第227話 迷いの一式
本当に大丈夫かと言いたくなる決定方法で指針が決まってしまった。
そして居土さんから衝撃の言葉が放たれる。
「三石、お前今日からインフルエンザな」
「それはどういう意味ですか?」
「お前が考えたんだから、責任もってテストプレイしろよ。なに安心しろ、俺の実家は病院をやっている。診断書の一枚や二枚書いてやるさ」
それ普通にダメな奴では?
「安心しろ、俺なんかゲームしすぎて留年くらったぐらいだ。一週間休んだところで死にやしねーよ」
「あなたと一緒にしないで下さい! 嫌だ 離してくれ! 俺は今日帰って寝るって決めてるんです!」
「散々会社で寝てんだ、今日も会社で寝ろ」
「たまには家のベッドで寝たい!」
「まぁまぁ、一番良い二段ベッドの上を使える権利をあげるでゴザル」
「そんな権利いらない!」
俺の悲痛な叫び声を完全に無視して、再び開発室に連行された。
連行されても結局やっていることはデバッグのときとかわらず、阿部さんと鎌田さんの机に挟まれ、グラウンドイーターを最初からテストプレイする。
畜生面白いじゃないか、このゲーム。
開発室のメンバーは今後の方針について、居土さんからの説明を聞いているようで、帰ってきた俺を気にするのは阿部さんくらいだった。
(鎌田君鎌田君、どうなってるんでふか? いくらバグ発見者とはいえ、主任は素人をゲームデザイナーに抜擢するつもりなんでふか?)
(キェェェイ! 口を慎まれよ阿部殿、三石殿は第三を救った英雄でゴザろう。主任が織田信長であれば、三石殿は豊臣秀吉、身を削って主君に仕える姿はまさしく戦国武将の鑑で候)
(ごめん鎌田君、何言ってるか全然わかんないでふ。三石君”強制労働させられる!”って、嫌がりながら連れてこられた気がするんでふが)
(まさしく敵を欺くにはまず味方からというやつでゴザろう。底知れぬ男よ三石殿は)
ブルブルと肩を震わせる鎌田を見て、阿部は素直に気持ち悪いと思った。
皆が忙しなく作業に追われている中、俺はひたすらテストプレイに没頭していた。
すると忘れていたあの男が、馴れ馴れしくやってくる。
「よぉミッチー、現場戻ったんだってな? 良かったじゃねぇか」
「摩周か……」
「おいおいなんだよその目は、オレとお前はこの第三開発を救った英雄だろ?」
「お前は何もしてないが?」
「何いってんだ、あのバグを最初に見つけたのはオレなんだから、実質オレが救ったと言っても過言じゃないだろ?」
過言だが?
「必死にトレースやってる俺に、バグはないと散々煽ってたが?」
「やだなミッチー、そんな昔のこと蒸し返すなよ」
「昨日の話だが?」
「いやぁミッチーのおかげで、ゲーム業界にオレの名が刻まれたぜ。グラウンドイーター開発室を救った、伝説のゲームクリエーター摩周健人ってな。このままオレの伝説はどこまで行っちまうんだろうな?」
そのままどっか行ったまま帰ってこないでほしい。
どうせその話にも尾ひれ背びれをつけるつもりだろう。もう既に俺の名前が消えてるもんな。
いつかこいつはやばいことをやらかす気がしているので、相手にしないようにしよう。
◇
悠介が学校を休み始めた、その日の放課後――
一式は一人、学校近くの公園のベンチに座ってスマホを見つめていた。
画面にはカラオケで撮った、悠介との添い寝写真が映し出されていた。
「…………」
社長から三石悠介のスキャンダルを撮るようにと言われ、実際その写真を撮ることができた。
しかし、これを社長に提出していいものかと悩み続けていたのだ。
社長と伊達家が結託して悠介をハメようとしているのはわかっており、自分がその片棒を担いで良いものなのか。
一式の悠介の感想は、優しいオタク。
劇のときもあぶれた自分を輪の中に入れてくれたし、練習中のトラブルで天がケガしそうになったとき助けてみせた。
社長たちからは9股するクズ野郎から娘を守るために協力してくれと言われているが、それにしては女性間で修羅場になっているシーンがなさすぎる。
確かに学校内で伊達姉妹と水咲姉妹が遭遇すると、ピリっとした空気が流れるものの、女同士のドロドロとした様相は見えない。
普通ならお互いの上履きの中に、画鋲を仕込みあっててもおかしくないはずなのに、昼食を一緒に食べることもあり普通に友人関係を構築している。
一式の想像した9股クズ男は、もっとチャラチャラした人間で、酒と女と暴力にまみれた半グレヤンキーだった。
しかし出てきたのは陰キャオタクで、女性たちの方は落ち着いており楽しそうな学校生活を送っている。
「この写真を送ったら、間違いなく皆不幸になりますよね……」
