5 玲愛と首輪
第148話 玲愛と学校
学校の朝のHR終了後に、俺は相野と机を挟んで顔を付き合わせていた。
「お前さ、若さってなんだと思う?」
「なによ突然?」
遠い目をした相野から漏れ出た、おっさん臭い台詞。
「いいから、若さとは?」
「振り返らないことだろ?」
「愛とは?」
「ためらわないこと? って宇宙刑事とか古すぎるだろうが」
俺の頭に銀ピカのサイバー戦士が浮かぶ。
「じゃあ友とは?」
「友? 友……助け合うこととか?」
「違うね、答えは……裏切らないことだよ。このクソヤローー!!」
腹の底から響く声は俺の鼓膜をビリビリと震わせる。それと同時に俺の隣にいる女性も、そっと耳を塞いでいた。
「なんなん? お前もう、なんなん? この前のギャル姉ちゃんといい、今回といい……」
口を金魚の如くパクパクさせ、震える指先でこちらをさす相野。
その顔はガラスの○面にでも出てきそうなくらい、真っ白な目をしていた。
「事故で手錠が外れなくなった以上」
「そりゃ担任が言ってたから知ってるわ!」
この男はそれ以上何が聞きたいと言うのか。
昨日水着を皆で買いに行ったあと、玲愛さんは制服を改造して、手錠がついていても着られるものにしてくれた。
明日どうやって学校に行くんですか? と聞くと、私がついていくしかあるまいという力技の答えが返ってきた。
他に何か案はないかと考えたが、時間的余裕もなく、どのみち明日は木曜日だから二日耐えれば終わりだろ、で議論は決した。
そして朝方先生に事情を説明して、玲愛さんの同席を認めてもらった。
先生も最初は唖然としていたが、この学校が玲愛さんの母校ということもあり、何より”伊達絡み”ということで話はスムーズに進んだ。
そして現在、俺の席の隣にもう一つ机と椅子が用意され、そこに足を組んだ玲愛さんが母校を懐かしむように座っているのだった。
当然この異常事態に他の生徒達の視線は集まり、朝から針のむしろ状態である。
「悠介、オレはとてつもなく怒ってる。それが何故だかわかるか?」
相野は真剣な表情で俺の肩を掴む。
「まぁクラスの皆には迷惑かけると思うけど、別段お前だけを怒らせることはしてないと思うんだが」
「オレだけじゃない、見ろ周りの男どもの視線を」
大げさに腕を広げる相野につられて周りを見ると、聞こえる聞こえる嫉妬と憎悪に駆られた、男どもの野獣の如きうめき声が。
『くそぉ三石呪うぞ。そんな美人のお姉さんとつながるなんて、畜生俺も繋がりてぇ……』
『くそが、この前のエロいギャル姉ちゃんはどうなったんだよ。なんであんな奴に美人が集まってくるんだ? 世の中間違ってるだろ……』
『どう見てもオレの方がイケメンなのに、どう見てもオレの方がイケメンなのに、どう見てもオレの方がイケメンなのに』
『畜生俺の悠介君寝取りやがって、なんだあの女? 姉だか許嫁だか知んねーけど勝った気になるなよ(野太い声)』
玲愛さんが隣にいるため、異端審問会を開くわけにも行かず、モテない男は怨嗟の声を漏らすしかない。
「さっき先生が言ってたけど、玲愛さんは火恋先輩と雷火ちゃんのお姉さんってだけで、何か特別な関係ってわけじゃないからな。今回のはあくまで事故なの」
相野は首筋を触るジェスチャーをする。恐らく、じゃあこの首輪はなんだと言いたいらしい。
確かに玲愛さんの服装は、黒のジャケットとタイトミニのスカート、黒ストッキングのスーツ姿。
当然手錠がついてても着られるように、腕と脇にジッパーを完備。しかしそれらが目立たないように改造されているので、一見するとエリート美人OLにしか見えない。
その隙のないお硬いファッションの中で、革の首輪だけが異彩を放っていた。
「玲愛さんの趣味だ」
我ながら苦しい。
「あくまでシラをきるつもりかこの豚野郎。でもな首輪とか正直どうでもいいんだ、オレはなこう思うんだ」
改まって、息を吸って溜めをつくる相野。
「お前が死ぬほど羨ましい」
相野の声を聞いて、周りにいた男どもが一斉にむせび泣き出した。
な、泣くなよ……。
「お前なぁ、美人と手錠生活ってなんだよ! どうやったらそんなイベント起きるんだよ! オレなんか100回生まれ変わったってそんなイベント起きねーよ! いいとこ起きたとしても母ちゃんと繋がるか、男と繋がっちまうかのどっちかだよ!」
相野は号泣しながら俺の胸ぐらを掴み、ガクンガクンと揺さぶる。俺は揺さぶられるがまま首をグネグネと振る。
