第229話 居土主任

 俺がサボりを決め込んで、数日が経った。

 一番重要な回復ライブラリの修復目処がたち、背面パネルの修正も終わり、現在ラスボスの差し替え作業が行われていた。


「む~んむ~んむ~ん」


 俺はペンタブ片手に唸る阿部さんのPCモニターを覗き込むと、巨大な幾つもの頭を持つ蛇の絵が映し出されていた。


「これが新ラスボスですか? ヤマタノオロチっぽいですね」

「む~ん……な~んかいまいちピンとこないんでふよね」


 阿部さんの机にはラフ画らしき、クリーチャーのイラストが山のように散らばっている。


「強そうだと思いますけどね。引っかかるんですか?」

「動かない前提だから、蛇はちょっと微妙かと思うんでふ」


 ラスボスはバグ発生の可能性を完全に潰すため、移動しないタイプへと会議で変更されたのだ。

 その為それに見合ったデザインが必要で、蛇だと動かないことに違和感を感じる。


「居土さんの指定ってどんなのですか?」

「んーとね、ラスボスのデザイン仕様には神秘的、邪神、超自然、ヒロインの変身形態、注意点は宗教に抵触しないものでふ」

「ちゃんと宗教に抵触しないとか書いてあるんですね」

「イソド神は怖いでふよ、訴訟的な意味で」

「ゾウの神様とか破壊神様とか敵にするとやばいとは聞きます」

「そりゃ日本人も仏様が悪役で出てきて、主人公が仏様ボコボコにしてたら怒る人もいるでふ」

「確かに、じゃあもういっそ鉱物とかガスとかにしちゃえばいいんじゃないですか?」

「無機物だと面白くないんでふよねー」


 ラフの中に、クリスタルのように鉱石が光っているボス案もあった。


「このフェニックスとかカッコイイですね」


 俺が手に取った一枚のラフは、いくつもの宝石を身にまとった、全身炎で形成された火の鳥の絵だった。


「それはダメでふ、書き込みが多すぎてボスに決められているポリゴンをオーバーするでふ」

「ポリゴンですか?」

「容量は無制限じゃないでふから、こんなゴテゴテしたフェニックスを3D化すると、一瞬でメモリオーバーしてゲームが落ちるんでふよ」


 そんな制限があるのか。なんでもかんでも詰め込めばいいというわけではないんだな。


「困ったでふ!」


 むむむと頭を抱える阿部さん。キャラクターデザインって大変そうだ。


「何か、何か洗練されたデザインよ~、我が脳に閃くでふ~」


 雨乞い踊りみたいなの始めたんだけどこの人。

 俺は極力阿部さんの不思議な踊りを視界にいれないようにしながら仕事をしていると、スマホがブルっと震える。

 画面を見ると、真下さんから『自分はいつでもOKなので、三石さんのスケジュールでお願いします』とメッセージが来ていた。

 彼女とはアキバに行く約束をしているのだが、この調子では一体いつ行けるかわからないな。


 それを両サイドから覗き込む、阿部さんと鎌田さん。


「ほぉ、三石殿お友達ですかな?」

「ま、まぁ」

「まさかとは思うでふが、彼女じゃないでふね?」

「違いますよ、女の子ですけど」


 鎌田さんと阿部さんのメガネにピシッとヒビが入る。


「三石君、君には山のように仕事をあげるでふ。そうデートなんて行く暇がないくらいね」

「拙者三石殿は認めているでゴザルが、それとこれとは話が別でゴザル。さぁ共に協力してデスマーチを走切りましょうぞ」


 くっ、この人たち陰険だな。

 そんな話をしていると、珍しく居土主任が会話に入ってくる。


「なんだ三石、お前女いんのか?」

「お友達ですが」

「ヤったのか」

「やってませんよ!」


 この人は別のベクトルで最低だな。


「女と出かけるなら外してもいいぞ」

「えっ、いいんですか?」

「協力会社の返事待ち時間が入りそうだからな。数時間程度なら穴開けてもいいぞ」


 なんて優しい人なんだと思いかけたが、よくよく考えたら泊りがけで仕事させられてるし、ちっとも優しくなんかなかったわ。

 これが調教されたクリエーターということなのだろうか。


「本当にいいんですか?」

「あぁ……オレはな、お前が阿部や鎌田みたいに童貞卒業できてない社会人になってほしくねぇんだよ」

「主任、ぼくは素人童貞でふ!!」


 威張って言うことではない。


「失礼なこと言いますけど、居土さんからそんな事を言ってもらえるとは思いませんでした」

「バカ野郎、オレは家族も女も全部捨ててゲーム作ってるからな」

「家族もですか?」

「あぁ、オレにもお前と同い歳くらいの弟がいるんだがな、もう10年くらい会ってねぇわ」

「…………」


 俺はある疑問を持っていた。

 居土さんという名前、実家が病院、俺と同じくらいの弟。もしかしたらこの人、火恋先輩の元許嫁の居土先輩の兄では?

 顔は893っぽいのだが、ワイルドなイケメンだし似てなくもない。


「あの居土さんって、もしかして居土製薬の?」

「なんで知ってんだお前?」

「あっ、いや俺のオヤジが取引先に居土製薬があるって言ってたので」

「ほぉお得意さんか。まぁでも経営傾いてるらしいからな、親父さんにはさっさと手を引いたほうがいいって言っとけ」


 やっぱりそうなのか……。じゃあ居土主任にとって、俺は経営悪化の要因となった仇敵みたいなものかもしれない。


「結構実家に対してドライなんですね」

「オレは勘当された身だからな。親父はオレに医者をさせたかったが、ゲームばっかりやってたせいで放り出された。死ぬほどラグナ□クやってた」


 ラ、ラグナ廃人……。


「弟がそこそこ優秀だったおかげで、家族はオレに興味を失って助かったけどな」


 弟が優秀だから、お前はいらないって勘当されるのも悲しい話だ。

 でも、たった一人の力で大手ゲーム会社の主任に上り詰めるって、やっぱり優秀なんだろう。


「お前、オレとトークしてる場合か?」

「あっ」


 俺は慌てて真下さんに『今日、急遽時間が出来たんだけどアキバ行かない?』と返事を返す。

 突然だったにも関わらず、OKのメッセージがものの数秒で返ってきた。


「じゃあちょっと行ってきます。多分2,3時間で帰ってくると思います」

「避妊しろよ。女はこえぇぞ」

「そんなことにはなりません」


 しっかり否定してから、俺は上着を着て外に出る。

 居土さんの声実感がこもってたな。あの人の彼女ってどんな人なんだろう。

 そんなことを考えていると、丁度開発室の前で第一開発主任の神崎さんとすれ違う。

 怒り心頭した様子の神崎さんは、第三開発に入るなり怒鳴り声をあげる。


『ちょっと”幹也”、あんた第一ウチから人引っ張るのやめなさいって何回言ったらわかるのよ!』

『あぁもう、うるせーうるせーキャンキャン言うな』

『うるさい!? あんたはいっつもそう、人の話は聞かないくせに自分のことばっかで――』


 神崎さんって凄いよな、同期入社らしいけど、あんな怖そうな居土さんと対等に渡り合えるんだから。

 それにしても仲が良い。


「…………」


 俺は開発室を振り返り、まさかなと首を振る。

 居土さんと神崎さんが?

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