第147話 渋滞の原因
火恋先輩と雷火ちゃんを迎えに行くために元きた道を戻っているわけですが、いつもより遠出をした為戻るのに時間がかかっていた。
そんな車内では終始無言が続いている。
行き道ではかかっていなかったFMラジオがついていて、車内の雰囲気を無視したDJの爽やかトークの合間に交通情報なんかが流れる。
『国道○○線は事故の為約三キロの渋滞、○△インターチェンジには現在通り抜けできません……続いて道路工事のお知らせです』
ラジオのアナウンスを聞きながら、俺はスマホで有名パズルゲームに勤しんでいた。
カラフルな球体状のドロップをくるくる回転させながら移動させると、次々連鎖してドロップが消滅していく。
8コンボと表示され、俺の使用しているガイコツ型のキャラクターが『お茶、ほうじ茶、はと麦茶、どくだみ茶ぁ!』とお茶の名前を叫びながら、敵キャラクターにお茶を浴びせる不謹慎な攻撃をしていた。
インフレしつつあるダメージ表示をぼんやり眺めていると、玲愛さんは手錠に繋がれている俺の手をとり、シフトレバーの上に乗せた。
前にやったときみたいに、俺にシフトレバーを握らせて、その上に自分の手を重ねる謎のギアチェンジをしたいようだが、俺はするりとその手をシフトレバーからどけた。
だが玲愛さんも諦めないようで、レバーに手を乗せては逃げられを繰り返す。
不気味なのが、お互い無言というところだろう。
口を開かず、目線も合わさず手の取り合いをしている。
やがて、玲愛さんからチッと怒りの舌打ちが聞こえた。超恐い、マジ恐い。
「お前、あいつらに会ってからおかしいぞ」
あいつらとは、一ノ瀬さん、巴さん、内海さんのことだろう。
「いや、別に変じゃないです。普通です」
「なら何故逃げる?」
車はウィンカーをカッチカッチと、規則正しく鳴らしながら左折する。
「逃げてないです。シフトレバーを二人で持つ意味もイマイチよくわかんないんで」
俺が生意気な事を言うと、玲愛さんは一瞬アクセルペダルを強く踏む。車体が加速して、俺の体は座席の方に引っ張られた。
「急加速は危ないですよ」
「……………………」
それからしばらくまた無言の時間が続き、空気の重さが増す。
ふと辺りの景色を見回してみると、来た道と別の道を通っているのがわかった。
「玲愛さん、こっち多分渋滞してますよ。さっきラジオで」
「黙れ」
「………………」
黙れと言われれば黙りますとも、邪魔はいたしません。
車が数分進むと、やはりラジオで言っていた通り、事故で車線の一つが潰れていて渋滞しているのが見えた。
あえて渋滞を選んだのは、恐らく何かしら考えがあるのだろう。
そう思いながらコンボを組み立てていると、玲愛さんはハンドルを爪で不機嫌そうに叩きながら、全く進む気配のない車の列に苛立ちを募らせていた。
えっもしかして無策?
