第152話 王子仮面

 玲愛さんとアマツがバチバチやったその後の授業は、特に様子は大きく変わらなかった。

 転校したてで戸惑う天に学校案内でもしようかと思ったが、思った以上に彼女の人気は高く、あっという間にクラスメイトに包囲されていた。

 隣の俺の席も侵食され、気づけば俺は玲愛さんの隣に立つまでに追いやられる。


「大事な妹をクラスメイトに取られて悔しいか、お兄ちゃん?」


 皮肉たっぷりなフレイザードの氷の方に、俺は苦笑いを返すしかない。


「天は子供の頃から人気がありましたからね。俺の関西での友達は天だけでしたが、天にとって俺は多数の中の一人でしたから」

「私はその他大勢の一人を兄と呼ぶわけがないと思うがな。お前もアマツも惹かれていたんじゃないのか?」

「向こうはあくまで友達としてですよ。俺も女の子だって気づいてませんでしたから」

「大きくなって再会した感想は?」

「何かあれば泣いていた子が、よくここまで立派に育ったなって親御心ですよ」


 天は女生徒達に取り囲まれ、姦しい騒ぎ声に包まれていた。

 イケメンなら女でもモテるんだな。俺もイケメンに産まれたい人生だった。

 やがて女子の黄色い声は、興味が意思を持って質問大会へと変わっていく。


「水咲さんって、もしかしてあのテレビでよくやってる水咲AMCの?」

「うん、そうだよ」

「ウッソ、超金持ちじゃん。転校前はどこに住んでたの?」

「欧州が多かったかな。結構転々と移ってたから、どこって言えないね」

「海外を移り住んでたのはご家族が理由ですか?」

「完全にボクの私的理由だよ。あんまり親の言うことは聞かないんだ」

「私的理由ってどんなの?」

「ん~絵を描いたり、たまにカメラまわされたり……」


 カメラ回されたりの部分の声はかなり小さい。

 できれば映画に出てることとかは隠したいみたいだ。そりゃそうだな、今でさえ大騒ぎなのに映画女優なんて知られたら学校がひっくり返ってしまう。


「好きなものってありますか?」

「絵とか、音楽、後は役を演じるのが好きかな。高校の演劇部とかちょっと興味あるんだ」

「水咲さんの王子様役とかハマりそう……」

「そう? ありがとう」


 白い歯を輝かせる天に、うっとりとする女生徒。完全にプレイボーイである。


「あの、可愛いよ子猫ちゃんって言って下さい」

「可愛いよ、ボクの子猫ちゃん」


 キラッと星が出るウインクをかます天。キャァァァァと悲鳴を上げながら女子数人が倒れ昇天した。

 嘘やろ、今どき子猫ちゃんで倒れる奴おる?


「身長高いですね。何センチですか?」

「え~っと168かな……」


 一瞬視線が泳ぐ。あいつ低い方にサバ読んだな。多分170あるんじゃないか?

 男が身長を上にサバを読むのと一緒で、女子は自分で高いと自覚している場合下に盛る。

 女子に質問攻めされる天は、微笑みを返しながら答えていく。

 その中で相野の声が飛んだのを聞き逃さなかった。


「悠介のことを兄君って呼んだのはなんでなの?」

「小さい頃家が近所で、よく一緒に遊んでたんだ。その時、ボクは家族と離れて暮らしてたから寂しかったんだけど、兄君ってばじゃあ俺が兄になってやる、今から俺のことは兄者と呼べって言い出したんだよ」


 やばい、あいつさらっと俺の黒歴史暴露してる。


「後からボクの方が年上だって気づいたんだけど、その頃には呼び方が定着してたから、直さなくてもいいかな……って、それでそのままに」


 天は昔の失敗談的な話をするように苦笑する。


「オレのことも、兄ちゃまって呼んでもらってもいい?」

「それは無理かな」


 相野の気持ち悪いお願いを、あははと笑い飛ばす天。

 バエティ豊かな質問をしていると、チャイムが鳴り響き取り巻き達は皆席に戻っていく。しかし五分経っても先生が教室に来る気配はなかった。


「兄君、先生遅いよ~」

「次の現国の先生、毎回チャイムと同時に入って来るんだけどな」


 腹でも壊したか? と思って待っていると、何故か現れたのは冬でもランニングシャツの体育教師だった。


「授業変更だから、すぐに着替えてグラウンドにでなさい」


 どうやら、安眠できる現国から冬場の地獄の体育に変わったようだ。

 男子は教室に残り、女子は女子用の更衣室に体操着を持って出て行った。

 ウチの学校は女子には更衣室が存在するが、男子は教室で着替えろと男子更衣室は存在しない。

 まぁ俺は手錠で繋がってるんで体育は見学なんですけどね、とタカをくくっていると、隣にいた女性が唐突にスーツを脱ぎだして目ん玉飛び出しそうになった。

 それは周りにいた男子も同じで、全員が口をポカンと開けて玲愛さんの着替えを眺めていた。


「な、なぜここで着替えを?」

「お前を連れて女子更衣室には行けんだろ」


 ごもっともすぎる意見。まぁ着替えといっても、下にスポーツウェアを着てらしたので、ジャケットとワイシャツを脱いだだけなんですが。

 しかしながらストッキングを脱いで、タイトスカートの下にジャージを穿く姿はドキっとした。


「何をボーっとしている? お前も早く着替えろ」

「玲愛さん大胆ですね……」

「この程度で授業を休ませるわけにはいかん。それに私も久々に体育がやってみたい」

「あぁ大学って体育ないですもんね」


 この人意外と少年ハートを持ってるんだよな。俺もそそくさと着替えようとしたが、もう一つの爆弾を発見した。

 何で周りの男どもが着替えないんだろうなぁと思っていたが、それもそのはず、天が何故か教室に残っていた。

 美女二人が残った教室で着替えるのは確かに躊躇するだろう。


「天? 女子は更衣室で着替えるんだよ? もしかして体操服持ってきてない?」


 転校したところだから服が間に合ってないのかもしれない。しかし、彼女の手には学校校指定のものではないが、体操服が握られている。


「ん? 体操服あるなら更衣室に――」

「ここで着替えるよ。ほら、ボク男枠みたいなもんだし」


 何を言ってるんだお前は?


