第150話

第壱伍◯話

 ア

 マ

 ツ、襲来


 翌日、昨日と同じように手錠繋ぎで登校すると、クラスメイト達はまだ慣れていないようで、好奇の視線がグサグサと突き刺さった。

 昨日よりは減ったが、それでも異質なものであることには違いない。

 カバンを置いて席につくと、玲愛さんが「はぁっ」とため息をつく。

 俺はつられるよに彼女の顔を見やると、複雑そうな表情をしていた。


「どうかしました?」

「ちょっとアマツのことが気になってな……」

「知り合いなんですよね?」

「知り合いというほどのものでもないがな。新年の挨拶や祝い事で、水咲を訪れた時に何度か会ったことがあるぐらいだ。それも数年前の話だが」

「どんな人なんですか?」

「そうだな。……飄々として掴みどころがなく、やたらスペックが高いが私のイメージだ」

「玲愛さんと似てますね。玲愛さんは気が強くてハイスペックですもんね」

「私だって気が弱くなるときだってあるさ」

「はは、鬼の目にも涙ってやつですね」


 玲愛さんのアイアンクローがこめかみに食い込む。


「誰が鬼だ、誰が」

「嘘です、ごめんなさい。ギブギブ」


 ぺちぺちと腕を叩くと離してくれた。


「昨日言ってましたけど、彼女なんで学校を休んでたんですか? 綺羅星の奴、留年したって言ってましたけど」

「私も詳しくは知らないが、彼女には芸術の才があると聞く」

「芸術ですか?」

「ああ、絵を描けば欧州アートコンクール大賞、ピアノを弾けば国際音楽祭日本代表に選出される。他にも子役として海外映画に出たこともあると聞く」

「そりゃ凄い。天性のスーパースターですね」

「本人も芸術肌らしく、一度何かを閃くと不意に一ヶ月創作にふけったりするらしい。そのせいでまともに学校に行けていないのだろう」

「なんか才能がある人が言うとカッコイイですね」


 俺も創作で一ヶ月くらい学校休もうかな。

 急に引きこもったって、教師が押しかけてきそうだけど。


「フランスの有名映画監督が、彼女のあまりの才能に日本語でアマツハマジデヤバイ、セカイトレルと言ったほどだ」

「それ話盛ってません?」

「神童アマツ。普通神童というのは歳を重ねるごとに凡才になっていくと言われるが、あいつは本物だ。だからこそ水咲ほどの大企業が、跡継ぎにせず好きにやらせている」


 玲愛さんが認めるって本当に凄いんだろうな。


「凡夫代表の俺にはスケールが大きすぎて凄さがわかりませんね……」

「あいつは世界レベルのプロとして通用するということだ」

「凄いですね、まだ学生なのにプロで働くって」

「そんなことはない。有望なものというのは、10代以下で芽を出すことが多い。雷火だってプログラムの技術を学びにアメリカに行っていたんだ。もっとも今はその技術を使って、男が男を口説くテキストゲームを作っているがな」


 く、腐っとる。なんという宝の持ち腐れ。


「それより私の方が聞きたい。幼少の頃一緒だったんだろ? 何か覚えてないのか?」

「いやー、全くこれっぽちもですね。あの頃はどうやって叔父さんに殴られないように過ごすかしか考えてませんでしたからね」


 俺は気楽に言ったつもりだったが、玲愛さんは気まずそうな表情で「すまない」と謝った。


「いや、今はもう全然気にしてませんよ。苦い過去ってところですから」

「そうか……すまん」


 玲愛さんの凹みスイッチを押してしまったのか、心ここにあらずになってしまった。

 端的に言うと、俺が幼少期の頃事故で親が死んだ。

 その後引取先が決まらず、伊達の親戚間をたらい回しにされたのだ。その中の一つの家庭で、酷いネグレクトを受けただけだ。

 ちょっとその度合がキツくて、警察沙汰になったり入院したりすることもあったが、それも昔の話である。

 心が荒むこともあったが、三石家に引き取られて以降、俺は幸せにやっている。

 多分玲愛さんは、介入が遅かったことを悔やんでいるんじゃないかと思う。

 元から体の大きい伊達家が、わざわざ分家の孤児みなしご一人を気にかけるなんて不可能な話だし、俺としては欠片も恨んでなんかいない。


 そんなことを考えているとチャイムが鳴り響き、恐らく登場するであろう天才転校生を待ちわびる。

 すると廊下から、いつもは一つしか聞こえない足音が二つ聞こえてきた。ほぼ間違いなく転校生がいると見ていいだろう。

 ガラッと音がして、教室に入ってきたのは担任の男性教諭で、その後ろに美形の男子生徒が続く。


「あれ? 天さんって女の人じゃなかったのか?」


 髪は金のショートカットで、右側の前髪が長く片目が隠れている。露出した左目は綺麗な碧色をしていて、パッと見ゲームキャラっぽい。

 確か水咲家って母親がイングランドだかフランスだか海外の方で、天さんはその血が濃いのか日本人離れしたカッコよさだ。

 しかも普通のイケメンと違うのが、明らかに芸能人的な人を惹きつけるオーラがある。

 服装はネクタイ付きの男子用ブレザーで、身長もそこそこ高く、フォルムはシュッとしていて脚が長いモデル体型……ってあれ?

