第145話 義姉ポジ

「どんなのが良い?」


 冬場なのによくあったなと言いたくなる水着売り場で、商品を物色していく玲愛さん。

 大型百貨店ということもあり品揃えは豊富で、ベーシックなものからコスプレ用と書かれたマニアックな水着まである。


「できる限りいやらしいのでお願いします」

「向こうで泳ぐか運動するんだろう。あまり機能性がないものは使えんぞ」


 どうやら機能性が良ければ過激なものでも構わないらしい。


「これなんかどうですか?」

「ヒモはやめろ、食い込みが痛いらしいからな」


 生々しいご意見ですね。機能性を考えろと言われて、V字のスリングショットを選択する俺も俺なんですけどね。


「この三角形のなんかはいかがでしょうか?」

「こんな申し訳なさ程度にトップを隠すだけの水着になんの意味がある? ああプレイ用か……悪いが下品なのはやめろ」


 あっさり男の下心を口に出してぶった切る玲愛さん。


「こういうのは火恋か雷火にプレゼントしてやるといい。あいつらはお前からのプレゼントなら何でも喜ぶ」

「火恋先輩にこれを渡す勇気はないです」

「そうだな、これを見た瞬間性行為に同意したと思うだろうな」


 はは、笑えないですね。

 それからしばらく二人で水着を見て回るものの、なかなかいいのが見つからない。


「じゃあこの黒のビキニはどうです?」

「ふむ……普通だな。これでいいのか?」

「ん~、いろいろ考えたんですけど玲愛さんにわざわざエッチな水着着せるって、上等な食事に蜂蜜をぶっかけているような気がして」

「私はなんでも構わんがな」

「元から立ってるだけで目立ちますからね。あんまり派手にして、変な人が寄ってきても困りますし」

「好きで目立ってるわけじゃない」

「俺は玲愛さんが目立ってる方が嬉しいですよ。一応イベントにはカップルとして出るわけですから」


 俺がそう言うと、玲愛さんは虚をつかれたように目を丸くした。


「カップルか……そういえば彼女役だったな」


 言い方が不遜で怒られるかと思ったが、玲愛さんは特に気にした様子もないようなので良かった。

 じゃあこれにするかと水着が決まりかけたときだった、不意に聞き慣れた声が聞こえてきた。


「ユウ君、これで喜ぶかしら」

「ママさん、さすがにその水着は運営から怒られるんじゃないっすか?」

「……牛ビキニ。しかもマイクロ」

「こういうのは普通の奴の方がいいんじゃないっすか?」

「……でも水着がイマイチだったら、ユウ君がっかりするんじゃないかしら?」

「もし優勝してテレビ中継された時に、この水着で出てきたらお茶の間凍るっすよ」

「……放送事故不可避」


 あれ、もしかして静さんたちいる? そう思い周囲を見渡すと、本当に静さん達の姿があった。

 どうやら彼女たちにも新しい水着を買いに来ていたようだ。


「どうした?」

「俺の”義姉”と、お友達です」


 買い物に来ていた女性三人組を指差す。そういや玲愛さん話がしたいって言ってたし、丁度いいんじゃないだろうか。

 だが、玲愛さんは俺と同じ方向を見やると露骨に顔をしかめた。


「なんだ、あの胸は……」


 100人中100人がそう言います。


「彼女たちはなぜ冬場に水着を選んでいる?」

「静さんにイベントの話したら、出る気満々になっちゃって」

「誰と?」

「俺と」

「は? あの人は、お前の保護者的な立ち位置だと聞いているが」

「そうだった……んですけどねぇ……」


 どうしてこうなったんでしょうね。


「あくまで玲愛さんが、仕事や用事で出られなかった時の代理と言ってますから」

「私が出られなくなったら雷火か火恋と出ろ」


 ごもっとも。


「せっかくなんで合流しましょうか? 見た目派手ですけど、皆いい人ですよ」


 まだこちらに気づいてない三人に声をかけようとすると、俺の口がいきなり塞がれた。


「ふがふが?」

「いいから来い」


 玲愛さんは俺を羽交い締めにしてズルズルと引きずると、水着がかけられたハンガーラックを見やる。


「この中でどれでも好きなのを着てやる。一つ選べ」


 俺は口を押さえられたまま水着を手にとると、試着室に無理やり連れ込まれた。


「ど、どうかしたんですか?」

「どうもしていない」