「申し訳ない、申し訳ない。美人と手錠で繋がって、ひとつ屋根の下の生活をして申し訳ない」
「謝罪風自慢してんじゃねぇよ! 畜生めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
似たような断末魔上げてる奴いたな。綺羅星との記憶を思い出しながら苦笑いする。
「神よ、この男に天罰を、そして天誅を!」
「申し訳ない、申し訳ない。美人三姉妹に囲まれながら寝食を共にして申し訳ない」
「うぉぉぉぉぉぉー! 貴様のような奴がいるから、戦いが終わらないんだぁー!! 修正してやるぅ!」
カミーユ時が見えるわ。
首振り人形のように頭を振ってたら気分が悪くなってきた。
「羨ましい、心の底から羨ましい。願いが叶うならこのキモオタが惨たらしい死に方をしてほしい」
「お前にだけはキモオタって言われたくないわ!」
目くそ鼻くその戦いだった。
「いや、マジでこの人とお前なんでもないの?」
相野はさっきとは打って変わって、身を屈め声のトーンを落とす。
「ん、ん~……なんでもない…………かな……」
「なんだその煮え切らない返事は。なんでもないなら紹介してくれよぅ」
「この人伊達のNO2、実質NO1だぞ。逆らえば一族郎党消されるが大丈夫か」
「何そのゴノレゴみたいなの?」
「それに手錠生活って結構大変なんだぞ? 至近距離で生活しなきゃいけないし、風呂とか磨りガラス一枚挟んで全裸にならなきゃいけないし」
「ご褒美じゃん」
「寝てる時はほとんど抱き枕状態にされてるし。それなのにおっぱい触ると怒るし」
「ご褒美じゃんて。お前苦労話風自慢してない?」
「はは、あっ先生来たな」
バカな話をしていると、1時限目の数学教師がバーコード頭を気にしながら入ってきた。
「あの悠介君、僕もその
「ほら非モテは早く席に座れよ」
「お前も少し前までは魔法使い一直線だっただろうが!」
「うるさいぞ相野、出席とるから早く席につけ!」
「何でオレだけ!?」
相野は数学教師に注意され、席についた。
教師は俺の方にもチラリと視線を向けたが、何故か「ゲッ伊達玲愛」っと失礼な驚き方をしていた。
隣の玲愛さんを見ると「あーあの教師まだいたんだな」とか言いながら薄く笑っている。なんか恐いんですけど。
数学の授業が始まり、いつもならすぐにでも船を漕ぎ始めるところだが、今日は隣に玲愛さんがいるのでそんなことはできない。
だから真面目に黒板に書かれた、半ば術式と化した公式を写していく。
当の玲愛さんは神妙な顔つきで黒板を眺めている。
時折男子女子含めチラチラとこちらを伺ってきて目が合う。
俺の席は一番うしろの窓際から一つ隣で、誰が振り返ったかよく見える。
「相変わらず寺井(数学教師)の授業はわけがわからんな。お前あの内容でついていけてるのか?」
「……ボチボチですかね」
すみません嘘です、全然わかりません。
疑惑の視線を向けてくる玲愛さん。
「じゃあコレ解いてみろ」
玲愛さんは授業で今進んでいるところの、一つ前のページをめくり指を差す。
その問題は今黒板に書かれている式の基本となる問題で、恐らくちゃんと理解していれば解けるんだと思う。
しかし俺のシャーペンはピクリとも動かない。
「…………」
「やっぱりか……周りの奴らもついていけてない感じだもんな。あいつ昔から人の理解度を考えずに試験範囲だけを終わらせる授業をする。そのせいでついていけてるのは、しっかりと予習復習して、良い塾や家庭教師をつけてる生徒だけだったからな」
「玲愛さんは、大丈夫だったんですか?」
「伊達は勉学に金をかけているから、この程度では躓かん」
「お金を……」
「全員を教えるための学校の教師と、個人の成績に合わせた家庭教師では当然質が違う。確率的な話だが、優秀な人材が出るのは裕福な家庭からが多い。逆に貧困の家庭からは出にくいと数字が出ている」
「そう聞くと、産まれた時点で既に人生決まってる感がありますね」
「あくまで確率の話で、本人の努力と能力次第で上に登ることは可能だ。ただ、親の資金援助無しで上位に食い込めるのはせいぜい中学までだ」
「夢のない話ですね。無料授業と課金授業じゃ、そりゃ課金したほうが強くなるのは当たり前ですね……」
「だからと言って学校の授業をないがしろにしていいわけじゃない。ただ寺井の授業だけは、聞く気にならなかったから授業中は寝てた」
勉強出来るけどやる気ない生徒の典型だったんだろうな。
あの数学教師も、きっと玲愛さんと戦って負けたことでもあるんじゃないか?
