第225話 オタと重役会議
エレベーターが止まり、俺は開発機のPSVINTAを握りしめたまま下りる。するとドラマにでも使われそうな、第一会議室と書かれたでかい扉の部屋が現れた。
居土さんは躊躇なく中に入っていくと、そこには2人の重役っぽい男女が席についていた。
「座ってろ」
「はい」
会議室は円卓になっており、11時と1時の位置に重役らしき人が座っている。
俺たち第三開発の人間は、反対の6時方向の席に座る。
「朝から何度も集まってもらってすまねぇ、こいつが今回のバグ発見者だ」
「あーこの子がバイト君」
1時方向の席に座っている、30代くらいで髪を肩口できっちりと切りそろえたエリートビジネスマン風の女性が、俺を上から下までを眺める。
「随分若いのぉ」
11時方向の恰幅の良いベースボールキャップを被った中年男性が、ニカっと笑みを浮かべる。
立派な口ひげを生やしており、見た目はクリエーターというより優しそうな山男のようだ。
「私は第一開発室主任、
「ワシは第二開発室主任の
「よ、よろしくお願いします」
威圧感のある二人に見つめられ、圧迫面接を受けている気分になる。
「それで、当人が来たんだけど問責ほんとにやるの?」
「やる、はじめろ」
第一の主任神崎さんがタブレットを手に取ると、何かを読み上げる。
「えー第三開発室主任
「ない」
「ないでゴザル」
いつの間にか居土さんと鎌田さんは立ち上がり、まるで裁判を受けるかのように神妙な顔つきだった。
「バイト君から何か言いたいことある? これだけでかいバグ見つけたのに、よくもクビにしてくれたな、この能無しどもが死んで詫びろみたいな」
「いや、ないですが一つ訂正が。バグシートの名前を鎌田さんにしたのは俺です」
「それはなんでなんじゃ?」
第二開発の御堂さんは、自身の髭をもさもさ触りながら不思議そうに首を傾げる。
「バグの規模もわからなかったですし、どのみち俺昨日でクビになったので、自分の名前で出すより、鎌田さんの名前にした方が後腐れもないかなと。後あわよくば鎌田さんが、ささっと直してくれればそれでいいんじゃないかって」
あっ、もしかして良かれと思ってやったがダメだったパターン?
「はぁ……」
神崎さんは大きなため息をつくと、居土さんと鎌田さんに、頭痛いわと言わんばかりに呆れた目を向ける。
「ほんと大の大人が情けない。バイトの少年がクビって言われた後もバグを追っかけ続けた上に、こっそり直してって気使われてるじゃない。あんたら恥ずかしくないの?」
「返す言葉もないでゴザル……」
「まぁまぁ人間誰にでもミスはあるんじゃ、そんな目くじらたてても小ジワがふえるだけじゃぞ麻美?」
「ぶっ殺すわよ山ゴリラ!」
プチっときた神崎さんに、おぉ怖いと肩をすくめる御堂さん。
仲良いなこの人達。
「彼のおかげで未然に防ぐことができたクリティカルだけど、あんたら二人から彼に何か言うことないの?」
「あるでゴザル」
鎌田さんは俺のすぐ前に立つと、膝をつき深く頭を下げた。土下座というやつだった。
「今回の件、己のプログラムに
「いやいやいや、頭あげてください! そんな大したことしてないですよ」
「大したことよ」
神崎さんがすかさず割って入る。
「ゲームはあくまでビジネス、お金を儲けるから会社や部門が存続する。今回のバグ発覚が遅ければゲーム部門の縮小、最悪撤退もありえたわ」
「しかしバグなんて追跡が終わらないと、どの程度のものかわかりませんし。今回はたまたま大きかっただけで……」
神崎さんは大きく首を振る。
「話を聞くと、あなたデバッグ中に開発機壊してるでしょ?」
「は、はい」
「あれを重大バグの予兆と捉えられなければプロ失格よ。ようはバイトが開発機壊した程度で片付けた、チーフと主任の責任は大きいわ」
居土さんは「その通りだ」と深く頷く。
「水咲のゲーム部門は大手メーカーに比べて力が弱いわ。そこに本体を破壊するようなバグゲームをリリースしたとあったら、風評被害で第三の開発しているゲームだけでなく、第一、第二の開発に飛び火するのは免れない」
御堂さんが大きく頷き、言葉を引き継ぐ。
「これから事業を拡大していこうと思っておる、水咲アミューズメントに大打撃を与えるもんじゃ。しかも客に損害を与える事は最もやってはならん。場合によっては社長辞任に発展することすらある」
再び神崎さんが続ける。
「しかもあのバグ最終ステージだけじゃなくて、通常のメインストーリーでも再現されたの。でもデバッガーは誰一人あげて来なくて、唯一それに気づいたのが君だけ」
神崎さんがチラリと俺を見る。
「バイト君のあげたバグの中には、三つも大きなバグが混ざってたの。一つはボスの回復現象、もう一つは背面タッチパネルによる不具合、最後はバグがバグを生んでメモリのオーバーフローによるFWのクラッシュ。三つもでかいバグを乗せたまま発売する予定だったわけ」
「な、なるほど」
「グラウンドイーターバーストなんとかだっけ? 本体と会社バーストさせてどうすんのよって話」
神崎さんが吐き捨てるように言う。
「それとここからはバグとは別に、パワハラもあったって聞いたわよ」
そんなんありましたっけ?
