第149話 水咲襲来
チャイムと共に午前中の授業が全て終わり、昼休みに突入。
クラスメイトの注視も外れ、ようやく一息つくことが出来た。
隣りにいる玲愛さんは気だるげに首をぐるりと回す。
「やはり学校は肩がこるな。もっとフランクにポップコーンでも食べながら授業できないのか?」
「そんなアメリカンなことできませんよ」
いや、アメリカでもそんなことやってないだろうけど。
「昼食はどこでとってるんだ? どうせ火恋がまとめて作ってきてるんだろう?」
「いや、意外と食堂とか多いですよ。あんまり作ってきてもらうのも悪いので」
「空気の読めない奴め。男が女に漢を見せたい時があるように、女も男に甲斐甲斐しく尽くしたい時がある」
「さすがに毎回豪華お重セットとか作ってこられると、こっちも気後れしますよ」
「それがあいつの可愛いところだろう」
玲愛さんって結構シスコンなんだよな。家族好きだからファミコンか?
「女を立てろ」
「女性を立てると、今度はそこに静さんが入ってきてしまうので……」
「そういえば彼女はあまり料理などしないのか?」
「いえ、めちゃめちゃやりますよ。家事炊事得意ですし、本人も好きですから」
「なら弁当も作りそうだが」
「静さんが作ると、毎回ももでんぶでハート作ってくるのでやめてもらいました」
「愛妻弁当か……火恋はまだその
丁度その時、火恋先輩から「屋上で待ってるよ。早くしないと……🔪」とラインが入ってきた。メッセージの最後に、包丁マークの絵文字がついていている。
多分気合入れて作ったよ♡って意味だと思うが、どう見てもヤンデレにしか見えない。
「火恋先輩今日お弁当作ってくれてるみたいなんで、屋上上がりましょう」
俺たちが席を立とうとした時だった、何やら入口付近が騒がしい。
なんだろうと思い視線を向けると、そこにいたのは……。
「あっ、ダーリーン! ダーリーン!」
ウチの学校の制服ではなく、六輪高校の制服を身にまとった少女は、ちょっとよく理解できない呼称で俺を呼んでいた。
サイドテールの髪に、耳には星型のキンキラのピアスをつけ、遠目で見てもわかるカラフルなネイル。
マスカラだかアイラインだか知らないが、まつ毛盛りすぎてバックベアード様みたいな目になってるし。
派手が服着て歩いている、まさしく星のような少女がぴょんぴょんと飛び跳ねているではないか。
「ダーリン?」
玲愛さんはメデューサの如く、人を石にしてしまいそうな冷たい視線を俺に突き刺す。
「ダージリンの間違いじゃないですかね、紅茶美味しいですからね」
「なぜ教室の前でダージリンを連呼する必要がある、水咲の一番下はアホの子なのか?」
「その件は否定できないのでノーコメントですが、やたら可愛いバカ犬が彼女のイメージですね」
「私も犬だろう?」
「ドーベールマンとコーギーを比べるようなもんですよ。って何犬に張り合ってるんですか」
綺羅星は周りにいる生徒をかきわけるようにして、俺達のもとにやってくる。
「いやぁ探しましたよー、意外とこの学校広いから」
「うん、ご苦労さん。それで君は何故ここに?」
「やっぱ愛の力っすかね? LOVEマグネット? 愛し合うものは惹かれ合うみたいな?」
人の話を聞かず、や~んと体をくねらせる綺羅星。相変わらずの頭ハッピーセットである。
「そんなんいいから」
「うぇ~んダーリン冷たくないっすかぁ」
嘘泣きする綺羅星。君がダーリンって言うたびに、横にいる人の表情がコウ浦木ばりに険しくなっていくのでやめてほしい。
「せっかく学校転校してまで追っかけてきたのに、酷くないですかー」
「転……校?」
「そっ、愛の力で転入試験頑張ったの。具体的にはここの偉い人に少しお金握ってもらったけど」
君等お金をパスポート代わりに使うのやめなー。
「俺は君の行動で頭痛が痛いよ」
「アッハッハ、ダーリン意味被ってるー」
俺と綺羅星の会話に、玲愛さんは全力で働く無能な社員を見るような目をしていた。
「水咲は何しにきたんだ?」
「あれ、こちらはって伊達玲愛!?」
うげぇっと顔をしかめる綺羅星。
「お前に呼び捨てにされる覚えはないが」
