第232話 オタとメイド Ⅲ

 悠介と分かれた直後、一式は全力で走っていた。

 その目的地は当然交番である。とにかく助けを求めなくてはいけない。

 しかし駆け込んだ交番はもぬけの殻で『ただいまパトロール中』というふざけたプレートが扉にかけられていた。


「嘘、なんでいないの!?」


 また泣きそうになる己を戒めて交番を飛び出す。

 とにかく誰か人を呼ばなくては。

 そう思いマママップ方向に走っている最中、嫌な話声が耳に入る。


「向こうで喧嘩らしいぞ」

「チンピラ集団にリンチされてる子いるんだけど、あれ誰か通報したの?」

「こわっ、オタク狩り? お前助けにいったら?」

「やだよ、怖ぇよ。ナイフとか持ってたらどうすんだ」


 他人事とは思えない通行人の会話が聞こえ、一式は青ざめる。

 最早一刻の猶予もないと悟り、近くのラジ館前でラップ調で宣伝している販売員の手からマイクを借り受ける。


「YOYO! お嬢ちゃん、そいつは俺の商売度具だZE!」

「すみません、魂後でお返しします!」


 一式は汗で頬にはりつく髪、弾けそうな心臓を無視して足を動かし続ける。

 走りながら彼女は深く後悔をしていた。

 三石悠介という男が、本当に女をたらし込む人間なのか見極めるためにデートに誘ったが、結果は明らかな白。

 ただ単純に困っている人に手を伸ばしてしまうだけで、彼に悪意の類は存在しない。

 伊達、水咲に目をつけられているにも関わらず、嫌な金の匂いも、黒い野心も高慢な自尊心もなく、驚くほどの凡庸さ。

 格好をつけようとする年相応な部分はあれど、隣にいて強い安心感を得られる。


「それでいて、いざというときに前に出てくる。なんなんですか貴方は……」

 