『ここで冬を吹き飛ばすナンバー、清水健のシミケンサンバ、ヒァウィゴー! ♪~~』
空気を読まぬサンバのリズムがカーオーディオから流れてくると、玲愛さんはダンっとオーディオの液晶を拳で殴りつけた。
拳型にヒビが入ったオーディオは『♪~……ガガ……ピー……』とやばい音をたてて沈黙する。
まぁでも今のはラジオが悪いよね。口に出してないけど玲愛さん「黙れ」って言ったもんね。
「………………」
「………………」
気まずい……。いつもなら特に気にしないが、相手が不機嫌とわかっていると、この空気の重さはとてつもなく気まずい。
大体なんで、渋滞に突っ込んだのかもよくわからない。
この状況で車が止まればこうなるって絶対わかってたはずなのに。
玲愛さんはちっとも進まない前方車両のテールランプから視線を外すと、ハンドルから手を離し脚組する。
「お前……ひょっとして……」
彼女は何かに気づいたようで、俺に鋭い視線を向ける。
まるで俺の中の卑屈な心を見透かしてるようで耐えられない。
逃げるように視線を窓の方向に逸らすと、玲愛さんは 無遠慮に親指を俺の口の中に突っ込み、人差し指を顎に当てて無理やり自身の方向に顔を向かせる。
俺は釣り上げられた魚かと言いたくなる持ち方をされ、視線を外すことを許されない。
絶対零度の瞳がゆっくりと近づいてくる。このままぶん殴られてもおかしくない雰囲気だ。
「お前……」
「ふぁい」
「涼子か美鈴に惚れたんじゃないだろうな?」
「……………………」
玲愛さんの困惑したような、焦ったような表情に俺は目が点になる。
緊迫した空気の中、カァー、カァーとカラスが背中で鳴いたような気がした。
「ふぃがいますよ」
俺は突っ込まれた玲愛さんの指を引き抜きながら苦笑いする。
「じゃあなんだ? 隠れようとしたり、手を繋ぐのを拒否したり、あいつらに見られるのが嫌だったからじゃないのか?」
それ以外何があるんだと、シートに背を預け、ぷんすかしてらっしゃる。
「勘違いですよ。会った女性全てを好きになるわけじゃないです」
「ならなぜそんなに怒ってる?」
「怒ってはないですよ。俺はただ、内海さんと、内海さんの口から出てきた男性の名前に嫉妬しただけですよ」
「はっ?」
俺の不貞腐れ気味の告白に、今度は玲愛さんの目が点になった。
「お前……あいつはただの大学での上級生で、他の奴らもサークルが同じなだけのただの同期だぞ」
呆れ顔の玲愛さん。そりゃそうだろ、何見境なく嫉妬してるんだお前って話だもんな。
でも――
「他の男の人が玲愛さんと親しそうに話してたり、知らない男の人の名前がたくさんでてきて、俺が……冷静でいられるわけないじゃないですか…………」
自分で言ってカァーっと頬が熱くなった。
何を言ってるんだろうな俺は、彼氏気取りか? 天上に住まう女性にちょっと優しくしてもらったからって、いっちょまえに独占欲なんか出して、恥ずかしい奴だよ。
釣り合いを考えろ釣り合いを。玲愛さんがもし異世界転生したら魔王、俺はゴブリン。ゴブリンが魔王に花を差し出してはいけないのだ。
熱くなった頬を自分でパチンパチンと叩く。
俺の言葉で怒るか呆れるかするかと思ったが、玲愛さんは何故が、口を三日月のようにパカっと開いて笑みを浮かべる。
彼女は前方車両が全く動いてないことを確認してから、サイドブレーキを引いて、シートベルトを外し、シフトレバーをまたいで、助手席に座る俺の膝の上に対面になるように跨った。
「危ないですよ」
「お前、他の男に嫉妬したんだ」
何でそんなに嬉しそうなんですか。俺がまた顔を背けると、玲愛さんは許さないと言わんばかりに、また顎を掴んで正面を向かせられる。
「ククク、可愛い奴だなお前……」
もう勘弁して下さい……。俺の顔はきっとボイルタコみたいになっていることだろう。
口角を邪悪に吊り上げる女性に、気まずさと恥ずかしさが入り混じり思考がグチャグチャになる。
「店の中であんだけベタベタしてたのに、それでも不安になるものなのか?」
「それとこれとは話が別ですよ。すみません、勝手な嫉妬で勝手にいじけて、空気悪くしました……」
俺の膝の上に乗る玲愛さんは、ふーん、へーと邪悪に笑いながら体をゆらゆら左右に揺らしている。
「そうか不安になったのか、それは可哀想なことをした。そうだな、何か私が浮気しない証のようなものをやらなければ不安だろう」
「そんな、浮気だなんて。玲愛さんとは、その……週末のイベントで恋人役をやらせてもらうだけですから……」
俺がそう言うと、玲愛さんはふんと鼻で笑う。
「そうだ、私はいずれ他の男の元に嫁ぐから、お前の下には残ってやれん。しかし私の分まで火恋と雷火がしっかりやってくれるはずだ。私が必ずお前の下に、あの二人を残してやるから我慢しろ。いや幸せにしろ」
わかってはいたけど、やっぱり玲愛さんの口から他の男に嫁ぐと言われると、なんだか憧れのお姉さんを失った気分と言いますか、なんと言いますか……。
「そんなしょぼくれた顔をするな」
玲愛さんは、慈しむように俺の顔を両手で挟み込む。
「お前は必ず私が幸せにしてやるから安心しろ」
「前々からわかんないんです。どうして玲愛さんは俺にそこまでしてくれるんですか?」
「…………それは聞かないでくれ」
珍しいお願い系。いつもの玲愛さんなら”聞くな”だが、今回は”聞かないでくれ”、そこに何か意味があるのかはわからない。
本人から聞かないでくれって言われれば、もう聞けないじゃないか……。
なんでだろ、なんだか泣きそうになってきた。
俺そんなに玲愛さんを他の男にとられるのが嫌なんだろうか?