「ちょっとダーリン、どういうこと浮気!?」
どちらかというと君の方が浮気相手だよハニー。
俺はかくかくしかじかと事情を説明する。
「うぇー、何そのご褒美イベント。あーしもかわってほしい」
「こっちにもいろいろあるんだよ…………って場所かえません?」
周囲を見ると、皆興味なさそうにしてるくせに耳をダ○ボのようにでかくして、聞き耳をたてている連中ばかりだった。
屋上に上がると、既に火恋先輩と雷火ちゃんがベンチに腰を下ろして待っていた。
二人は予想外のお客に驚くかと思ったがそうでもなかった。
「二人共あんまり驚かないね?」
「驚くも何も、この子わたしのクラスに転校してきたんですよ」
雷火ちゃんは既に一悶着あった後なのか、疲れた表情をしていた。
「いやー、あーしが雷ちゃんと同じクラスにしてって先生に頼んだら通ったみたいで」
「そのへんは先生も融通してくれたんだ(お金の力で)」
「そーなんすよぉ、本当は二年のダーリンのクラスが良かったんですけどね」
しなっと体をくねらせる綺羅星。
さすがにバカを飛び級させるのは金を払っても無理だったか。
「わたしと同じで悪ぅございましたね」
不貞腐れ気味に雷火ちゃんが愚痴る。
「えっ? あーし雷ちゃんと一緒で嬉しいよ。女の子の友達って少ないし」
取り繕うわけでもなく、ごくごく自然に出た綺羅星の言葉は本心なのだろう。
逆に雷火ちゃんはキョトンとしていた。
「綺羅星、なんかかわったね。昔はもうちょっと……」
「嫌な奴だった?」
「そこまでは言わないけど、どちらかというと自己中心的で空気読めなかった」
「あっはっははは、あーし雷ちゃんのはっきり言ってくれるところ好き」
綺羅星は大笑いしながら雷火ちゃんに笑顔を向ける。
それに戸惑いながら恥ずかしそうに視線を逸らす雷火ちゃん。
「なんというか素直でいい子になってる……。調子狂いますね」
雷火ちゃんはわさわさと髪を手櫛している、照れ隠しなのだろう。
綺羅星は角がとれて丸くなったと言うべきなのだろうか、心なしか笑顔が多い気がする。
「なんというか、綺羅星は可愛くなったよね」
俺がそう言うと、彼女はブンブンと手と首を振る。
「い、いやダーリンいきなり可愛いとか言われても困るっす。でも、あーしのことは俺の嫁って言ってもいいっすよ」
「それは言わんけど」
「なんでなんすか! オタクは皆俺の嫁って言うんですよね!」
「また君は浅いにわか知識でオタクを語る……」
綺羅星と軽くじゃれていると、それを面白くなさそうに見つめる
「悠介さん、本当にフラグ建築士だったんですね。わたし綺羅星が本気で照れてるところ初めてみました」
「悠介君、あまり目に見える浮気は好ましくないと思う。ただでさえ雷火と折半することになっているんだから、四等分はちょっと」
人をケーキみたいに言わないで下さい火恋先輩。
「そのうち5等分の花婿でも始まりそうだ」
「そうなったら、わたし悠介さんの頭部パーツ貰いますね」
「スクー◯デイズ!?」
物理的に5等分されそうだ。
「目の前で堂々と浮気とはいい度胸だな」
玲愛さんは俺の頭を上から鷲掴みにして自分の方へと向かせる。
「綺羅星との関係は、この前言った通りで決して俺に下心があったわけではないのです」
「知っている。
玲愛さんはため息をつくと、綺羅星が手を振りながら挙手をする。
「あっ、そのことを伝えに来たんですよ。今回あーし一人で転校してきたんじゃなくて、天と月も転校してきます。むしろそっちの方がメインなので」
「アマツの奴帰ったのか? 海外の学校に通っていると聞いたが」
玲愛さんは天さんとも顔見知りのようで、その顔は意外だと言わんばかりだった。
「はい、先週帰ってきました。ただ出席日数とか全然足りてないんで、留年したらしいっす」
「あいつのスペックなら、一年程度の学力簡単に埋められるだろう?」
「可能ですけど、どうやらわざと留年したくさいんですよね。あーしと月がダーリンの話をしてたら、いてもたってもいられなくなったみたいで、すぐに日本帰るって言い出しましたから」
何故そこで俺の話がでてくるのだろうか? 俺と天さんとは全く接点がないと思うんだが。
