第151話 龍虎

 授業中も玲愛さんはそわそわと落ち着きがなく、シャーペンをくるくる回しながら、キャッチした瞬間バキっとへし折っていた。普通そこ落とすだけで握り潰しませんから。

 もしかしたら若干不機嫌さが入り混じっているのかもしれない。

 対するアマツさんも授業なんて全く聞いてる様子がなく、ただじっと微笑みながら俺の横顔を眺めてくる。

 クラスの女子は俺を眺める天さんを眺めており、男子生徒は天派と玲愛派で二分され、なかなかカオスな教室内。


 1限目の授業が終わり、【今すぐ人を殺せる黒魔術】を読んでいる相野の横を通り過ぎ、俺は玲愛さんと天さんを連れて廊下に出た。

 何食わぬ顔で追跡してくるクラスメイトと書いてパパラッチな連中を振り切り、空き教室へと逃げ込む。

 一応教室内のコンセントと壁の隙間を確認していく。


「な、何してるの兄君?」

「盗聴器とスマホが仕掛けられてないかを調べてます」

「……えっ? 友達にそこまではしないでしょ」

「いや、奴らはそこまでやります」

「えぇ……」


 俺の用心深さにちょっと引いてる天さん。

 怪しい機具は見つからなかったので、話しても大丈夫だろう。

 彼女たちに向き直ると、ラスボスみたいなニコニコ顔を浮かべるイケメン天さんと、不快そうな表情をしたラスボスみたいな女帝玲愛さん。

 どちらも雰囲気というか纏ってる圧がラスボスっぽくて、できればこの三人で一緒にいるのは短時間でお願いしたい。


「それで説明してくれるんだろうな?」


 玲愛さんは落ち着きがなく、腕組みしつつ片足でカツカツと床を叩く。


「ええ、10年そこそこぶりですね。天さん」

「あぁ、大体それぐらいだね」


 あまりにも久しぶりすぎて距離感が掴めない。おまけにこっちはずっと野郎だと思って、気軽に接していたのに、10年越しで女と明かされたらそりゃもう敬語にもなりますよ。

 向こうも似たような感じなのか、落ち着き無く手を組んだり離したりしていた。


「天さんは、子供の頃はもっと気弱な美少年って感じでしたけど、歳が経つとほんと王子様みたいになりましたね」

「あはは、よく貴方が男性だったらって友人に言われるよ。そういう兄君は結構活発だったけど、気づけば……」


 天さんは俺の容姿を上から下まで見た上で


「……個性的になったね」


 典型的な、女の子が相手の見た目を気遣って言う感想で泣きそうになった。

 遠慮なく陰キャオタクになったねって言っていいんですよ。


「正直びっくりしましたよ。昔は失礼ながら男だと思ってましたから」

「子供の頃って女の子と遊ぶと冷やかされたりするからね。意図的に男の子のふりしてたよ」

「なるほど、口調も結構男っぽく喋ってましたしね」

「あぁ、君と遊んでいた時のボクは、自分のことを本当に少年だと思いこんで話していたからね」


 なるほど、もしかしたらそれが役者としての最初の役だったのかもしれないな。


「お元気そうで何よりです。再会できて嬉しいです」


 そう言うと、天さんは眉を寄せムッとしたような半眼で俺を覗き込んできた。

 特に気に障るようなことは言ってないと思うが、何か引っかかったのだろうか?


「喋り方」

「喋り方?」

「けーご。昔はそんなの使ってなかったよね?」

「あぁ、いや、一応年上ですし。目上には敬語を使いなさいと教わっているので」

「同級生なのにそんな喋り方されたら、ボク一気に浮いちゃうじゃん」

「確かに」

「昔みたいに普通でいいよ」

「はい、わかりました」


 天さんは「むむむ~?」と顔を至近距離まで寄せてくると、ニヤニヤしながら「直ってないねぇ」と囁く。

 体が近い! 個体距離パーソナルスペースを堂々と侵略してくる!

