第228話 オタとキリギリス

 デスマーチを開始した第三開発室は、修羅場を極めていた。


「キェェェェェィ!!」

「どらどらどらどらどら!!」


 鎌田さんは恐ろしいスピードでプログラムを記述し、阿部さんはラスボスの再デザイン案を描いていく。

 皆大変だな、俺はテストプレイだけでいいから楽でいいや。

 そんなことを思っていた時代が俺にもありましたよ。

 居土さんは俺の席にUSBファイルを置くと、早口で指示を出す。


「三石、ここにある音声ファイルをセリフごとに分割しとけ」

「えっ?」

「このUSBに音声の没ファイルが入ってんだが、ラスボス変更にあたって使うかもしれねぇ。でも音声が一纏めになってて、このままじゃ使えねぇんだよ。だから1セリフごとに分割してwavファイルにわけろ」

「どうやってやるんですか?」

「ネットで調べろ」


 冗談でしょ?


「分割したセリフを、文字だししてエクセルにまとめとけよ」

「えっ、こういうのって勝手にアプリとかでやってくれるものなのでは?」

「そんな便利なもんねぇよバーカ。1時間後サウンド部署との会議に使うから、それまでにやっとけよ」

「1時間!?」


 んな無茶な、やり方すら知らないのに。

 周りの人も忙しそうで聞ける余裕もないし。


「出来てなかったら殺す。ミスってても殺す」


 どのみち殺されるしかないのでは?

 くそっ、やるしかないのか。


「キェェェェェィ!!」

「どらどらどらどらどら!!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 俺はデスクに並んでいる参考書を片手に、鎌田さんたちと一緒に修羅に入った。


 ◇


 数時間後――時刻は午後4時半。その後も居土さんの無茶振りは続き、あの人が真性のドSだと知る。

 ようやく少しだけ落ち着き休憩時間がとれるが、俺はHP切れでデスクに突っ伏していた。


「燃え尽きた……」


 脳死でデバッグしてたときと違って、頭使ったな 。そのせいで腹減った、糖分が足りない。

 昼飯も食わずに時間制限のある仕事を押し付けられたせいだ。

 そこに摩周が慣れなれしくやってくる。


「ミッチー大変だな、オレはいつも通りデバッグだから楽だけどよ」

「デバッグが決して楽とは言わないけど、こっちは時間制限があるのがきつい」

「ミッチー、主任から恨まれてんじゃねぇの? このデスマーチ、ミッチーが言ったせいなんだろ?」

「まぁ……そうなんだけど」

「ミッチー絶対主任に嫌われてるって、主任だけじゃなくて第三開発全員に嫌われてるかも」

「……そうなのかな」

「まっ頑張れよ。オレは他の部署の人と休憩行ってくるわ」


 何回目なんだと言いたくなるペースで休憩に行く摩周。

 以外とああいう奴が、したたかに立ち回って出世しそうだ。


「…………」

「三石殿どうかしたでゴザルか?」

「いや、皆俺が変なこと言ったせいで忙しくなっちゃって、怒ってるのかなと思いまして」


 不安を口にすると、鎌田さんと阿部さんはゲラゲラと笑う。


「ふははは、何を言うでゴザルか。例え三石殿が言ったことでも、それを承認したのは主任でゴザル。主任がそれで良くなると判断して決定したこと、第三開発室にそのことで異を唱えるものはいないでゴザル」

「そうでふよ。三石君は忙しくなって大変かもしれないけど、それでいいんでふ。いっぱいわけわかんないお仕事押し付けられて、それを調べて失敗してクリエーターってのは育っていくでふ」

「左様、最初から全てを知っているスーパークリエーターなんかいないでゴザル。三石殿は今、クリエーターの最初のハードルを超えたのでゴザルよ」

「摩周君みたいに、楽できてラッキーなんて思ってる子は一生成長しないでふ」

「なるほど、経験値を得たと思えばいいんですね」


 忙しい分だけレベルアップしたと思おう。

 その時ぐーっと腹が鳴る。


「遅いでゴザルが、昼を食べてくるといいでゴザル」

「はい、晩飯兼ねて行ってきます」

「多分食堂はあいてないでふけど、5階のカフェならなんか食べられるでふよ」

「ありがとうございます」


 俺は5階へと降りて、カフェへと向かう。

 ここにも沢山の部署が入っており、アニメーション事業部や、ミュージック事業部などの部屋が並んでいる。

 おそらくこの中でオタクが喜ぶコンテンツが作られているのだろう。

 そういえばここしばらくオタク成分接種できてないな、ガンニョムも最新話見れてないし。

 大人ってこんな感じで忙しさに負けて、オタクを卒業していくのかもしれない。

 大人になりたくないなと思いながら、一番奥にあるカフェに向かおうとすると、その途中部屋の扉が急に開く。

 フリル付きのメイド服を着た少女が、後ろを向きながら出てきてぶつかりそうになった。


「あっ、すみません」

「すみません!」


 俺はケツを押し付けてきた少女を見て「えっ?」と声を上げた。

 それはマスクをつけた真下さんだったからだ。


「三石……さん?」

「真下さん、何してるの?」


 彼女が出てきた部屋に取り付けられたプレートを見ると、第2レコーディングスタジオと書かれていた。


「えっと、あの……バイトで来てまして」

「バイト? レコーディングの?」

「い、いえ! 配達、配達です!」

「あぁ、もしかしてそこのカフェでバイトしてるの?」

「そ、そうなんですよ! あの三石さんは?」

「俺もバイトで、上の階でゲーム作ってる」

「そうだったんですね」


 真下さんは必死に何かを誤魔化そうとしているのだが、そこを突くのも野暮というものだろう。

 まぁ十中八九、水咲の関係者だろうけど。

 そんなことを思っていると、めんどくさいやつが現れる。

 カフェでコーヒーを買っていた摩周が、俺と真下さんに気づいて寄ってきたのだ。


「おぉミッチー、誰この可愛い子? ねぇ君マスクとってよマスク」


 こいつ本当に誰にでも馴れ馴れしいな。

 俺は一歩前に出てしっしっと追い払う。


「彼女、俺のクラスメイトでバイト中なんだよ。邪魔すんな」

「ねぇ君連絡先教えてよ、どこ住み? ラインやってる? インスタは?」

「もういいから、早く休憩室いけ」


 俺はしつこい摩周の背中を押して追っ払う。


「あぁミッチー冷てぇよ!」

「他部署の人待たせてんだろうが」


 摩周は渋々引き下がり、他の社員と共に休憩室へと向かう。


「あ、ありがとうございます。お知り合いなんですか?」

「開発部署の伝説のクリエーター問題児

「そ、そうなんですね。すみません」

「君は俺の義姉と同じ、押しに弱い雰囲気がある」


 放っておくと、摩周みたいなグイグイ来る男に強引にホテルに連れ込まれそうだ。


「じゃあ俺飯食ってくるから」

「あの、三石さん。今度お時間とれませんか? できれば近いうちに」

「落ち着いたら大丈夫だけど」

「で、では自分と、デー……アキバに行きませんか?」

「アキバ? うん、いいよ行こう」


 一瞬俺の頭にデートという言葉が過ぎったが、彼女が俺を誘う理由は一つもないので単純に遊びにいくだけだろう。

 やっぱり真下さんってオタクなのかもしれないな。

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