスカート、黒ストッキング姿の女子が入ってくる。

 ショートボブの髪に、優しそうな少し下がった目尻、整った顔立ちをしており泣きぼくろがセクシー。雰囲気が落ち着いていて大人びた印象を受ける。

 ただ一点、頭にオタクなら誰しもが気づくものをつけており、それが目を引く。


「なんでメイドカチューシャ?」


 転校生は、制服にメイドカチューシャという姿で違和感が凄い。


「えー真下一式君だ」


 相野が振り返って嬉しそうに俺を見る。


「なぁ真下一式って、声優の真下一式かな?」

「んなわけあるかよラブコメじゃあるまいし。ただの同姓同名だろ」


 彼女は「よろしくお願いします」と頭を下げると、カチューシャがぽたりと床に落ちた。


「わわっ! 外すの忘れてた!」


 彼女は慌てて拾うと、カチューシャをスカートのポケットにねじ込む。


「バ、バイトのを外し忘れてました」


 顔を赤らめ、舌をぺろっと見せる真下さん。

 再び相野は俺に振り返り、劇画風の漢の顔を見せる。


「オレは今、一生愛すべき存在を見つけたかもしれん」

「見つけるな。相手にされんからやめろ」

「安心しろ(結婚)式にはお前も呼ぶ」


 こういう奴がストーカーになるんだろうな。


「ってかバイトってなんだろ? メイド喫茶とか?」

「朝からメイド喫茶でバイトはないだろ。パン屋とか?」

「最高かよ」


 テンションが上がる相野。

 周囲の男子も、真下さんの放った萌えの波動にハートを射抜かれ悶絶していた。

 こりゃまた競争率が高そうな子が入ってきたもんだ。


「えー真下は三石の隣だ」


 えっ? 俺の隣は、昨日まで同級生の秋田(将棋部)がいたはずだが。


「先生、秋田はどうしたんですか?」

「秋田は家庭の事情で転校した」


 いや、そっちのほうが大きい話だろ。一応一年弱一緒にやってきたクラスメイトだし、それなりに会話もしてた奴だぞ。

 真下さんが俺の隣の席に座り、はにかんだ笑顔を見せた。


「よろしくお願いします」

「よろしく」


 秋田なんかどうでもいいや。

 掌大回転していると、俺の反対隣の天が、眉を寄せながら彼女を見やる。


「…………」

「どうした?」

「いや、ちょっと身のこなしがね」

「身のこなし?」


 別に普通だと思うが。

 ガヤつく教室に担任が声を上げる。


「お前ら転校生のことは一旦忘れろ。2つ目の話だ。今年も我が校は地域振興レクリエーションを行うことになった」

「「「え゛~~~~」」」


 クラス全員からブーイングが上がる。

 それもそのはず地域振興レクリエーションとは通称レクと言って、小学生に劇を見せたり、老人ホームを手伝ったり、通学路の清掃を行ったりする、この学校の悪しき風習である。


「先生君たちが苦しんでいて嬉しい」


 クソ野郎だな。


「毎年やってるんだ、ガタガタ言うな~。ちなみにこのクラスは演劇部が多いことから、小学生に劇を見せることになっている」

「先生ーバイト代出るんすか? オレ今月きついんです」

「出るわけないだろ、ボランティアだ」

「「「ブー!!」」」

「あー先生怒りました、このクラスは劇から町内清掃活動一ヶ月に変更してもらいます」

「「「ええええ!!」」」

「嫌なら劇をやりなさい」


 くそ、嫌な譲歩術使いやがる。

 まぁ一ヶ月清掃よりかは、一回で終わる劇のほうが楽だが。


「異論ないということなので、今日からHRは全てレクの準備とする。実施日は今月末だ。間に合わなかったら時間外も練習することになるからキビキビやれ~」


 バイトに被るとまずいので、真面目にやることにしよう。



 その後委員長が主体となって、演劇の準備が進む。

 演目はとくにひねりもなく『シンデレラ』に決定。

 俺は大道具担当で、キャストの殆どを演劇部が埋める。


「えー主役のシンデレラと、王子役ですが立候補ありませんかー?」

「シンデレラは真下さん、王子は水咲さんがいいんじゃないですかー?」


 クラスメイトから推薦される天達。

 メインキャストを、転校して日の浅い二人にやらせるのはどうなんだって感じはするが。


「えー、真下さん水咲さんどうですか?」

「自分は主役なんてとても無理です」


 委員長に聞かれワタワタと手を振る真下さん。

 そりゃそうだわな、転校初日に劇の主役にされるとか、ほぼイジメみたいなもんだ。


「そうですね。まだ学校に慣れてない真下さんには見学してもらい、後で決めてもらいましょう。水咲さんはどうですか?」

「ボク? ボクは~?」


 なぜ俺を見る。


「いいんじゃないのか? 天は劇団経験があるんだろ?」

「じゃあ……やります」


 実際天の演技って、どんなんなのか見てみたかったんだよな。

 委員長が他に立候補がないかクラスを見回すと、一人の女子が手を上げる。


「はいは~い、シンデレラは~あたしやる~」

「じゃあ北原さん。他に立候補がなければ決定します」


(((ドム子かよ)))


 クラス中の男子が同じことを思った。

 北原沙織きたはらさおり、陽キャグループにいる女子で、普通クラストップグループって可愛い子が多いのだが、ジヨン軍が間違ってドムを配備してしまったのだ。

 相野がふざけんなよと声を上げる。


「おいおい、美女と野獣どころか美女とドムになるじゃねぇか。シンデレラやるんだぞ、誰が劇場版ガンニョムやるって言ったんだよ。プ口ペラントタンクみたいな脚しやがって」

「死ねメガネ」

「オタクきも」

「猿がよ」


 相野は女子グループのマチルダクラッシャーを受けて爆散した。


「オレは事実を言っただけなのに」

「相野、今の時代本当のこと言うと叩かれるんだよ」


 なんとかキャストも全て決まり、残りの時間を利用して劇の準備が始まる。


「衣装班集まってー」

「小道具何がいるか案出してくれ」

「音楽って放送部行ったら借りられんのー?」


 それぞれの班が動き出し、俺たち大道具班に集められた男子どもは、演劇部の部室に使えるものがないか探しに行こうとしていた。

 その時、ふとオロオロしている真下さんが目に入る。

 彼女は見学ということになっており、決められた班がないのでどこに行けばいいかわからないのだ。


 放っておけばきっと誰か助けてくれるんだろうけど、どの班も動き出したばかりで話し合いに入っている。

 友人が一人もいない状況で、放置されるって死ぬほど心細いものだ。

 何人かは真下さんの状況に気づいているが、チラチラと見るだけで声をかけない。

 気になってはいるが、声をかけるのが恥ずかしいとか、下心がありそうとか思われるのが嫌なのだろう。


「アホくさ。真下さーん、力あるー?」

「えっ、はい、人並みには」

「そんじゃ大道具やんない? 嫌だったら後でかわってもいいし」


 周囲から三石の奴がまた女に手を出しただの、普通女子を大道具に誘うか? なんて囁かれるが知ったことではない。


「は、はい、行きます!」


 行き場を見つけた真下さんは、安堵した表情で俺たちの班にやってくるのだった。

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