「幹也、これその子の勤怠表だけど、ほぼ定時で帰ってることになってるわよ」
俺はしまったと眉を寄せる。
成果が上がらないことが負い目になって、残業つけてなかったんだった。
「聞けば、勤務態度で毎回終業時に立たせて説教してたらしいじゃない」
神崎さんは頬杖をつき、呆れて物も言えんわって顔で居土さんと鎌田さんを見ている。
「一応本社の入口監視カメラのデータと、バイト君のPCログイン履歴から実働時間わり出したけど、申請されてる3倍はゆうに超えるそうよ。あたしもこの子休日に何回か見てるもん」
「幹也、ワシはどんなでかいバグでも笑ってすませてやるがな、そっちは許さんぞ。人間をないがしろにする会社は滅ぶと決まっておるけー」
さっきまで恵比寿様みたいにニコニコ顔だった御堂さんの顔が、一気に阿修羅像みたいな表情にかわる。
「幹也、例え会社の信用が失墜しようと真面目に良いものを作っていけばいつかは返していけるがな、人材はかえがきかんのじゃ。まして上司がパワハラするなんて知られたら、良い人材が入ってこんくなる。それは企業として死んだも同じじゃ」
「言い訳のしようもない。すまんかった」
居土さんに頭を下げられ、俺は恐縮してしまう。
「とりあえず第三開発の主任とチーフは解任ね。このことは社長には伝えておくわ。後任は今日中に選出して」
「わかった」
淡々とでかい人事が決まり、俺は驚いて声を上げる。
「えっ、居土さん辞めてしまうんですか?」
「プロジェクトの大幅遅延にパワハラって、解任には結構十分な理由だけど?」
神崎さんは何かおかしい? と首を傾げる。
「バイト君の気分的には懲戒解雇にしてほしかったと思うけど、さすがにそこまではいけないかしら」
「いえ、そうではなく」
「あぁバイト料は、後で正確な代金に色つけて出すから心配しないで。流石に数億の損失を防いだのに、これっぽっちかよってなるとは思うけど」
「いえ、そうでもなくてですね」
「じゃあなに?」
「あの……助かったなら辞めなくてもよいのでは?」
俺がそう言うと、一瞬の静寂のあと御堂さんは膝を叩いてガハハハハと笑い出した。
「小僧は他罰に厳しい世の中で、なかなか寛容な男じゃな。ワシはその意見嫌いではない」
「ダメよ。これだけのやらかしで上が無傷なんて示しがつかないわ」
「あの……今から自惚れたことを言いますが、多分居土さんは俺を信用していたんじゃないかと」
「どういうことじゃ?」
「その、俺このバグを見つけるまで本当全く成果あがってなかったんです。でもずっとデバッグやってる俺を追い出さなかったんですよ。居土さんなら残業代かかるから、さっさと帰れって言うと思いますし」
鎌田さんも俺に上位の開発機を貸してくれたし、決して邪険にされてたって感じはしないんだ。
「威圧して半ば強制的に労働させたともとれるわ」
「俺はそうは思いません。居土さんは何度もこの日までに見つけろと忠告を出してくれました。その期限内に発見できなかったので、契約終了を言い渡されたことに不満も憤りもありませんでした。最後にバグを見つけられたのは、本当に運が良かっただけです」
「…………」
「それに居土さんって、目をかけてる人にほど怒鳴る傾向があると思います。第三開発室をしばらく見てましたけど、怒られてる人ほど仕事を多く任せられていて、期待の裏返しなんじゃないかと思ってます」
この人成果主義って言われてるけど、仕事への熱があれば評価してくれる人だと思う。
摩周を見ててわかる。居土さんは摩周が別会社の社長息子だから嫌いとかじゃなくて、シンプルにゲームへの情熱が足りないから放置しているんだと。
「ガハハハハハ、小僧はワシより幹也のことをわかっとるかもしれんな。麻美、本人がええと言っとるんじゃチャンスを与えてやったらどうじゃ?」
「それを判断するのは社長よ。社長は私なんかより厳しいわよ? 解任だけじゃなくてゲーム事業部から外される可能性もあるわ」
水咲の社長か……ワンチャンなんとかなるかも。
自分の為にコネを使うのは嫌いなのだが、居土さんがこのまま解任されてしまうのは水咲にとっても損失だろう。
俺はおずおずと手を挙げる。
「あの……それでしたら俺がなんとかできるかもです……」
「「「は?」」」
全員がキョトンとした顔でこちらを向く。
「ちょっとここの経営者に知り合いがいまして……」
「経営者? 水咲ってこと?」
「ええ。人事まで口出しできるかわかんないですけど、多分社長に対しては効力がある子なので」
俺はスマホを取り出し、水咲月に連絡をとる。
「ねぇ幹也、このバイト君何者なの?」
「知るか……でも一ノ瀬が、その子バックにやばい人ついてますって言ってたんだよな。その時は冗談だと思ったが……」
「拙者今、めちゃくちゃやばい子にマウントとっていたのではないかと、戦々恐々としているでゴザル」
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