第144話 家族☓ 彼氏◯
制服を購入した後、玲愛さんの水着を買いに行くことになり、普段使うお店より大きめの百貨店に来たわけですが……。
「あの……凄く目立ってませんか?」
「そうか?」
先ほど制服を購入した時も、店員さんに奇異の目で見られていたが、百貨店となると人の数が違う。平日の昼間の時間は主婦層が多く、明らかにその視線は俺たちの手錠に注がれていた。
それでなくても玲愛さんは美人で目立つのに、今日はまた一段と派手な服装な上に、この手錠である。注目するなというのが無理な注文か。
俺は周りのヒソヒソ声と突き刺さる視線を気にしていたが、玲愛さんは特に気にした様子もなく売り場を足早に歩き抜けていく。
「せめて手錠だけでも隠しませんか?」
「何もやましいことはしていないだろう」
「それはそうなんですが……」
近場を通る人達の視線は、まず玲愛さんに向く
あら美人、どこかのお金持ちのお姉さんかしら→あら腕に何か?→手錠→俺→???
決まって皆俺を見て視線が止まる。
その表情はほぼ全く同じで「えっ、何でお前が?」「犯罪?」のどちらかだった。
皆俺と玲愛さんの関係を推測するが、彼氏には見えないし、弟にしては似てない。その難しい問題を、手錠が余計に難解にしている。
「あの、気恥ずかしさが半端ないんですが……」
「背筋を正して胸を張れ、下を見るな。顎を引いて少し遠くを見据えろ」
玲愛さんに言われたとおりにしてみるが、やはり張子の虎と言いますか、なんと言いますか。
人間やはり対比で見てしまうので、格好良い人の隣にしょぼいのがいると、そのしょぼさが一段と際立ってしまう。
帽子屋の鏡で、陰キャと美人女マフィアの組み合わせが映る。俺も自分で見て、なんだこの組み合わせはと思ってしまう。
「あの、やっぱりワイヤーの部分だけでも隠しませんか?」
「好きにしろ」
俺は手錠のワイヤーにハンカチを被せて隠させてもらった。
まぁ銀の輪っかが手首についてるんで、ほとんど意味ないんですけどね。
丁度すれ違った大学生くらいの女性二人組が、俺の顔を見てクスリと笑う。
「あれ彼氏なのかな?」
「違うでしょ、お姉さんに無理やり外に連れ出されたひきこもりの弟でしょ?」
「似てなさすぎじゃない?」
「良い遺伝子、全部お姉さんにもっていかれたんじゃない?」
「あははは、失敗作じゃん」
「もしくは万引して捕まった高校生と、非番の女性警官とか?」
「あぁ、それありそう!」
俺達の関係予想クイズで、大笑いしながら過ぎ去っていく女性。
楽しげでいいなぁ。俺ももしかしたら、美女とフツメン(自称)少年が手錠をつけて歩いていたら、そう思ってしまうかもしれない。
それにしても失敗作はちょっと酷いんじゃないだろうか?
