第143話 意外と押しに弱い
風呂場でぐしゃぐしゃになった後、キッチンにて四人で火恋先輩の作ってくれた朝食を食べた。
「悠、今日だけ学校を休んで明日からは行け」
玲愛さんは珈琲片手に、一家の大黒柱の風格を醸し出しながら俺に指示する。
「は、はぁ。行けと言われましても、外に出られる服がありませんし……」
今現在上半身裸で下はジャージ姿なので、火恋先輩と雷火ちゃんの視線が痛い。というか恥ずかしい。
「今日お前の制服を買いに行く、それを着られるように加工してやるから、それで登校しろ」
「は、はぁ……」
とりあえず玲愛さんが服を作ってくれるらしい。この人裁縫能力まであるのかな?
その様子を見て、雷火ちゃんが羨ましそうに声を上げる。
「いいですね、ねぇ姉さんわたしも休んでいいですか? 二人だけじゃ何かと不便ですよね?」
しかし、玲愛さんは首を横に振る。
「ダメだ。ただ遊びたいだけだろう。そんなことしている暇があるなら、勉学に励め」
「けちー」
雷火ちゃんはぷーっと頬を膨らませる。
「わたしも悠介さんと手錠で繋がりたいなぁ」
「私もだ。かわってほしい……かわってほしい」
なぜ2度言ったのか。
そんな物欲しそうな目でみないで下さい。あと火恋先輩の視線が、なんだか舐めまわすようにねっとりとしていて怖い。これが視姦というやつなのだろうか。
「いいからさっさと学校に行け。お前らが帰ってきたら、イベントで使う水着を買いに行くから我慢しろ」
それを聞くと、火恋先輩と雷火ちゃんはパァっと明るくなった。
「やった、手錠のことで買いに行けないかもって思ってたけど行けるんですね」
「良かった、ちなみに悠介君も選ぶのを手伝ってくれるんだよね?」
二人の期待に満ちた目に、「俺でよろしければ」と返した。
「やはり悠介君は可愛い系よりセクシー系だよね?」
「か、可愛い系もいいですよね! そんなフィジカルに頼るような水着じゃなくても……」
「俺はスポーツタイプもいいと思うよ。競泳水着みたいな奴とか」
「ピッタリフィットで体のラインがわかるやつですね、悠介さんマニアック~」
「私も最近オタク心を理解してきたからわかるぞ。スクール水着という奴がいいのだろう?」
「「それはイロモノ枠だからやめときましょう」」
スク水は今日日ブルマと同じ、古代兵器である。
俺と雷火ちゃんに諭され、火恋先輩は「オタクって難しいな」とつぶやく。
姉妹はどんな水着を買うかキャイキャイと話し合っていると、登校時間になった。
「じゃあ悠介さん、学校が終わったらまた会いましょう」
「うん、頑張って」
「それじゃあ行ってくるよ」
火と雷の姉妹が家を出た後、俺は学校に「家の事情で今日は欠席します」と連絡を入れた。
担任は「どゆこと?」と言及しようとしたが、「伊達絡みです」と言うと、「OKOK何日でも休んで」とあっさり引き下がった。
伊達の権力恐るべしである。
玲愛さんはというとTシャツを何着か見繕い、そのシャツの左腕から脇にかけてハサミで切断していた。
そして電動ミシンでガシャガシャ音を立てながら、切断した部分に糸を通していく。
「こんなものか」
その服は切断された部分にジッパーがつけられていて、開くと腕を通さなくても着れるように改造されていた。
まるで最初から脇ジッパーがついていたような出来栄えで、こんなデザインと言われれば納得してしまいそうだ。
「玲愛さん裁縫もできるんですね……」
「この程度、淑女のたしなみだからな」
玲愛さんが言うと、冗談で言ってるのか本気で言ってるのかわからない。
俺がシャツを着てみると違和感なく着ることができて、急場凌ぎの服が完成した。
「問題ないか?」
「はい、着心地も良く」
「なら次だ」
玲愛さんは再びガシャガシャと音をたてて、二着目の作成に取り掛かった。
