第146話 友達が自分の知らない友達と仲良くしてるともやっとする
水着を購入した玲愛さんは、静さん達への挨拶をまた後日ということにし売り場を後にした。
せっかくだから昼食をとっていこうということになり、オシャレなパスタ屋でパスタを食べ、その後ブラブラとウィンドウショッピングを楽しむ。玲愛さん曰く、目的なく店をうろつくのは数年ぶりとのこと。
どれだけ忙しい生活を送っているのか。
そんなこんなしているうちに、もうじき学校の授業も終わる時間になった。
そろそろ帰ろうかと思っていると、帽子屋の前で声をかけられる。
「あれ? 伊達さんじゃない?」
「ほんと伊達さんじゃん」
俺と玲愛さんは声のした方に振り返ると、大学生くらいの女性二人に声をかけられ立ち止まった。
「
一人はロングワンピースで、ゆるふわウェーブのかかった髪をしている。
もう一人はOLのようなビシッとしたスーツ姿で、ショートカットの女性だった。
「久しぶり~なんで学校休学しちゃったの~? 一緒に卒業したかったのに~」
「そうよ。伊達さんがいなくなってから、皆だらけまくってるんだから」
「それはお前たちでなんとかしろ」
見た感じ、恐らく大学のお友達なのだろう。彼女の大人以外の知り合いを始めてみたかもしれない。
突然の出会いに驚いている玲愛さんの手をするりと抜け、手錠のワイヤーを伸ばして、そろりそろりと距離を離していく。
きっとこんなことしても無駄なんだろうなと思いつつも、出来れば玲愛さんの名誉が傷つきませんように、スルーされますように。
俺の持つ陰キャスキル、ステルスを使用して完全に気配を遮断する。
「この子は?」
と思ったが、スーツの女性(多分美鈴さん)に早速気づかれた。
「おやおや~? もしかして伊達さんの隠し子かにゃ~?」
ゆるふわウェーブ女子が、ずいっと顔を寄せてくる。
すると玲愛さんがぐいっと手錠のワイヤーを引っ張り、俺を自分の後ろに引き寄せる。
「そんなわけあるか、妹の許嫁だ。事故で手錠がはずれなくなった」
「どう事故ったらそんなことが起きるのよ」
「そうなんだ、大変だね~。私は
「うるさい。どこも不況なのよ」
仲良さそうな二人だ。
髪がふわっと、雰囲気もふわっとしてるのが一ノ瀬さんで、真面目そうなのが巴さんだな。
「妹の許嫁君かぁ」
物珍しさから、俺を上から下までジロジロと見る巴さんと一ノ瀬さん。なれてきたけど、やはりいい気はしなくて、後頭部をカリカリとかく。
「あまり妹の旦那を値踏みするな」
少し玲愛さんの声が低くなって、視線が鋭くなった気がする。
「そ、そういうわけじゃないよ!」
「う、うん、ちょっとどんな子かなって興味があっただけだから!」
二人は慌てて取り繕った。
多分巴さんと一ノ瀬さんにとって、玲愛さんはちょっと気を使わなければいけない部類の友人なのだろう。呼び方も伊達さんだったし。
たまにいるよね、友達だけど喋り方とか話題に気を使う必要がある友達。秀才系かヤンキー系の友達に多い。恐らく玲愛さんは前者だろう。
「今日は二人で来ているのか?」
「ううん、
「あいつもいるのか……」
その名前を聞いて、チッと舌打ちする玲愛さん。
「おーい」
噂をすれば影とでも言うべきか、20代中盤くらいの男性が手を振りながら小走りでやってきた。
腕まくりしたストレッチジャケットに、ブラウンのスリムパンツ。髪は短髪のスパイラルヘア、それに丸メガネをかけた理系風イケオジという感じ。歳は多分玲愛さんと同じくらいだと思うが、大人びていて落ち着いた雰囲気がある。
「ごめんよ、急にお腹痛くなっちゃってさー、いやーよく出たよ」
「最低」
「最低ですね」
巴さんと一ノ瀬さんが顔を歪める。
にこやかな笑顔をした男性は、俺と玲愛さんを見つけると驚いた表情を作った。
「玲愛ちゃんじゃないか、……驚いた」
「お久しぶり……です」
意外なことに玲愛さんは敬語だった。
「いいよ、いいよ。また前みたいにバカだの、アホだの言ってくれていいしさ。なんていうか、僕玲愛ちゃんに罵られるのが快感なんだよね」
大声で何を言ってるんだろうなこの人は。
「学校、もう来ない? って僕はもう卒業しちゃっていないから、会えないんだけどね。残念だよ」
「はぁ……」
気さくに絡む内海さんと、冷ややかな視線を向ける玲愛さん。
