第230話 オタとメイド

 真下さんから、アキバのマママップ3号店で待ち合わせしましょうと言われたので、そこでじっと待つことにしていた。

 今日は歩行者天国で、水咲ミュージックレコード主催のアニソンライブイベントをやっているらしく、人通りがいつもより多い。


「三石様」


 カツカツとヒールを鳴らし、息を切らしながら走ってくる真下さん。

 寒さの為、膝より長いベンチコートを羽織っており一瞬誰かわからなかったが、頭にメイドカチューシャをつけているので、多分コートの下はメイド服なのだろう。


「す、すみません、急だったものでバイト中でした」

「ほんとごめんね、こっちも急に空いちゃって」

「いえ、自分も早く会いたかったので」


 真下さん結構危ういセリフ言ってるな。

 俺は振り返って、自身のホームであるアキバを見やる。


「全くノープランで来ちゃったんだけど、どこかブラブラする?」

「はい、そうですね」

「じゃあアニソンライブやってるみたいだし、ホコテン行ってみる?」

「それはやめましょう」


 真下さんは何でもOKですよという顔だったのに、急に全力で首を振る。アニソンはあまり興味ないのかもしれない。


「じゃあ店舗中心に回って行こうか」

「はい、お任せいたします。三石”様”」


 いつも通りの微笑みで俺の横に立つ真下さん。

 俺は「ん?」と唸る。


「なんで様付け?」

「す、すみません。バイトの癖で」

「バイトってメイドさんなの?」

「はい。実はハウスクリーニング技師と、調理師免許と秘書検と、日本メイド検定1級持ってます」

「マジで? 資格モンスターじゃん」


 ってか日本メイド検定とかあるんだな。

 俺は真下さんと共にアキバを歩きながら、メイドについて聞いてみる。


「メイドって派遣業なの?」

「主に派遣ですね。内緒にしていてほしいんですが、水咲ハウスメイドサービスというのがあるんです」

「えっ、じゃあそこにメイドお願いしますって電話したら、真下さんが来ることあるの?」

「ありますよ。ただ自分は専属契約されているところばかりですが」

「専属契約?」

「身も蓋もなく言うと、お金持ちの家で何度もメイドを利用されている家です」

「あぁなるほど。そりゃそうだよね、メイドなんて一般家庭は頼まないもんね」

「そうですね。あっ、これどうぞ」


 真下さんから手渡されたのは、水咲メイドサービス所属、真下一式と書かれた名刺だ。

 俺はてっきり水咲の音楽関係者だと思ってたんだけど、どうやら本当にメイドのバイトをしているらしい。


「ちなみに真下さん雇うといくらくらいかかるの?」

「えっと1デイですと……」


 ゴニョゴニョと耳打ちされた値段に、俺は目玉が飛び出しかけた。


「たっか」

「ですよね」

「それは庶民には手が出ないサービスだ」

「三石様、今日は1日、無料ご主人様体験されてみますか?」

「遠慮しとくよ、同年代の女の子に命令するってあんまり良い趣味じゃない」


 そういうシチュエーションのエロゲは多いが。


「真下さんは、なんで俺をアキバに誘ったの?」

「えっと、三石さんはサブカルに強いと聞きまして……」

「まぁ間違ってはないかな? でも相野も結構詳しいよ」

「えっと、あの……相野さんは、時折凄い目でこちらのスカートを見てる時があって……」


 あぁ……女に飢えた獣のような目ね。

 ああいうのって、やっぱり女子は気づいてるんだな……。

 俺もそんな変な目になってないだろうなと、オドバシカメラのガラス扉に映った自分を見やる。

 あぁ、目の下にクマつくったオタクと、笑顔の美少女メイドが映ってるわ。


「三石さんは、なんというか余裕がありますので」

「余裕というか、仲良い女の子が皆凄い人だからね……」


 伊達も水咲も美女令嬢集団だし、それで慣れた感はある。


 ニコニコ顔の真下さんを連れて、電気街をウインドウショッピングする。

 こんな可愛らしい子でもオタクがいるんだなぁと思いつつ、書店やゲーム店を中心に見て回る。

 モナ王ミュージアムに入り、音ゲーを一緒にやったり、スイカブックスに入り新作ラノベを物色する。


「あっ、マジックバレットシューターと、ヴァルキリーセブンアニメ化ですね」


 嬉々としながらラノベを見せてくる真下さん。


「真下さんって雑食オタなんでもいける?」

「どうでしょう、マンガやアニメ、ラノベはよく見ています。ゲームは指がついていかないので、いただいてもちょっと難しいです」


 いただくってお客さんから貰ったりするのかな? と思ったが

 ペロっと舌を出す仕草がとても可愛かったので、そんなことどうでもよくなった。


「最近のは難しいよね、アクションゲームなんかは特に」

「はい、楽しいんですけどね」


 たった1時間ぶらついただけでも収穫が多く、ついついグッズにポスターまで買ってしまった。


「しまったな、最近アキバ来てなかったから、いつの間にかガムキャノンになってしまった……」

「ガムキャノン?」

「ガンニョムでガムキャノンって言う、キャノンを背負ったロボがいるんだけど、俺のリュックから二本ポスターがはみ出してるでしょ? それをキャノンに見立ててる」


 真下さんは意味がわかったのか、しゃがみこんで笑い出す。


「く、くく……」


 必死に笑いを噛み殺そうとしているのだが、背中が小刻みに震えている、どうやらツボったらしい。


「すみません」

「いや、全然いいけど。真下さんは何か買わないの?」

「そうですね……」


 彼女がゲームセンター前を移動すると、ふとその足が止まる。

 目の前にあるのは、どこにでもあるUFOキャッチャーで、景品にぐでーんと脱力したパンダのぬいぐるみが入っていた。


「だらけパンダか」


 通称だらパンダ。全国の女子高生を中心に人気が高いマスコットキャラクター。

 俺はその場をじっと動かない真下さんにかわって、UFOキャッチャーをプレイする。

 うまいことアームが強い確率を引いてくれたのか、一発でとることができた。


「はい、あげるよ」

「よろしいのですか?」

「うん、なんかそのパンダ真下さんに似てるよね」

「似てますかね?」


 まじまじと子犬くらいの大きさのパンダと見つめ合うメイド。

 パンダは脱力系で間が抜けている感じがする、それを真剣に見つめる彼女の姿がなんだか笑いを誘った。


「な、なんで笑うんですか?」


 顔を赤くして可愛らしく怒るその姿が微笑ましかった。


「ごめん、頑張って似てるところを探そうとしてる真下さんと、そのパンダがシュールでさ」

「シュールって酷いです」


 ぷんすかとそっぽを向いてしまう彼女をまた笑う。


「わ、笑わないでください」

「ごめん、微笑ましすぎる」


 仲良く遊んでいると、ゲーセンの店内BGMが現在放映中のガンニョムEXEのオープニングテーマを流し始めた。


「オープニング確かリナの声優が歌ってるんだよね、いつ聞いても歌唱力が高い――」

「三石さん外に出ましょう。ここにいては耳が壊れます」

「えっ?」

「さっ、早く次に行きましょう!」


 急に慌てだした真下さんに背中を押され、店の外へと出る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る