だがショーウインドウに映る冴えないオタクの顔を見て、こりゃ失敗作かもしれないなと納得する。
彼女たちは見たままのとおりを想像しているだけで、別段悪意があるわけじゃない。
世間から見た正当な評価という感じで、肩を落とす必要も落ち込む必要もない。
わかっちゃいるんだけどなぁ……。
すると玲愛さんがチラリと俺の顔を伺うと、唐突に反転して歩き出した。
「うわっと、どこ行くんですか?」
「…………」
顔こわっ。彼女からは怒気というより殺気に近い空気が流れている。
刃物でも持っていれば躊躇なく刺しそうな、そんなピリついた迫力。
「あっ、あのどうしたんですか?」
足の長さの違いか、玲愛さんは大股で歩いていたが、俺は小走りじゃないと追いつけなかった。
遅れる俺を無視するように、カツカツと足音を怒らせて歩いていく。
そして玲愛さんは、さっきすれちがった若い女性二人組に追いつくと、片方の肩を掴んで無理やり振り返らせる。
「今、私の
なんて地獄兄弟のような、怖気の走ることを言い放つ。
「えっ、あっ……えっ?」
「お前たちはなんの権利があって、私の大事な人間を笑う? お前たちは人を嘲笑える程の立派な人間なのか?」
困惑する女性に壁ドンで距離を詰める。
女性たちも玲愛さんの圧倒的な迫力に圧されて、キョロキョロと首を振ったり視線を彷徨わせたりと挙動不審になっている。
「あ、麻美が変な事言うから……」
「梨花だって、一緒に笑ってたくせに!」
両者でコイツが悪いんです! と醜い責任のなすりつけあいをしていた。
元から背が高くて、更にヒールで大きさを増している為、女性たちを見下ろすように睨みつける玲愛さん。
その切れ長の鋭い瞳の奥は冷たい怒りに燃えていて、妹達を叱るのとは全く別の”外敵”に対する怒り方をしてた。
なんと言うか、今までの玲愛さんの怒りってよっぽど愛がこもってたんだなって思える。
返答を間違えればその場で殺されそうなくらい、冷たく低い声は大の男でも畏怖をしてしまう。そんな凄みがあった。
これが社会で見せている玲愛さんの姿なのかもしれない。
だけど事なかれ主義の俺としては、いざこざは避けたい。というか俺の顔面くらいでそんなに怒ってほしくない。
仁王立ちして、般若の如く表情を歪める玲愛さんの手を引く。
「もういいですよ」
困り顔で伝えると、玲愛さんはこちらの意図を汲んでくれて女性から視線を外した。
二人組は「「すみませんでした」」と頭を下げて、逃げるように走り去っていった。
「玲愛さん、向こうは客観的なことを言っているだけなんで、あんまり怒らないで下さい」
なだめるように言うが、まだカッカしているのか彼女は不機嫌そうだ。
「……お前は自分の痛みに慣れすぎなんだよ」
「痛みは我慢すればすぎます」
「お前がバカにされて、私が冷静でいられると思うのか!? まして失敗作だなんて生まれを冒涜するような言葉、悪意があろうとなかろうと到底許せるわけがない!」
あぁ……ほんとにこの人はいい人なんだな。嬉しくてちょっと泣きそうになった。
「ツライ時は声を上げろ。殴られた痣を隠そうとするな」
「泣かないのが男の子ですから」
「お前への侮辱は伊達への侮辱と同義だ。奴らの親族一同、二度と社会に出れないよう叩き潰してもいい」
それはやりすぎです。
玲愛さんは、ワイヤーにかけられているハンカチを乱暴に剥がして俺の手を握り締めた。
「あの……」
「これでカップル以外には見えないだろう」
指まで絡め合う、俗に言うカップル繋ぎというやつだ。
それだけでなく、お互いの肩と肩が触れ合う密着っぷり。
街で見かけるとバカップルがよぉ……と舌打ちしてしまう距離感。
「恥ずかしいですね……」
「嫌か?」
「いえ……。あの、さっき彼氏って言ってくれて嬉しかったです。……嘘でも」
俺が俯きがちにそう言うと、玲愛さんは俺の顎に手を当てて、口の中に親指と人差し指を突っ込んできた。
「ふぁふぁふ?(なにを?)」
彼女は自身の指で俺の口腔内をぐちゃぐちゃにかきまぜて、舌をつまんだり引っ張ったりする。
これはいつでもお前の舌を引っこ抜いて殺せるぞという意味なのだろうか?
俺の唾液でベタベタになった指を引き抜いて、その唾液でてらてらと光る指を自分で舐めだした。
俺の唾液を舐め取るような仕草は、扇情的で直視できないほどにいやらしかった。
「私はお前の唾液を舐めれるくらいには、お前の事は好きでいる。お前の唇も舌もお前が望むなら奪ってやる。だが、その唇は私の妹のものだから奪わない」
玲愛さんの奪ってやるというのが、なんとも男らしすぎて涙が出てくる。
「ディープキスよりエロいですね」
「私は火恋の姉だからな」
嘘つき、ちょっと指とか震えてるし、顔も強ばってるくせに。
めちゃくちゃ頑張って愛情表現してくれてる。
俺と玲愛さんは二人で手と腕を組みながら、たまにいる、えっ彼女超美人なのに男超アレじゃんという不釣り合いカップルになって、水着売り場に向かった。
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