第226話 知らんがな

 俺は月との通話を終え、スマホを机に置く。


「なんとかしてくれるそうです」

「なんとかって……」

「言うてものぉ」


 全員がザワついていると、会議室の内線が鳴り響く。

 神崎さんが受話器をとると「社長!?」と驚きの声を上げる。


「はい……はい、本人にはそのように伝えます」


 話を終えると、神崎さんは居土さんに向き直る。


「幹也、社長から失敗は作品で取り返せと」

「社長に話通るの早すぎでゴザル」

「グラウンドイーターが完全マスターアップされるまで、幹也は第三開発の主任続投よ。アップ時に社長が試遊されるから、作品のデキによってあんた達の進退は決まるわ」

「社長はこのトラブルをどう切り抜けて、仕上げてくるか試しとるんじゃろうな」

「なんにせよ即時解任はなくなったわ。あんたバイト君にまた助けられたわよ」


 居土さんは俺に向き直ると、恐ろしい眼光で睨み付けてきた。

 えっ何、ぶん殴られる?

 俺が身構えると、居土さんは小さく頭を下げた。


「すまん。助かった」


 居土さんの謝り慣れてない感が凄い。


「い、いえ。たまたまです」

「たまたまで水咲の社長に口利きできるでゴザろうか?」


 鎌田さん達は首をかしげつつも、すぐに本線に戻る。


「それでどうすんの、このバグゲー? ここからは第三開発の問題よ」


 トップ会議は、予想売上、コスト、納期などの数字の話し合いが多くなり、俺が口を挟めることはなかった。

 なので俺の話はもう終わりだろうと、開発機でグラウンドイーターの続きをやることにした。


「プログラムチーフ、バグの修正はどこが一番時間がかかるの?」

「やはりラスボスでゴザル。ストーリーモード中でもバグは起こるでゴザルが、メモリクラッシュが起こるのはラスボスとの戦闘中だけでゴザル」

「バグってしまうなら、その部位をカットするのがわりかし常識じゃが」

「拙者もそう思うでゴザル。ラスボスはダウンロードコンテンツにするしかないと思うで候」

「でもユーザーはDLCに関しては敏感よ」

「ボスの無料配信ってことにして、発売後もアップデートコンテンツがありますと広告をうてば、ユーザーはメリットに感じるでゴザル」


 俺はゲームを続けながら(本来いるはずのラスボスが、発売後アップデートで出てくるって詐欺では?)と思ってしまう。

 その思いを神崎さんが代弁する。


「私は反対よ。追加でコンテンツが増えるのではなく、マイナスが追加コンテンツで0になるっておかしいわ。修正プログラムパッチをリリースする方がまだマシだわ」

「ラスボスを外して後日配信するか、最初から全部載せて修正パッチで対応するか……」


 話し合いはその二つの方法、どちらを選ぶかで止まっているようだった。

 居土さんと御堂さんは、どっちの案も地獄だなと唸る。


「納期に間に合わせるなら当然ラスボスカットだが、オンラインに繋がっていないユーザーからは猛反発にあうな」

「しかしそれは修正パッチ案でも同じじゃろうて。クリティカルを乗せたまま販売はできん」

「最後まで遊べるか遊べないかは大きく違うわよ。ラスボスストーリーに関係あるんでしょ?」

「ある。ラスボスはヒロインが悪神に変容した姿だ」


 えっ、マジで? とネタバレを食らい驚愕する俺。

 するとノートパソコンで、なにやらカタカタしていた鎌田さんが顔を上げる。


「主任、先ほどコストと時間を計算したでゴザルが、ボスを乗せる案はどう考えても修正時間を含めると不可能でゴザル」


 鎌田さんが、担当者の役割を時間フローにした工程管理表を全主任に見せる。


「これでも通常かかる時間を、三分の一にして計算しているでゴザル」


 三人の主任は、どう頑張っても抗えない時間という制限に苦い顔をする。


「ラスボスはカットだな……それ以外選択肢がない」


 グラフを見て居土さんが呟く。他二人の主任も何も言わなかった。


「えっ、逃げるんですか?」


 俺はPSVINTAから視線を逸らさずボソリと呟いた。


「時間がねぇんだよ。物理的に無理なもんは無理だ」


 居土さんの表情は苦々しい。

 俺はプレイ中の画面を開発者達に見せる。


「あなた達はこれだけ良いものを作っておきながら、最後で味噌つけるんですか? 社長はきっと敗戦処理をさせるために、居土さんを継続させたんじゃないと思います。クリエーターとして、誇りある仕事をしてくれると信じて残してくれたんだと思いますよ」