「じゃあお前、ここのカッコの公式は?」
玲愛さんは教科書の問題の一つを指差す。
「底辺×高さ÷二ですか?」
「誰が三角形の面積を求めろと言った。知ってる公式を適当に言ってるだけだろうが」
「すみません」
「公式だけは暗記だ、そこは覚えろ。あいつの授業は覚えた公式をどこで使うかわからんからこうなっている。ここの問題は――」
いつしか玲愛さんの指導は熱が入ってきて、俺もそれに聞き入っていた。
すると段々周りも先生の話より、玲愛さんの声に耳を傾けだした。
「次138ページ」
俺が言われたとおりに教科書をめくると、何故か周りの生徒も一緒にページをめくる。
俺が次から次にとんちんかんな質問をしても、何故そんな質問をしたかの理由を追って説明をいれてくれる。
「お前はここがわかってないからここでつまづく。さっきの計算式と混ざってるからだ。形は似てるが別物だ。寺井はこの手のひっかけ問題が大好きだから注意しろ」
なんて当時のエピソードを交えて解説してくれるのでわかりやすい。
最初は俺の周りの生徒だけだったのだが、段々伝言ゲームのように玲愛さんの会話内容が教室中に広まっていく。
ヒソヒソ声も数が多くなるとガヤガヤと大きくなり、数学教師もさすがに無視できなくなってきて、玲愛さんに声をかける。
「伊達、お前は部外者なんだからもう少し静かにしなさい」
「あぁすみません、コイツ全くついていけてないんで追いつかせてから話を聞かせます。そうじゃないと先生の話は上級者向けなので、ある程度の知識が必要ですから」
「ま、まぁ先生の授業は少し高度過ぎるかもしれないからな。でももう少し静かにしなさい」
「はい」
数学教師は、上級者向けと言われて喜んだのか、それなら仕方ないと咎めることもなく授業に戻った。
しかし俺は玲愛さんが隣で「自称上級者向けの授業してるから、誰もついていけなくなるんだよ」と笑ったのを見逃さなかった。
きっと玲愛さんの学生時代も、こんな感じだったんだろうなと想像がついた。
なんて嫌な生徒なんだろうな。
「玲愛さん、完全にモンペみたいになってますよ」
「うるさい、早く解け。でないと今日寝るとき床だぞ」
「俺としては精神衛生上そちらの方が嬉しいんですが」
玲愛さんは持っていたシャーペンを、グサッと俺の手の甲に突き刺した。
「私と寝るのが、そんなに嫌か」
「どこに怒ってるんですか!?」
「私がやれと言ったらやれ、いいなわかったな?」
「サーイエッサ!」
「私は狼が好きだ、豚は嫌いだ。お前は狼か? 豚か?」
「豚であります!」
「豚は死ね!」
グサッとシャーペンが手に突き刺さった。
「ぶひーー!(ありがとうございます)」
「三石うるさいぞ!」
そして先生に俺だけ怒られた。
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