第231話 オタとメイド Ⅱ
そんなこんなで遊んでいるうちに、2時間ほど経過していた。
楽しい時間というのは早く、そろそろ帰りを気にしないといけない。
「じゃあそこのカードショップにでも入ろうか」
「あっ、自分聞いたことあります。三石さんはとてもヴァイスカードがお強く、薔薇の聖優ザゼル使いだと」
「どこでその話を……」
「月お嬢様からです」
「あ~……」
月とは昔公式大会で、カードを使って殴り合った仲だ。
「彼女なんて言ってたの?」
「ザゼル使いの三石悠介。水咲の公式ヴァイスカードの大会で、連覇を成し遂げた伝説のチャンプと。またデスティニードローによる圧巻の引きは、ヴァイスプレイヤーを熱狂させたとも聞きました」
「話に尾ひれ背びれつけすぎだ」
「他にもゲーム中は闇悠介という第二人格がプレイしていて、多重人格者であるともおっしゃられていました」
「誰が多重人格者だ」
まぁ彼女には世話になってるので何も言わないが。
「カードゲームからは引退されたのですか?」
「プレイはあんまりしないんだけど、パッケージは買ったりしてるよ」
「引退された理由を聞いてもよろしいですか?」
「なんかプレイ中にちょいちょい記憶が飛ぶことがあって、集中しすぎなのかなって」
「それって多重人格の症状では?」
「まさかそんなわけないよ」と、笑いながらカード店へと足を踏み入れた。
しかし、これが大きな間違いだった。
こじんまりとしたカードショップには、プレミアのついたレアカードがケースに入れられ陳列されている。
「カード1枚5万円もするんですね」
「初期ロットで状態の良い物だと、5000万くらいする奴もあるよ」
「5000万!? カード1枚で家がたってしまいますね」
「そうだね……」
俺は真下さんと話しながら店内を見渡す。
店に客は他に3人しかいなかったが、俺は異変にすぐに気づいた。
「出よう真下さん」
「早くないですか?」
入った直後なので、彼女が驚くのはもっともなのだが、ここはあまり客層がよろしくない。
対戦テーブルについているプレイヤーが2人、入り口扉付近に立つ青年が1人。
ガラの悪い3人の客に共通しているのは、商品を見るわけでもなく、ゲームをプレイするわけでもなく、入店してきた俺たちをじっと監視している。
俺はあのタイプの人間はカード屋でよく見た。
自分たちの事をハンターと称して、強引に賭け勝負を挑んでくる連中だ。
挑まれた人間に拒否権はなく、無理やり勝負させられカードを強奪される。
犯罪まがいのことが行われるが、平然と店はそれを無視する。
なぜなら、その大半が店側とグルだからだ。
「ここやばい、狩り
迂闊だった、こんなところにカードショップなんてあったっけ? と思ってつい入ってしまったが、思えばここは電気街からも少し外れている。
罠にかかったことに気づくと、レジカウンターに座る中年の店主が、何か合図を送るようにボールペンでテーブルを3度叩いた。
すると対戦テーブルに座っていた二人が立ち上がる。
「あれ、三石悠介じゃね?」
野球帽を被った金髪の兄ちゃんが俺の存在に気づく。
「ほんとだ、超有名人じゃん」
それに反応する、同じくガラの悪そうなバンダナの兄ちゃん。
「伝説だぜ、伝説にお目にかかれた。おい闇悠介出せよ」
ゆっくりと囲むように近づいてくるガラの悪い兄ちゃん×3
「あ、あの三石さん……」
真下さんも様子がおかしいことに気づき一歩後ずさる。
「出よう」
「待てよ」
バンダナが俺の行く手を遮る。
「なぁチャンプ勝負しようぜ。賭けありでよ」
やっぱりな。
「お断りだ。禁止カードで構成されたデッキとやりあうつもりはない」
こいつらは、強すぎて公式大会では使用禁止にされているカード”だけ”を使って対戦を挑んでくる。
1枚2枚ならなんとかならなくもないが、40枚のデッキ全てが禁止カードだとさすがに勝負にならない。
「逃げんのかチャンプ? オレに買ったら100万はする超レアカードやるぜ?」
「
煽りを無視して、俺は真下さんの手を引いてすぐに外に出る。
しかしガラの悪い連中は、店に出ても構わず俺たちの後をつけてくる。
「チャンプ、ザゼルのカードくれよ」
「あれ超プレミアついてて、めちゃ高く売れるんだよ」
「女つれてシカトかよ、チャンプ~」
さてどうしたもんか。
チンピラ共は、5,6メートルの距離をキープしてずっと後をつけてくる。
恐らく人気のない場所までついてくる気だろう。
俺が目をつけられる分にはさして問題に思わないが、真下さんが標的になった時が怖い。なんとか彼女だけは無事に帰さないと。
「真下さん、君はそのまままっすぐ歩行者天国の方に行くんだ。今日ライブイベントやってるから、その人混みに紛れて逃げて」
俺は真下さんの方を見ず、小声で伝える。
しかし彼女は小刻みに首を振る。
「そんなことできません」
「あいつらの狙いはカードだけど、俺今カード持ってないんだ。俺を襲った後、カードを持ってないと知ったら奴らは君を襲う可能性がある」
「ですが」
「俺一人なら多分逃げられると思う」
「無茶です、相手は三人もいるのですよ。失礼ですが三石さんは、さほど運動神経に自信があるように見えません」
「うん、でも逃げ足にはそこそこ自信があるから」
俺はちらっと彼女の顔を見ると、本気で心配して泣きそうな表情になっていた。
なので俺はできる限り砕けて話す。
「大丈夫大丈夫、あんなアキバでオタク狩りやってるような奴ら大したことないよ」
「足、震えてらっしゃいます」
「武者震いだよ。こう見えて俺はアキバのケンシロウって言われてるんだ」
「三石さん、こういうときにふざけられるのは困ります」
ごくごく普通に怒られた。
「冗談はおいておいて……安心して、アキバは俺の庭みたいなもんだ。いくつも裏道を知ってる」
「しかし……」
「じゃあ真下さん、俺が君を買った」
「えっ?」
「今日1日メイドさんとして、君を雇う。お金は後払いでね」
「…………」
「今から俺が主人だ。ダメかな?」
「いえ、可能ですが……」
「じゃあさ、命令させて。君はこのまま逃げるんだ」
俺の命令に、彼女は眉を寄せる。
「貴方は卑怯です……そんなことを言われたら、何も言えなくなってしまいます」
ずるいと唇を噛み締める真下さん。
「男の子だしさ、ちょっとくらいカッコつけさせてよ。また今度どこかに遊びに行けたらいいね」
もうすぐ脇道だ。逃げるならそこに飛び込むしかない。
「じゃあね、最後に怖い思いさせてごめん」
俺はそれだけ残して、曲がり角に入った瞬間一気にダッシュする。
予想外の動きに、チンピラ共は慌てて追いかけてきた。
「待て、止まれ!」
「カード寄越しやがれ!」
後ろから怖い怒鳴り声が響く。
モテる男つらいわー(棒)
そんなことを思いながら、俺はできる限り人通りの多い方を目指して走る。
しかし向こうもそのことはわかっていて、三人がかりで通路を次々封鎖してくる。
気づけば俺は、人気のない路地裏へと誘導されていた。
ああ、こりゃ袋にされることは免れないかな、と息を切らせ走りながら思った。
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