 結局のところ最終的には意地プライドの問題だと思う。

 自分たちが生み出したものを、世間にクソゲー呼ばわりされて許せるのかどうか。


「未完成品って、つまり諦めた連中の諦めた作品ってことですよね?」

「…………」


 その場にいた全員が静かになり、ゲームの戦闘BGMとSEだけが鳴り響く。


「俺未完成品何度かやったことありますけど、あれをやったときの絶望感は凄いですよ。急にモノローグでなんやかんやあって敵を倒したとか、明らかに伏線張りまくってるのに肝心のボス出てこないとか。優秀なゲームであればあるほど、その部分が目立つんですよね」

 

 俺は全く責めるつもりはなく、ただ思ったことを口に出しただけだった。


「延期しちゃダメなんですか? いいもの作ってから売り出した方がよっぽど賢いと思うんですが」


 俺の問いに御堂さんが答えてくれる。

 

「ゲームっていうのはな、一社で作ってるわけじゃないんじゃ。開発に協力してくれている協力会社や、広告代理店、小売り、生産プレス工場と連携しとるわけじゃ。特に生産工場は一年前から予約をかけとる、それをキャンセルして次に回すとなると、半年から一年待たされるケースもある。更に違約金も発生して、儲けは0どころかマイナスになるんじゃよ」


 確かにゲーム会社って、開発室にいる人だけで作ってるわけじゃないもんな。


「儲けが0になったら今度は開発資金がなくなり、次回作の規模縮小、ユーザーの満足度低下、売上減少、プロジェクト消滅、企業倒産。負のループじゃ」


 なるほど、大人の事情で延期はできないんだ。


「まぁ知ったことではないですけどね」


 思いっきり不遜な言い方だが、俺は今第三開発のバイトではなく部外者ユーザーとしてこの場にいるわけなんだから、開発者に直接言いたいことは言ってしまう。


「俺たちがほしいのは面白いゲームだけです。こんな裏事情で未完成品なんだよって言われても、知らんがなですよ。ようは倒産したくないから6800円払わせて、未完成品つかませるんでしょ?」

「む、むぅ……言い方悪くするとそうなんじゃが」

「未完成品を売りつけるのが正しいか、延期して利益0の商品を開発するのかどっちがいいんですかね? 前者は売上はでるけどユーザーはがっかりして、二度と買わんわってなるかもしれません。後者はユーザーは喜ぶけど、利益0は会社の経営としてはできない選択ですね」


 全員が押し黙る。


「じゃあラスボスかえましょうよ」


 何を今更という雰囲気がでるが、俺はいたって真面目だ。


「三石殿簡単に言われておるが、今から新規でボスを作る時間もデバッグ期間もとれないでゴザルよ」

「中身は別にかえなくていいんじゃないですか? 要はラスボスでバグが起こる可能性を消せばいいだけですし、主人公一人で戦えばいいんですよ。そうすれば陣形操作は必要なくなりますし、まずバグは一つ消えます。回復ライブラリでしたっけ? あれは直すしかないですが、一番でかいメモリクラッシュは背面タッチパネルを無効にすればいいだけですし」


 俺はデバッグの追跡経験から、逆にこうすればバグは起きないというルートを提案していく。


「ラスボス戦っていうとあれですけど、イベントバトルに近い形にすればいいと思うんですけどね。そうすれば修正するところは少なくなるし、プレイしてる人は演出だと思う。ラスボスを全部カットするか全部乗せるかじゃなくて、乗せられるところは乗せてプレイヤーにバグのトリガーを引かせないように誘導すれば……」


 俺はさっきから自分しか喋っていないことに気づいて、ゲーム画面から顔を上げる。

 すると皆腕組みしながら深く考え込んでらっしゃる。


「あれっ、ユーザーの戯言を皆さん真剣に考えてらっしゃる?」

「……それなら後からボス強化パッチ、ハードモード追加みたいに配信すれば、例えオンラインに繋がってないユーザーもエンディングを気持ちよく迎えられるな」

「……いけるわね」

「うむ……いけるのう」

「それ……いけるでゴザルよ」

「決まった、それでいく」


 マジで? 嘘でしょ? と思っていると俺は居土さんと鎌田さんに両脇を抱えられる。


「三石、吐いた唾は飲めねぇぞ」

「は?」

「三石殿がやると言ったのでゴザルからな」

「言ってない! やるのは貴方達で俺じゃない!」

「お前が企画したデスマーチだろうが!」


 俺は居土さんに怒鳴られながらズルズルと引きずられていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る