 本当に頭に来る。

 そんな人間にハニトラなんて仕掛けてしまった自分に。


「はぁはぁはぁはぁ……」


 一式は息を切らせながら、歩行者天国のど真ん中に立つ。

 とにかく人を集めなければならない。

 現在歩行者天国はアニソンライブの真っ最中で、誰も彼女の存在に気づいていない。


「真下一式歌います!」


 一式はコートを脱ぎ捨て、メイド服戦闘着姿になり声を張り上げる。

 コーラスやバックミュージックも何もないアカペラ状態。

 メイド姿なんてアキバの日常であり、マイクパフォーマンスもさして珍しくもない。

 だが、オタクは”本物”に気づく。

 アキバに集ったオタクたちは、Newタイプが直感を受けるかのような鋭さで、真下一式の歌声に反応する。


「ガンニョムEXEエグゼのOP?」

「えっ? ライブにEXEの曲なんか入ってたっけ?」


 観衆は音に気づいて振り返る。

 それほど一式の歌唱力がズバ抜けていたからだ。


「……道のど真ん中で熱唱してるのってリナの声優じゃない?」


 例えアニメキャラが変わったとしても中の人を言い当ててしまう、異能【ダメ絶対音感】を持つオタクたちにはわかる。

 素人のカラオケと本物の歌声の違いが。


「間違いない本物だ!」

「えっライブの登場人物キャストにいないよ!? サプライズ!?」


 本物がいるという話は一瞬で広まり、当然ライブの運営を行う水咲ミュージックレコードのイベントスタッフにも伝わった。



◇ 水咲月専用リムジンにて――


「真下一式が道路のど真ん中で歌ってる?」

「はい、左様でございます」


 ライブイベントに来ていた水咲月は、侍従の藤乃からその報告を聞いて顔をしかめる。


「なんで彼女がそんなことをしているの? あの子顔出しNGのはずでしょ?」

「わかりません。歌いながらアキバを東に向かって移動しているとのことです」

「歌いながら移動? 何が目的なのよ?」

「わかりません。おそらく何かトラブルかと。彼女のファンが大名行列のごとく、その後をついていってるそうです」

「嘘でしょ、アカペラの歌にライブ客とられてるの?」

「彼女売れっこですし。今まで表に出てきたことありませんでしたから」


 真下一式はラジオやアニメなどに出演はするものの、昨今珍しいビジュアルはシークレットとなっていた。

 それがいきなりアキバの歩行者天国にメイド服で現れ、楽曲を熱唱し始めたら話にならないわけがない。


「SNSがひどいことになってそう」

「もうなってます。真下一式アキバでゲリラライブ、トレンド1位です」


 藤乃はスマホを見せながら「やりましたね」と、全く感情のこもってない顔でピースサインを行う。


「そっちは火消ししといて。無駄だと思うけど、画像や動画は全部削除申請出しときなさい」

「かしこまりました。ライブの方はいかがなさいますか? 客が真下一式に半分……7割くらいとられていますが」

「アーティスト達を街宣車に乗せて、真下一式の曲を演奏させて」

「よろしいのですか? せっかくのアニソンライブが」

「そっちの方が客は喜ぶわ。登場予定だった演者にはあたしから謝っとく」

「かしこまりました」

一式キャストに触られないように、ガードマンの配置を変えなさい。ライブ映像はこっちで回して、ここでの映像は全部水咲の著作物にしておいて」


 即座にイベント内容を切り替えた月が、次々に指示を飛ばす。


「まったく声優の突発ゲリラライブとか、あたしより面白いことすんじゃないわよ」


 月は悔しそうな声を出すが、口元は笑っていた。



 とうの本人である一式はまるでネズミの行軍のごとく、オタク達を引き連れて悠介を探していた。

 途中からはバックミュージックも加わり、あたかも最初から予定されていたイベントですよと言わんばかりである。

 一式がそのまま電気街を数百メートル行進すると、日の当たらない路地の一角でうずくまる悠介と、カードショップにいた三人の男を発見する。

 その光景を見て怒りで我を忘れそうになったが、一式はその場所を鋭く指さす。

 すると当然周りにいたオタク達の視線が、一斉にその場所に向く。



 数分前――


 夕日も落ち暗くなったアキバの路地裏で、俺は地面に這いつくばっていた。抵抗してみたけど、やっぱり三人がかりだと袋にされるよね。


「マジかよ、こいつほんとにカード持ってないじゃん。ボコり損かよ」


 ボコり損とはまた新しい言葉を。

 上着は破られるわ、大して入ってない財布は全部とられるわで、どう考えても損しているのは俺なのだが、彼らも損したらしい。


「こいつ女連れてただろ? あいつにカード持たせて、わざと逃がしたんじゃね?」

「マジかよ、こすいことしてくれんなお前」


 そこまでして守るカードなんか持っとらんわ。


「何がチャンプだ、闇悠介だ、バカバカしい。くたばれ」


 うずくまる腹を蹴られ、吐き戻しそうな痛みに顔をしかめる。


「がっぐっ……」

「やめろ、ほんとにくたばるぞ。てかなんか騒がしくね?」

「どうせキモオタのイベントでもやってんだろ、くそうぜぇ」

「それよか女見つけられんのか?」


 口々に話しているチンピラだか半グレだかは気づいていない。

 明らかに音楽のボリュームと、大勢の人の足音がこちらに近づいてきていることを。

 そしてようやく気づいたときにはもう遅い。

 メイド服の少女を先頭にして後ろに楽器を抱えた水咲のスタッフ、その後ろにサイリウムを持ってオタ芸を披露するエースフロントライン、更にピクミンのごとく後ろをついてくるオタク予備軍に一般人を加えた、まるでどこぞのエレクトリカルなパレードの如き行進を目の当たりにする。


「な、なんだありゃ……」

「先頭にいるの、こいつの女だろ……」


 勘違いするな、彼女はただのメイドであり、決して俺の良い人というわけではない。

 真下さんが唐突に俺たちの方を指さすと、彼女を追いかけていたオタクたちがこちらに気づく。


「おい、あそこで喧嘩してるぞ」

「警察呼んで!」


 ファンの声に驚き、後退りするガラの悪い兄ちゃん×3


「こ、これやばくね?」

「逃げろ!」


 奴らが逃げ出した直後に曲は終わり、カッコよく決めのポーズをとっているメイド。


「真下さんすげぇな……」


 カラオケの時から、マイク持ったら人が変わるなとは思っていたが、完全に別人すぎて言葉を失ってしまう。


 それからすぐにパトカーと救急車のサイレンが響いたのだった。

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