 彼、スカートはいてる。顔は超がつくイケメンなのにスカートとな?

 キリッとした瞳を柔和に細め、教師の隣に立つ中性的な美少年(?)


「ん~?」


 クラスの女子は色めき立ち、キャーキャーと黄色い声をあげ、男子はそのイケメン顔と服装の違いに困惑している。そんな中、担任が咳払いして転校生の紹介を行う。


「えー、HR前に転校生を紹介する。水咲天君だ。”彼女”は長い間、海外で過ごされていて家庭の事情で引っ越してきた。皆仲良くするんだぞ。水咲君挨拶を」


 先生に促されて一歩前に出る天さん。


「水咲天です。個人的な都合で一年程学校を休んでいたため、前の学校で留年しています。皆さんの一つ年上になりますが、どうぞ遠慮なく仲良くしてください」


 完璧に近い自己紹介を終え、担任が「えー席はどこにしようかなー」なんて言っていると、天さんは先生に言われる前にカツカツと歩き出した。

 俺はぼーっとセーラー◯ーンに、あんな感じで男か女かわからないセー◯ー戦士いたなぁなんて思いつつ眺めていると、彼は俺の目の前で立ち止まった。

 俺はわけがわからずキョロキョロと辺りを見回す。彼は俺の机に手をつくと、顔を寄せる。


「な、なに? どうかした?」


 困惑しながら問うと、天さんは目の前でポロリと涙を一筋零した後


「やっと……会えたね、兄君。僕は君に出会うためにここに帰って来たんだ」


 そんな最後のシ者みたいなセリフを吐いて、ニコリとはにかみ、俺の手をとって自分の指を絡めた。


「キャアアアアアア!! 美男子と野獣よ!!」

「人類が補完されてしまうわ!!」


 女生徒達のテンションマックスの悲鳴。

 誰が野獣やねん。せめて陰キャにしてくれ。

 俺は繋がれた手を解くと、席から立ち上がって身を離した。


「いや、あの! 多様性の世界ですから別段そういった行為を否定するつもりはないのですが、俺自身は異性愛者ですので、お気持ちだけを受け取って……」

「えっ……ボク女だけど?」


 彼女は自分のスカートを指差す。


「いや、そうなんだけど。あまりにも顔がイケメンすぎて、正直男にしか見えない」

「はぁ……君って昔からデリカシーないよね」


 彼はやれやれとため息をつくと、おもむろにブレザーを脱いでみせる。すると、そこには立派な双丘があった。

 あっ、君すっごく着痩せするんだねぇ……。

 周りにいた女子生徒が「詐欺じゃん! あたしよりあるし!」と嘆き、男子生徒は「男装美女……だと?」とわなないていた。

 いや、男装してないし。思いっきりスカート穿いてるし。

 俺も男だと思ってたけど。


「水咲天……10年ぶりだね。君と会うのは」


 全員がポカーン状態である。恐らく一番ポカーンとしているのは、俺の隣に座っている人だろう。美人がそんなハニワみたいな顔してはいけませんよ玲愛さん。


「今更幼馴染の妹属性のボーイッシュ……だと……?」


 玲愛さんは金魚のように口をパクパクしながら、白目をむいていた。


「酷いね兄君は。昔はあれほど仲が良かったのに」

「ごめん、俺君みたいなイケメン女子と面識ないんだわ」

「まぁ幼い頃、ボクは男として君と接してたと思うけど」

「男の友達? アマツなんて変わった名前の友達知らんが」

テンと書いてアマツだよ」


 天さんが空中に天の漢字を書くと、俺の意識の底にあった幼少期の記憶が蘇った。

 俺がネグレクトにあい、家に帰りたくないと思っていた時、いつも一緒に遊んでいた少年。


「もしかして……テン君?」

「うん、覚えててくれたんだね……」


 天さんは目元を拭うと、本当に嬉しそうに笑った。


「ゆ、悠、説明、説明!」


 玲愛さんはよほど気が動転しているのか、早口になりつつ椅子から落ちそうになっていた。


「幼少期の唯一の友人です……」


 何で俺忘れてたんだろう、あの頃の友達なんて彼しかいなかったのに。

 俺はその理由が、彼女の穿いているスカートで間違いないと悟る。

 あの頃は完全に野郎だと思ってたしな……。

 俺は幼少時の天君の姿を思い出す。昔は線の細い美少年で、前髪が長くちょっと根暗そうな子だった。歳が経てば、まさかこれほどのイケメン王子になるとは。


「な、なぜそれで兄になる?」

「それはいろいろありまして……」


 と言いかけて、クラス中の視線を集めていることに気づいて口を閉じた。


「とりあえず1限目の授業終わったら話ますね」


 天さんは当然のように俺の左隣の席に座る。

 右から玲愛さんの極寒の視線と、左から天さんの熱帯のような暖かな視線を浴びせられ、フレイザードのように半身氷、半身炎を纏う珍しい体験をした。

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