第223話 数十億の男

 カラオケで寝てしまった俺は天に起こされ、なんとかバイトに遅刻することはなかった。

 寝不足のまま、水咲本社開発室へと戻ってくるのだった。


「昨日の夜はあれで再現できたんだけどな……。違うのか?」


 目の下に薄いクマをつくりながらも、今日も目玉のボスと戦い続ける。

 しかしながらトレースには至らず。

 成果が上がらない俺は、いい加減ぶん殴られてもおかしくはない。

 いつも通り終業時間に居土さんの前で立たされている俺に、かけられた言葉は辛辣なものだった。


「三石マスターももう近ぇ、テメーのバグ報告をダラダラ待つことはできねぇ。来週迄に見つからなかったら、どうなるかわかるな?」

「契約解除ですね」

「そうだ。成果の出ないものに会社は金を払わねぇ。肝に銘じとけ」

「はい」


 厳しい話だったが、別段憤りもない。これでも精一杯の温情はある方だろう。

 居土さんはデスクに戻ろうとする俺を引き止める。


「三石……お前今人間の生活リズムしてないだろ」


 どうやら最近会社に泊まっていたのはバレているらしい。

 いやまぁ俺以外にも残ってる人何人かいたし、当然と言えば当然か。


「……寝るときは五階に休憩室がある」

「すみません、ありがとうございます」

「さっさと帰れよ」


 最後の帰れは上司として、一応は言っておかなければならないセリフなのだろう。

 まぁ今日もあんまり帰る気ないんですが。



 結局昨日も帰らずに延々とラスボスバトルだった。

 これだけエンドレスにやってると、このきっしょい目玉のボスも可愛らしく思えてくるな。

 自分の思考がかなり危険域に入っていることに気づき、会社内にあるシャワーを使わしてもらう。

 さっぱりしてから開発室に戻ると、やはりマスターアップ間近とあって休日にも関わらず出勤している人は多かった。

 鎌田さんもその一人で、9時に出勤してきた時に既に俺がいることに気づき驚いていた。


「三石氏、なぜここにいるでゴザルか? 今日は土曜でゴザろう」

「いやゲームしてたら帰るの忘れてて」


 そんなわけないだろ、と言いたくなるような言い訳をして、俺はいつも通りの席に座る。


「三石氏、拙者が言うのもなんであるが、かなりかわっておられるな」


 確かに連日同じボスばっかり倒している、結構あれな奴だとは思う。


「バグ、頑張って見つけたいんで……」

「…………」


 鎌田さんは疲労している俺を見やると、小さく息をつき新しいPSVINTAを持ってきた。

 一見何も変わらないように見えるが、右上に16桁の数字が並んでおり、それが表示画面に合わせて増減を繰り返している。


「これは?」

「こっちの開発機はメモリの推移がわかるでゴザル。バグりそうになると、右上に表示された数字が一気に膨れ上がると思うから、それを目安にしてみるといいでゴザル」

「あ、ありがとうございます!」

「れ、礼などいらぬでゴザル。拙者のアーリマンはバグってないんだからね!」


 鎌田さんはキモいツンデレを披露しながら、自分の作業に戻った。



 それから数日間、鎌田さんから貰ったPSVINTAでデバッグを続けるも、居土さんが設けたタイムリミットを回った。

 その日の定時から一時間が過ぎた後、居土さんが俺を呼び出す。


「んで、見つかったのか?」

「いえ……」

「開発機の使用は鎌田から聞いてる。だがそれを使っても見つからねーってことは、つまりバグは存在しないってことじゃないのか?」

「いえ、バグはあります」

「じゃあ出せって言ってんだろ。報告もださずにバグがありますなんて、ただのクレーマーかテメーは?」

「いえ、違います。ですがバグは必ず存在します」

「ミッチーそんなのねぇって、後に引けないからって意固地になんなよウハハハハ」


 摩周の煽り声が後ろから聞こえてくる。元はと言えば、お前が見つけたバグ以下略


「例えあったとしても、もう時間切れなんだよ。どこにでも納期ってもんが存在する。納期を逃す人間はどんな奴でもクズ扱いされるし、納期を伸ばす行為は最も簡単にユーザーの信頼を落とす行為だ」