 当たり前のように胸を押し付けられ、意外と巨乳? とそんな邪な思考が頭に浮かぶ。

 俺がドギマギしていると、不機嫌な玲愛さんがドンと肩でぶつかってくる。(イチャつくな。説明はよ)と言っているようだ。


「俺幼稚園から小学校くらいのとき、三石家じゃなくて違う引取り先の家で過ごしてまして」

「……それは知っている」

「その引取先が関西圏出身の方で、しばらくは関西ですごしてましたから、天とはその時に知り合いました」

「あの頃はお互い短パン小僧だったねぇ~」


 そう、俺は短パン虫あみの似合う小僧で、天は色白で本が似合う文系少年(♀)だった。


「私が聞きたいのは兄という呼称だ。天の方が年上だろう? それに家族でもない人間に対して、その呼び方は気に入らない」


 玲愛さんはなぜか半ギレだった。呼び方一つでそこまで怒らなくてもいいんじゃないでしょうか。


「それは当時俺の方が年上だと思っていまして……」

「ボクも完全に君のほうが年上だと思ってたよ。通ってた学校が違ったから、あんまり年代の話題にならなかったんだよね」

「後々俺の方が年下だと気づいたんですが、その時には兄呼びで定着してしまった為、無理に直さなくてもいいかって」

「それは直せよ!」


 ペチコーンと玲愛さんに頭をはたかれる。なんで貴女の方が泣きそうなんですか?


「天はどうして今頃になって帰ってに来たんだ?」

「ほんとは引き受けてる仕事を片付けて、来年日本に帰ってくるつもりだったんだけどね。妹たちが、とある男性の話題でもちきりになってて。……とある男性って言わなくてもわかるよね?」

「うぐ……」

「君だよ、兄君。あぁ罪な男だよ、まさか妹さえも既に手篭めにしてるとは!」


 天さんは芝居がかった動きで、両腕を広げてみせる。この人めっちゃ声出るな。


「してないから! 勝手に手篭めにされたって言い張ってるのはそっちだから!」

「またまた。ボクの妹はそんな簡単に変な男に引っかからないよ」


 思いっきり引っかかってましたが。俺の頭に綺羅星の顔が浮かぶ。


「でも、逆にボクは運命を感じたよ。多分ボクらはきっと見えない糸で繋がってるんだって。どれだけ離れていてもいつかは一緒になるんだよ」


 ロマンチックなことを言う天。なんかイケメンに愛を囁かれているようで、変な気持ちになってきた。

 それと同時に玲愛さんの纏うオーラが殺気を帯びてきた。


「それに来週イベントもあるらしいじゃない?」

「アリスランドでのカップルイベント?」

「それそれ。ボクも出てみたいな~って」


 しなっとこちらによりかかってくるイケメン(♀)

 すると玲愛さんがグイッと手錠を引っ張った。


「こいつは既に予約済みだ」

「…………」


 天は一瞬キョトンとした表情をすると、不敵な笑みを浮かべた。


「意外と玲愛さんって独占欲強そうですね」

「何を言っているのかさっぱりわからん」

「あなたは今どの立場で彼の隣に立っているんですか?」

「保護者だ。それ以外にない」

「保護者ねぇ」

「何だその目は」

「首輪……似合ってますね」

「だろ。プレゼントだ」

「「フフフフフフフフフ」」


 二人の視線がぶつかり、バチバチと火花が散る。

 あれお二方、なんでそんな仲悪いんでしょうか?

 彼女たちの背後に、龍と虎が見える。


「事故で手錠が外れなくなったとは聞いてます。それ外れるんですか?」

「これを作った奴が、あと一週間弱で内蔵電池が切れ電子ロックが外れると言っている」

「イベントまでに外れるといいですね」


 ニコッと微笑む天。

 あれ、なんでだろう。彼女の言葉の裏に(絶対イベントまでに外してくださいね)と見える。


「あぁ、私も外したくてしょうがない」


 あれ、なんでだろう玲愛さんの言葉の裏に(カー、この手錠邪魔だわ。めっちゃ邪魔だけど多分外れねぇわ。カーつれぇわ)と聞こえる。


「私もイベントまでに外れることを願っている(多分外れねぇけど)」

「ご苦労お察しします(絶対外して下さい)」


 フフフと再び笑い合う玲愛さんと天。

 なんだろう、この二人を見るとマフィアが表面上仲良くしてるだけで、水面下ではめっちゃ仲悪いような感じに見える。

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