じゃあどうするつもりなんだ。
引き止めるのか?
何の権利があって?
玲愛さんは火恋先輩と雷火ちゃんのお姉さんで、俺にとって……俺にとってなんなんだ? 義姉? 家族? それとも――
頭の中がこんがらがってきて、どうしていいかわからなくなってきた。
そんな俺を玲愛さんは優しく胸の中に導いてくれた。
悲しかったので、おっぱいを揉ませてもらった。
容赦なくげんこつが落ちてきた。歪みねぇな。
「お前が伊達に入るまでは、私はお前のものでいてやる。それで我慢しろ」
「時間制限つきとか嫌ですって言ったら怒りますか?」
俺は玲愛さんの胸に顔を埋めたまま、わがままなことを言って困らせる。
「バカ……そんなことできるわけないだろ」
妹二人と結婚させようとしてるくせに、どうして自分だけを蚊帳の外にしてしまうのか……。
「お願いがあります」
「何だ?」
俺はその豊満な胸から顔を離し、玲愛さんの顔を見上げる。
「首輪……つけて下さい」
ちょっと驚いた顔をしていたが、玲愛さんはダッシュボードを開き、中から俺に装着させようとしていた真っ黒で光沢のある革の首輪を取り出した。とてもオシャレなデザインで、チョーカーと言ってもわからないと思う。
「お前につける予定だったからな、主人の名前が私になっている」
首輪についている差込型のドックタグを見ると、DOGNAMEの差し込み口に悠介のプレートがはまっていて、MASTERの差し込み口に玲愛と書かれたプレートがはまっていた。
名前のプレートを抜き取り、MASTERとDOGと書かれた差し込み口に逆の名前を差し込む。
「これで私が犬で、お前が主人だ」
ご丁寧に犬用のリードまで入っていて、首輪についている金具に装着して、持ち手の方を俺に握らせた。
「二人になれないときでも私は必ずこの首輪をつけよう。それで少しは安心するだろう?」
犬と言うよりは狼に近い女性は、自信に満ちた笑みをこぼす。
「リードは手錠があるからいらないですよ。でも、まぁ今日だけ……」
リードをクイクイと引っ張ると、玲愛さんの首が下がり、俺の肩の上に顎を乗せる。
「わんわんだな」
「イメージ的にはガウガウと吠えそうですけどね」
「私は容赦なく飼い主に噛み付くぞ」
「狂犬じゃないですか!?」
「なら頑張って躾けるんだな」
犬の真似なのか、俺の耳たぶにガブリと噛み付き、犬歯を突き立てる玲愛さん。
「手間はかからんが、構わんとすぐに不機嫌になるから気をつけろ」
「注意事項ですか?」
「私の要望だ」
耳を噛んだり引っ張ったりして、満足気な玲愛さんの背中をゆっくりなで続けた。
今日はたった一日で玲愛さんとの距離が近づいた気がする。近づきすぎてライン超えてしまった気がしなくもないが。
[パパァーー!]
そんな雰囲気をぶち壊すように、後ろの車からクラクションが鳴り響く。
見れば前の車は随分先にいっていて、トロトロながらも渋滞の列は進んでいた。
後ろの車に対して耳元でグルグル唸る女性をなだめながら、俺たちは地元に戻ったのだった。
姉、帰る 了
―――――――――
玲愛編序が終わり、次回からは玲愛を引き連れた学校とイベントの話になります。
文章量的には少し足りないですが、文庫本の5巻が終わったくらいとなっています。
カクヨムコンでの応援ありがとうございました。
コンテストが終わっても話はまだまだ続くんじゃよ。
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