「ダメです。女子更衣室行ってきなさい」


 早く教室から出るように促すが、天はブレザーを脱ぎ始めた。

 何で!?


「よせやめろ! 今すぐ脱ぐのをやめなさい!」

「止めても無駄だよ兄君。玲愛さんにヒロインは渡さないよ!」

「お前は何を言ってるんだ! バカなことはやめろ!」


 天はスカートのホックに手をかけ、近づくなと促す。まるでそれ以上近づくと、人質を殺すぞと言うように殺気立った目である。

 あれ、天ってこんなバカだったっけ?

 天の体操服が机の上に乗っているということは、下に着てないってことだ。その状態でスカートが落ちたら大変なことになってしまう。


「落ち着け天。お前は着替える場所を間違っているが、着る順番も間違っている。先にジャージを穿いてからスカートを脱ぐんだ」

「それじゃインパクトがないだろ! 下着の一枚でもないと画面が映えない! 客が飽きる!」

「お前は誰目線で話をしてるんだ!」


 こいつ女優として長いのか知らんが、絵面を気にしてやがる。

 俺は周りを見渡すと、野獣のような瞳(誇張)で、天の姿を食い入るように見つめる男子生徒達の姿がある。

 まずい、二人きりならばっちこいだが、ここではよくない。


「ちょっと来い!」

「何すんのさ! うわっ!」


 俺は教室の隅にある、長いカーテンで天をくるみ、着替えが見えないようにガードする。


「もうわかったから、そこで着替えろ」

「むー、仕方ないな」


 カーテン越しに着替える天はもぞもぞと動き、シュルシュルと衣擦れの音を鳴らす。昔熱湯コマーシャルでこんなのあったなと思っていると、スカートがストンと落ちてくるのが見えて心臓によくない。


 ドキドキ生着替え終了後、俺は既にマラソンで五キロくらい走った程度に疲れていた。

 男子生徒は既に皆グラウンドに出て、教室に残っているのは俺と玲愛さん、着替えを終えた天だけだった。


「で、天ジャージは?」


 俺はブルマ姿の天の生足を見やりながら質問する。

 コイツ身長同じくらいなのに、明らかに俺より脚長いな……。

 彼女の体操服はシャツの丈が長く、お尻近くまで覆い隠してしまい、一見すると何も穿いてないように見える。

 その格好が恥ずかしいのか、一生懸命シャツを引っ張っているのだが逆に卑猥だ。

 天はカッと顔を赤くしつつ、不服そうに唇を尖らせている。


「ジャージは忘れたよ。というか、入ってると思ってたのになかった」

「忘れ物あるあるだな」


 恥ずかしさからちょっとキレ気味の天。

 だが内股をすりあわせてへっぴり腰な為、迫力は皆無。


「ねぇ日本ってこんな切れ込み鋭いブルマ穿いてるの?」

「そんなわけない。残念だがブルマ文化は結構前に滅びた」

「じゃあなんでボクのはブルマなの?」

「それは知らんがな」


 多分買った店が悪かったんだろ。

 見ないメーカーだし、海外で買ったんじゃないか?


「恥ずかしがってると、余計エッチに見えるぞ」

「そんなこといわないでよ。超恥ずかしいんだから!」


 さっきまで教室の真ん中でスカート脱ごうとしてた奴のセリフとは思えない。

 俺は酸っぱい表情をしながら、自分の着ているジャージの上下を脱いで天に手渡した。


「はい、俺の使いなさい。でかいかもしれないけど、ゴム締めればなんとかなるだろ」

「で、でも……」

「男子と女子でジャージの色かわらないし、あんまり目立たないだろ」

「それだと兄君が……」

「ええい、うるせー!」


 俺は彼女の頭をわしゃわしゃとしてやる。


「ふわぁぁ、や、やめてよ兄君!」


 さっきまでずっと気取ったイケメン声だったのに、唐突にメス声になる天。


「人に気使ってる暇があるなら、さっさと女子のところに戻れ」


 俺が女子村にけーれけーれと言うと、わかったよぉと拗ねながらグラウンドに出ていく。

 天は俺のジャージを着て女子集団に戻った。

 今気づいたけど、ジャージの名札に思いっきり『三石』って書いてあるわ。

 ま、いいか。いじられるのは俺じゃないしな。


「お前、ひょっとしていつもあんな感じで天の面倒見てたのか?」


 玲愛さんは意外そうに俺の顔を見ていた。


「あいつ結構図太そうに見えて、人に迷惑かけたりするの嫌いなんですよ」

「完璧主義なのか?」

「いえ、貴公子みたいな見た目して、気が小さいんですよ。昔は泥でちょっと服が汚れただけで、家帰れないって泣いてたりしてましたし」


 さっき俺の黒歴史公開されたので、このくらいの暴露は良かろうて。


「お前はそれをどうやって助けたんだ?」

「俺がもっと泥まみれになって一緒に帰りました」

「……家の人はお前に汚されたと思うわけだな」

「はい。この手は楽に騙されてくれるので結構使いました」

「文字通りお前が泥を被り続けてたわけか。……アマツがお前の前だけはになる理由がわかった」

「?」

「お前は頼りになる兄ということだ」

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