「はい」

「俺が先週なんて言ったか覚えてるか?」

「はい、今日までに見つからなければ契約終了だと」

「そういうことだ。お前は時間だけはかけたかもしれないが、それだけだ。お疲れさん」

「わかりました。あの……今日だけは作業を続けてもいいでしょうか?」

「……好きにしろ。ただし明日の朝までには退社しろ」

「はい」


 頷いて俺はもう一度PSVINTAを握りしめた。

 全員からヤレヤレ何もわかってないなとため息が上がる。

 しかしどうせ今日限りで終わりと、皆眼中にいれないようにしているのか意識的にスルーされ、その後残っていても何も言われることはなかった。



 そして時刻は午前5時過ぎ。

 開発室の電気は落とされ、薄暗いなかで黙々とメモリの監視を続けて、ようやく俺はバグを掴むことができた。


「やった……間違いない。やっぱりこのボスバグってる……」


 相当ひどい顔をしているであろう俺は歓喜の声をあげる。


「まさかバグ発生条件の中に、背面パネルが関係あるなんて」


 操作を簡略化させる為に背面パネルをこすったりはじいたりすると、このゲームでは回復アイテムを使用したり、命令コマンドを使うことができる。

 それが今回のバグのトリガーになっていたのだ。

 俺はまだ窓の外は薄暗いなか、自分のパソコンのエクセルにバグ報告を記入する。


 バグ報告

 報告者:三石悠介

 ステージ:最終

 事象:アーリマン耐久度80%以下の時に、背面タッチパネルにて回復を操作後、同じく背面タッチパネルで陣形を散開から突撃に変更するとアーリマンの耐久度が10%回復する。

 またこのとき背面タッチパネルからメニューを呼び出すと、メモリ数値の異常増加を検知。

 そのままメニューを操作し続けると、PSVINTA本体のFWおよびメモリがクラッシュするものと思われる。

 これが俺が開発機二台を壊した原因と思われた。


 長かった、やっと見つけた。この操作で確実に再現できる。

 メモリの異常増加とかあるので、そこそこ重要なバグなのではないだろうか? と俺はこのバグがどの程度で直るものなのか、規模はいまいち把握できなかった。


「これを提出して……って」


 あっ、俺クビになったんだと今更なことに気づいた。

 俺が提出するより、鎌田さんの名前で提出した方が、後腐れないか……。

 俺は報告者を三石悠介から鎌田さんの名前にかえる。


「まぁ鎌田さんもデバッグやってたから不自然ではなかろう」


 それに居土さんが開発室に来るのはいつも打ち合わせとかで最後だから、あわよくばこれを見た鎌田さんがササっとバグを直してしまえば、結局三石の言ってたバグなんかなかったよねで終わりになるはずだ。

 俺はバグ報告のフォルダにエクセルのファイルを提出した。

 その頃にはもう時刻は6時を回って、外は明るくなっていた。


「あぁ今日も学校で爆睡決定だな」


 俺はもう訪れることもないだろう第三開発室を見渡して、ありがとうございましたとお礼をする。


「エンディングロールに名前載りたかったな」


 楽しかったけど大したバグ見つけられなくて、役に立てなかった。

 自分の不甲斐なさと、クビになった悲しさが今になってやってきて一粒だけ涙がこぼれ落ちた。

 俺は開発室の扉をパタンと閉じ涙をぬぐうと、誰にも顔を見られないように走って水咲本社ビルを出た。



 午前8時過ぎ、鎌田は出社していつも通りメールのチェックを行っていた。そこには一通の見慣れぬアドレスからメールが入っていた。


「ん? なんでゴザルか?」


 そこにはバグ報告のエクセルファイルが添付されており。

 文面に「後よろしくお願いします」と書かれていた。


「はは~ん三石氏でゴザルな。さっきまで残ってたでゴザルか、根性だけは評価するでゴザルよ」


 どれどれ、あの少年があれほど躍起になって追っていたバグが一体なんなのか興味はあった。

 そこには報告者が鎌田と書かれた、最新のバグが報告されていた。


「………………」


 鎌田はその文面を見て青ざめた。


「………………ま、まずい」


 鎌田は大慌てで悠介が使っていたPSVINTAを手に取る。


「やっほー鎌田君。どしたんでふか目の色かえて?」


 丁度出社してきた阿部が鎌田に声をかける。

 鎌田は画面を見て、頭を抱えた。


「せ、拙者のアーリマン特殊変異体が……」

「ど、どしたの?」


 鎌田は阿部を泣きそうな顔で見つめる。


クリティカルバグレッド発生でゴザル」

「クリティカル!? 今でふか!?」


 出社してきていた開発メンバーにどよめきが起こる。


「えっ、クリティカルって、販売したら即回収レベルになるあれでふよね?」

「バグが原因でゲーム本体が故障する、もっとも危険な奴でゴザル。このバグはメモリの過負荷で、FWのデータがクラッシュし本体が再起動できなくなるでゴザル」

「ってことはこのバグに遭遇すると、PSVINTA壊れて動かなくなっちゃうってことでふ?」

「左様。三石氏が、以前本体が動かなくなったと言った事象でゴザル」

「それってこのまま出荷すると……まずいでふよね?」

「全国……全世界で賠償問題が発生するでゴザル」

「そんなことになったらウチは大炎上必至でふ」

「グラウンドイーターの市場規模から考えて、恐らく数十億単位の損害が出るでゴザル」


 青ざめた表情の鎌田を見て、阿部も事態の深刻さを理解する。


「ち、チーフと主任を緊急招集するでふ!」

「仕様変更の可能性が高いでゴザル! 協力会社の全てにストップをかけないといけないでゴザルよ!」


 開発室が一気にトラブル対応に追われ、慌ただしくなる。

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