第224話 クリティカル
バイトをクビになった、その日の放課後、教室にて――
「ねむ……」
学校で爆睡したから幾分かましだが、それでも欠伸は絶えない。
「放課後クビになったし空いちゃったな」
久しぶりに玲愛さん遊んでくれないかな。
そう思いスマホを取り出し、玲愛さんとのライン画面を開くと
『私は仕事でしばらくカナダに行く、お前のカバーはできないから問題を起こすなよ』
とメッセージが入っていた。
その後俺がダダをこねて、玲愛さんのセクシーショットを送ってもらった画像が残っている。
「そうだ、玲愛さん今海外だった」
雷火ちゃんと火恋先輩は、お母さんの烈火さんが帰ってきてから花嫁修業しているそうで、放課後はわりと忙しそうだし。
相野とゲーセンでも行くか……。
その時真下さんと目と目が合う。今明らかに俺のこと見てたな。
彼女はどこか思い詰めた表情をして、スマホを握りしめている。
「真下さん、よかったら何人か誘って放課後遊び……」
「すみません!」
真下さんは食い気味に謝罪して教室を走り去っていく。
居残っているクラスメイトから、フラれてやんのと冷ややかな視線を浴びる。
「まぁうまくいかないときはこんなもんですよ」
得てしてダメな時は何をやってもダメである。
ガックリと肩を落としていると、スマホがバイブで震える。
画面を見ると水咲第三開発室と書かれていた。
「……えっ、なに?」
怖くて通話ボタンを押せず、一度はコールが切れたものの、再び怒涛の勢いでスマホが震える。
いるのはわかってんだ、さっさと出ろ! と言わんばかりのスマホに、俺は嫌々通話ボタンを押す。
「み、三石ですが」
「あっ、三石君? 学校終わったでふか!?」
「阿部さん?」
「今結構大変なことになってるでふ、すぐ開発室に来てくんない!?」
「は、はぁ……」
「よろしくでふ、早く来てね!」
ブチッと通話が切れ、よっぽど慌てていることがわかる。
「やだなぁ……行きたくないなぁ」
もうわかってるんですよ、怒られるんでしょ? クビになった奴が呼び出される理由ってやらかし以外ないじゃん。
開発室に行ったら、居土さんが「テメェコラ三石、よくもやってくれたな!」って鬼の形相で、ジャンピングパンチしてくるのは目に見えてるんですよ。
「はぁ……行くか」
よくよく考えれば、もう契約終了してるんだからバックれてもいいのでは? と思うが、さすがに自分のやらかしたことの責任はとらねばなるまい。
重い足を引きずって、水咲の開発室へと向かう。
二度と来ることはないだろうと思っていた開発室に、あっさり帰ってくると、中は非常に慌ただしくて常に誰か走り回っていた。
なんでだろ、新しいバグでもでたのかな。
「失礼します」
もうここの人間ではないので、ノックをしてから入室する。
俺が入った瞬間、ザワザワガヤガヤしていた空気が水を打ったように静まり返り、一斉に視線がこちらを向く。
えっナニ? 俺開発機壊してないし、データも吹っ飛ばしてないよ?
コソコソと中に入ると、時間が止まった開発室が再び動き出す。
「無理は承知ですが、こちらのほうも現在対応に追われていまして」
「予定日ですか? 申し訳ございません、現在めどが立っていませんので、はい予定通りにいくかもまだわかりません」
「はい、このままでは発売の方も危うくなっておりますので、はい、はい…」
なんだここ、まるで炎上したメーカーのサポートセンターのように、いろんな人が電話越しに謝罪の言葉を並べている。
「み、三石君!」
丁度受話器を置いた阿部さんが、俺を見つけると高速手招きする。
「どうしたんですか? なんかすごい忙しそうですが」
「忙しいってもんじゃないでふよ! カロリーとってる暇もないでふ! このままじゃ痩せて死ぬかもしれないでふ!」
それはないと思う。
彼のデスクは食い散らかされたポテチだらけである。
話している間に、また阿部さんの席にある電話が鳴る。
「説明したいんでふけど、皆手一杯なんでふ! 三石君これ!」
「これは?」
手渡されたのはPSVINTAだった。
えっ、ナニコレ? またデバッグしろってことなの? また俺に賽の河原させる気なの?
「主任今いないから、それをプレイしててほしいでふ! バイト代はちゃんと出すって言ってまふたから!」
「は、はぁ……」
なんだろ、またデバッガーに復帰ということなのだろうか?
また目玉のあいつと対峙するのかと思うとちょっとげんなりしたが、ゲーム機本体の電源を入れると、前は表示されなかった開発メーカーのロゴや協力会社のロゴが表示され、グラウンドイーターのアニメオープニングが始まる。
あれ? これってもしかして。
俺はきっちりオープニングを見た後、スタートボタンを押すと、ラスボスステージにはいかず、キャラクターエディット画面が表示される。
「おっ?」
キャラクターを作成して、もう一度スタートを押すとプロローグのテキストが表示されはじめた。
「これ、もしかしてマスター版じゃ?」
へー完成したんだ。やっぱ俺のバグは大したことなかったんだなと、安堵する。
俺がピコピコとゲームを開始して30分後、居土さんが頭をガリガリかきながら開発室に戻ってきた。
「阿部あいつまだ捕まんねーのか!」
相変わらず893顔負けの恐ろしい怒声である。
誰かを探しているようだが、電話相手に聞こえちゃうんじゃないか? なんて他人事のように思っていると、開発室のクリエーター全員がなぜか俺を指差す。
「っているじゃねーか!!」
居土さんは「野郎ぶっ殺してやる!」と言わんばかりの凄いスピードで走ってくると、俺の襟首を掴んで、引きずるように開発室から連れ出す。
「ひぃ! な、なんですか!?」
「おい、鎌田行くぞ!」
「はいでゴザル!」
俺はわけもわからぬまま、居土さんと鎌田さんと共にエレベーターに乗る。
「これから他の開発室の人間と打ち合わせにいく。お前が今朝発見したバグが、クリティカルだった」
「クリティカル? バグに攻撃力があるんですか?」
「このままグラウンドイーターを出荷すれば即販売停止、回収、更にメモリクラッシュバグにより全世界で賠償問題が発生するレベルのものだったでゴザル」
「はぁ……はぁっ!?」
鎌田さんの言葉を一瞬理解できなかったが、思考が追い付き驚愕の声をあげた。
「えっ、あれそんなにやばかったんですか?」
「やばいなんてもんじゃねぇ、水咲が潰れることはねぇが、ゲーム部門くらいは軽く吹っ飛ばせるやべぇもんだ」
「そんなに……」
「地雷くらい持ってくるかと思ったら、まさか核弾頭掘り起こしてくるとは思わなかった。それが今の開発室の惨状だ」
そりゃ居土さんも、バイトが置き土産に核弾頭置いていったらパニックだろう。
「みなさ~ん、こんなの見つけました~♪」と俺が核抱えながら、第三開発室に突撃する姿が頭に浮かぶ。
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