「ダーリン何で自分の名前がって顔してるっすね。そんな顔、天の前でしたら自殺するんでやめて下さいよ」
ますますわからない。というかこの会話ぶりから、俺と天さんは会ったことがあるみたいなんだが。
ちょっと待てよ、確か藤乃さんも俺と天さんは会ってるみたいなこと言ってたような気がする。
「あー、ダーリン完全に忘れてるって顔っすね。天超可哀想、きっと一度だってダーリンのこと忘れたことないと思うけど」
「ご、ごめん。本当にわからないんだけど、その天さんって俺と面識あるのかな?」
「ありますよ、ダーリンが幼稚園から小学生低学年くらいのときですけど」
……ん? その時期って俺の暗黒時代じゃないか? あの頃は完全に心を閉ざしてたから、あんまり誰と会ったかとか覚えてない……。
「本人と会ったら思い出すかもしれないっす。でも」
「でも?」
「天は昔とめっちゃ姿が変わってるから、ぱっと見はわかんないかも。それに確か昔は――」
綺羅星はおっといけない、と自分の口を
「それで綺羅星、天さん? はいつ転校してくるの?」
「明日っすよ。月はもうちょい後ですけど」
「えっ、早くない?」
と言いつつも綺羅星が唐突に転校してきたんだ、そこまで不自然でもないか。
「ちなダーリンと同じクラスなんで、よろしくっす」
「「「えっ?」」」
綺羅星の話を聞いて、バカなと言いたげな伊達三姉妹。
「まさか彼女の留年目的って言うのは?」
何故だか額に汗をにじませ、焦り顔の火恋先輩。
「ほぼ間違いなくダーリンと同じ学年になる為でしょうね」
「そんな、同級生だなんて……やり方が汚いわよ綺羅星!」
何故だか皆驚愕の表情をしているのだが、イマイチその理由がよくわからない。
「あの、留年ってマイナスにはなりますけど、プラスにはならないのでは?」
おずおずと聞いてみるが、火恋先輩が苦々しい表情で吐き捨てるように言う。
「一日の大半を君と一緒にいられるんだ。これは凄いアドバンテージだよ」
えっ、そんなこと?
「一緒に勉強。あーしはバカだから教えてくれると嬉しいな」
「一緒に修学旅行。学園系イベントでこれは絶対外せません。ここでフラグが立って個別ルートに入るんですから」
「一緒にテスト。同一の試験範囲ならば、テスト勉強しやすいだろう。試験結果は進路に関係がある」
「一緒に婚約。つまり同一クラスというのは、婚約していると同義ということだ」
いや最後のは違うだろ。
四人が交互にメリットらしきものを並べるが、そんなに重要だろうか?
「そういえば私も三年だから留年できるのでは?」
目に光を失った火恋先輩が、禁止薬物に手を出そうとするかのように呟く。
「わたしも学力的には高校飛ばしてもいいかなってくらいだし、一年くらい飛び級したって問題ないような気がします。むしろその方が時間の節約になって、効率的。合理的すぎます」
同じくブツブツと怖いことを呟く雷火ちゃん。
「ちょ、ちょっと待って雷ちゃん一緒に卒業しようよ。あーしいきなりぼっちとか嫌なんだけど!」
慌てて雷火ちゃんの手を握り締める綺羅星。
その様子を見て、やれやれとため息をつく玲愛さん。
「お前らもバカなこと言うな。高校を留年したって何もいいことないぞ。雷火も無駄な飛び級なんてしたって、ただの違和感にしかならん。学校とは学問だけでなく、社会性を磨く場でもある」
「はい」
「冗談ですよ」
二人の妹は渋々諦める。綺羅星もホッとしたようで胸をなで下ろしていた。
「ところで悠、お前大学はどこに行くつもりなんだ?」
「だ、大学ですか? 自分の学力の一つ上くらいを目標に」
「ウチの大学にしろ、あそこはいい面白い人間が揃ってる」
「姉さんさりげに自分の大学に悠介君を誘導するのやめて」
「そうよ、悠介さんが入るまで休学するつもり? そのとき姉さん何歳なのよ!」
妹の批判に両手のアイアンクローで答える姉。
「誰が年増だ」
「「言ってない、言ってない!」」
二人の妹は大きく頭を振って否定する。
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