 その割には声が不機嫌だが。


「試着するんでしたら、外出てますよ」

「いいからここにいろ」


 彼女は自分の体で出口カーテンを塞ぐと、半ば閉じ込める形で服を着替え始めた。

 ストンとタイトスカートが落ち、黒のストッキングに包まれたしなやかで肉付きの良い太ももが目に入る。

 更にその上を見ると、少女にはない大人の女性特有の色気のある黒のショーツに包まれたデルタゾーン。

 間違いなくエロいのだが、彼女の体は神が本気でエロい体を作ってみようと造形したボディラインで、美術品を見るような気分になる。そのためエロいというより美しいという表現があう。


「べらべらとわけのわからん解説しながらガン見するな! 後ろを向け!」

「は、はい、すみません!」


 どうやら心の声が漏れていたらしい。

 慌てて後ろを向くと、試着室の狭い空間で衣擦れの音が響く。

 な、なんで連れ込まれたんだろう。風呂のときも着替え時は外に放り出されてたのにな。

 後気づいてないと思いますが、俺の向いている方向に全身鏡があるので見えてしまっております。

 絶対に言わんけど。


「い、いいぞ。こちらを向け」

「は、はい」


 ゆっくりと振り返ると、そこには肩紐のない、黒のハイレッグタイプの水着を着た玲愛さんが立っている。

 エナメルっぽい素材を使っており、胸の谷間と下腹部がハート型に切り抜かれている。これでストッキングを穿いていたら、エッチなバニースーツに見えなくもない。

 

「お前凄いのを選んだな……」

「適当に引っ張ったのがコレでしたけど、当たりでした」


 服についたタグを見ると、小悪魔セクシー水着と書かれている。

 しかし出るとこ出過ぎ、引っ込むとこ引っ込み過ぎなグラマラス体型な玲愛さんが着ると、小悪魔というより完全にサキュバスである。

 しかも微妙にサイズがあっていないらしく、胸の北半球が今にも零れ落ちそうで見ていて不安になってくる。


「かなり窮屈で締め付けられている。着心地が悪い」

「俺は良いと思いますよ。モリガンっぽくて」

「誰だそれは?」

「ゲームキャラです」

「女を褒めるセンスが絶望的にないな」

「す、すみません」


 そう言いつつも、ハート型にくり抜かれた胸の谷間から目が離せない。


「で、でかい……」

「……嬉しいか?」

「それは勿論。エロいです!」

「目を輝かせて言うことか」


 玲愛さんは頭を押さえつつ、仕方ないと頷く。


「ならこれにしてやる」

「えっ、いいんですか? さっきお下品なのはダメって」

「良いこれで」


 どうしたんだろう。普通絶対イヤって言うと思うんだけどな。

 その時頭に『でも水着がイマイチだったら、ユウ君がっかりするんじゃないかしら』という人妻風の声が反芻された。


「あの、もしかしてなんですけど……静さんと張り合ってます?」

「張り合ってない殺すぞ(超早口)」


 なんてわかりやすい人なんだ。

 会話の節々に、静さんをライバル視しているような感じが見られるんだよな。


「いいからこれで行くぞ」

「あ、あのごめんなさい。嬉しいと言っておきながらなんですが」

「なんだ?」

「できればイベントは違う水着の方がいいです」

「? さっきこれが良いって言ったところだろう」

「いや、あの冷静に考えると、イベント参加者や一般客がいる中で、玲愛さんのその格好を見られるのは嫌だなって」

「…………」

「ご、ごめんなさい。ちょっと彼氏気取りっぽくてキモかったですね。その、無理なさらず普通のやつで良いと思います」


 そう言うと、玲愛さんは水着のまま試着室を出るとミニ丈のシャツと、デニムのホットパンツを組み合わせる。


「イベントの最中はこれを上に着て行く。これなら露出も控えられるし、お前の好みの水着も着れる」

「…………」

「なぜそんなに驚いている?」

「いえ、その……玲愛さんって意外と尽くすタイプですか?」

「違う」


 彼女はチラリと売り場を見やる。するとそこには牛柄ビキニを体に当てて、真凛亞さん達と話し合う静さんの姿があった。


「女の意地だ」


 一体なにをそこまで張り合っているのだろうか?






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