三石悠介は勿論のこと、伊達水咲姉妹も深い傷を負うことになるだろう。
一つのコミュニティを完全に崩壊させる爆弾を持った一式は途方にくれる。
すると視界の端で、買い物帰りの女性の紙袋が破け、地面にりんごをぶちまけている姿が映った。
一式は慌てて公園の外に飛び出すと、転がったりんごを拾いあげる。
「大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、ありがとう」
困った声を上げる女性の声の艶やかさに、一式はドキッとした。
女性はロングヘアでニットセーターを着ており、縦線模様を大きく湾曲させる爆乳の持ち主だった。
「でっ……か……」
つい言葉が出てしまうくらいの胸の大きさ。
彼女が見てきた中で最大サイズかもしれない。
「ごめんなさいね」
「いえ……」
りんごを全て拾い終えると、女性はパンと手を打つ。
「そうだ、これから時間あるかしら? お礼に近くの喫茶店で何かご馳走するけど」
「いえ、そんな大したことをしていませんので、自分は……」
「遠慮しなくていいのよ。私は三石静。あなたは?」
「真下一式です」
「どうかしら一式ちゃん?」
本来知らない大人に誘われたら警戒するのが普通だが、女性のあまりの邪気のなさ、悪く言えば無防備さに一式は頷いてしまう。
「良かった行きましょう」
一式は静に続いて【鈴蘭】と書かれた喫茶店へと入る。
中にはカッパの妖怪ではなく、店主らしき老婆がカウンター席に鎮座している。
「お婆ちゃん、厨房借りるわね」
静はカウンターの中へと入り、エプロンを身につける。
「なんじゃ静、またメス拾ってきたんか」
「猫みたいに言わないで」
「そうじゃな、拾ってくるのはユウ坊の方じゃな。あたしゃいつか、あいつがメスと赤ん坊連れてくるんじゃないかとヒヤヒヤしてるよ」
「ユウ君はそんなことしません」
老婆がブラックな話をしているうちに、静は調理を終え、心も体も温まるホワイトシチューが振る舞われる。
「美味しい……」
一式は母の味を思い出して泣きそうになる。
あっという間に食事を終えた後、静は一式の隣の席に腰を下ろす。
「ありがとうございます。とても美味しかったです」
「いいえ、こんなのでよかったらまた来て」
「本当にありがとうございます……」
お礼をすると、老婆がゴトリとコーヒーカップを置く。
「これでも飲みな」
「あ、ありがとうございます」
どうやら悪い妖怪ではないらしい。
温かなコーヒーを飲みつつ、その安心感から小さなため息が出てしまった。
「はぁ」
「……ねぇ、何か悩んでるのかしら?」
「えっ?」
「大分思い詰めた表情をしてるから」
「…………」
「私でよければ相談して。良い答えが出せるかはわからないけど、吐き出すだけでも楽になるものよ」
思考の袋小路に入ってしまった一式は、対面女性の母性的な雰囲気に流され口を開く。
「……こんな話をしていいのかわからないのですが」
全てを話すことはできず、状況をところどころぼやかしながら説明する。
「う~ん。バイト先から嫌な仕事をさせられてるけど、やっぱり聞いてた話とちょっと違っていて、このまま続けていいかわからないと」
「はい、その仕事をすると……人の人生が変わってしまうかもしれないんです。でもバイト先にも恩があって……」
「なんの仕事なのかはわからないけど、とても重要なことをしているのね」
「自分は……ただの駒ですから」
「そんな仕事やらなければいいって言いたいところなんだけど、貴女にも事情はあると思うの。その人生を変えてしまう相手の事を、もっとしっかり見てみたらどうかしら?」
「観察ですか?」
「その人って男の子? 女の子?」
「男です……自分と同い年の……」
「じゃあ思い切ってデートに誘ってみたらどうかしら?」
「デ、デートですか?」
一式は唐突な提案に赤面する。
「ええ、貴女は最初その人が悪い人だって聞いたから仕事を受けた。でも途中から、悪い人かどうか確証がもてなくなって迷ってる。ならしっかりと自分の目で確かめてみたらどうかしら?」
「…………」
「あなたがちゃんとその目で見て、悪い人なら仕事を続ければいい。でもいい人なら上司ともう一度話をしましょう。最初と言ってた話が違いますってね」
「……はい。あの……デートってどうすればいいんでしょうか?」
赤面した一式が聞くと、静は得意げにドンっと胸を叩く。
「私、恋愛(マンガ)のことなら自信があるから任せて」
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