今まで彼女を見てきたからわかる。この視線は敵ではなく身内に向けるときのものと同じ。即ち内海さんとはそこそこ仲が良い。
俺ほんの少しの会話で、玲愛さんの友人レベルがわかるようになったんだな。
「家が大変なんだろう? それでも学校は出ておいた方がいいよ。君くらいの才能があれば授業に出ずとも教授に頭を下げれば単位をくれる」
「断る。私は自分のために権力を使うのが嫌いだ」
「相変わらずだね……。そうだ浩哉も賢治も会いたがってた。メールでもいいから、連絡とってくれないか?」
「あっ、伊達さんラインやってるならグループ入れよっか?」
一ノ瀬さんがスマホを取り出すが、玲愛さんは首を振る。
「いらん。必要な時はこちらから連絡する」
「そう言わずに、君にとっては必要ない関係かもしれないが、わざわざ進んで独りになる必要はないだろう?」
「…………」
内海さんに言われ、玲愛さんは渋々IDを伝える。
なんだろうな、こう……もやもやする。
俺の知らない男の人の名前が上がっただけなのに、なんだろう……こう、もやもやする。
きっと俺の知らない友達なんてたくさんいるはずだ、だから別段何も感じる必要はないのに。
「あれ……その手どうしたの?」
内海さんも、俺と玲愛さんに繋がった手錠を指差す。
「事故で手錠が外れなくなったんだって~。そちらは妹の許嫁さん」
一ノ瀬さんが説明してくれる。
「なるほど、君がトラブルに巻き込まれるとは珍しいね」
玲愛さんは、無理やり手錠のワイヤーをたぐり寄せる。
俺は嫌がる犬のように繋がれている手だけを伸ばして、その場から動くことはなかった。
しかし力技で引き寄せられてしまう。無理やり手をつなごうとしてくる玲愛さんに、俺は手を繋がせないように握りこぶしを作って反抗する。
玲愛さんが不機嫌そうな視線をこちらに向ける。
その目はさっさと手を開けと言っているが、玲愛さんの知り合いの前でそんな恥ずかしいこと出来るわけがない。
それを見た内海さんが、なだめるように声をかける。
「まぁまぁ玲愛ちゃん、許嫁君も恥ずかしいんだよ。僕だってこのぐらいの年頃の時は、ゲームの女キャラクターを使うだけで恥ずかしいと思ってたんだよ」
一体何の話をしているんですかと、巴さんと一ノ瀬さんが呆れる。
「それに……彼は君に気を使ってるんだよ」
「!?」
心の奥を見抜かれたようで、俺はドキッとした。
「年下の男の子の気持ちを無視しちゃ可哀想だよ」
なんだろう、この人には俺の持っていない何かがある。
自分のことしか考えられない子供の俺にはないもの、大人の余裕、寛容さと言ってもいいかもしれない。
だから俺は他の男の人の名前が出ただけで嫉妬してしまった。自分がとてつもなく小さく見えてしまう。
「君は優しい子だね。玲愛ちゃんを巻き込まないようにしている」
会って間もないのに、内海さんはただ俯いているだけの俺を安心させるように肩をポンポンと叩いた。
「邪魔しちゃ悪いから、僕たちは行くよ。なんたって今涼子ちゃんと美鈴ちゃんのWデート中だからね」
アハハと笑いながら、一ノ瀬さんと巴さんの肩を抱き寄せようとして、二人からビンタされる内海さん。
ピエロまでできますと。
内海さんはさり際に一つ残した
「玲愛ちゃん、今度の水咲のイベント出るんだよね? 僕も出るからその時はよろしくね」
そう言って、一ノ瀬さんと巴さんに引きずられて内海さんは百貨店の中に消えていった。
俺はあの人どっかで見覚えあるなぁと思っていたが、そういや前に見せてもらった、玲愛さんの婚約申込者リストに載ってた気がする。
ってことはきっとあの若さで、社長とか医者とかすごい人なんだろうなと想像がついた。
もしかしたら、イベント中に玲愛さんとのセッティングをしてあげなきゃいけない人の一人かもしれないと思い、何故だかもやもやが収まらなかった。
「もういい時間だ、火恋と雷火を迎えに行くぞ」
いつまで経っても握りこぶしのままの俺を、玲愛さんは無理やり手首を掴んで車に向かった。
俺は勝手に内海さんと自分を比べ、勝手に負けを認める自分が本当に嫌いだ――
―――――――
次回で玲愛編序は終わりです。
カクヨムコン6に参加しています。
本日読者選考最終日となっています。
応援、評価、感想等よろしくお願いいたします。
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