意外な女子力の高さに驚いてしまう。
「玲愛さんって苦手なことってあるんですか?」
「料理は不得意だ」
「そうなんですか? 意外と爆発させたり、ダークマター作ったりとかですか?」
「あれはコメディ表現だろう。私が作ると味より効率優先になる。量は少なくして、栄養価とカロリーが高いだけの物が出来上がる。味は二の次だ」
「カロ○ーメイトみたいですね」
「あれとウィダーイン○リーは完成食品だ。それとサプリがあれば、私は食に困らない。しかしそれを世間一般では料理と言わないだろう」
「そ、そうですね。手料理でカロリーメイト出てきたら、さすがに困りますね」
なんとも玲愛さんらしいですが……。
「お前は料理ができる女が好みか?」
「いえ、できないより出来たほうがいいだろうなとは思いますけど、最近は料理できなくても困らないですし。なんなら俺がかわりに作ろうと思いますよ」
「火恋が聞いたら、私の役割をとるなと言いそうだ」
「雷火ちゃんは喜びますよ」
「あれはもう少し女を磨かせる必要がある」
「俺は天真爛漫な彼女が好きですけどね」
「本人の前で言ってやれ」
それは恥ずかしいので無理です。
「家事だと掃除や洗濯なんかは出来るんですか?」
「今は火恋と家政婦さんがやっているが、少し前までは私がやっていた。みくびるなよ」
「あぁ”お姉ちゃん”ですもんね」
玲愛さんはピクリと俺の言葉に反応すると、睨むようにこちらを見た。
「あっ、すみません。何か気分を害しましたか?」
「いや…………何でもない」
玲愛さんは、少し悲しげな表情でまたミシンを操り始めた。
一時間ほどで一週間分の服が出来上がった。俺はいいですと断ったのだが、外出用のジャケットまで作ってくれて、本当に頭が上がらない。
「玲愛さん自分のは作らないんですか?」
通称乳バンドと呼ばれるチューブトップ姿は、背中と肩が丸見えで、正直目のやり場に困る。
「問題ない。その気になればエプロンだろうが、水着だろうが、着れれば何だって構わん」
「そ、そうですか……」
見てる方には大問題ですが……。
「私服はOKだから、次は制服だ」
そう言うと彼女は車のキーを取り出した。
「明日学校に行けるように準備しないといけないからな」
玲愛さんのこの裁縫能力なら、きっと制服も上手い具合に改造してくれるだろう。
でも外に着ていく服がねぇ問題が解決しても、手錠で繋がったまま登校するのか? 問題にぶち当たる。
玲愛さんはバイオのジルスタイルで行くのかなと思ったが、軍服みたいな黒のトレンチコートを肩がけで羽織る。雰囲気に合わせてヒールの高いブーツを履いているので、悪の
「玲愛さん眼帯と軍帽被ってみません? 多分コスプレ勢歓喜ですよ」
「バカなことを言ってないで、いいから早く乗れ」
彼女の格好と真紅のスーパーカーが似合いすぎていて、海外映画のワンシーンのように見える。……隣に俺がいなければ。
車に乗り込むと、またユーロビートがかかりそうなスピードで公道をかっ飛ばしていく。
俺が高校入学時に利用した販売店に直接出向き、学生服の上着とワイシャツを購入した。
「ついでだ、私の水着も買って行く」
「火恋先輩達と行くんじゃないんですか?」
「あいつらの分はまた後で行く。私のを先に済ませてしまった方が、ゆっくり時間をとれるだろう?」
なるほど、確かに。
玲愛さんらしい、効率重視の話だった。
でも心なしか、声が上ずって頬も赤いような気もするが……気のせいか?
「でもそれだとデートみたいですね」
俺が茶化して言うと、玲愛さんは「そんなわけ無いだろう(超早口)」と音速で否定した。
「あの、水着を買うならお願いがあるんですけど」
「何だ? お前も水着が欲しいのか?」
「いえ、そういうわけではなく……」
「じゃあ何だ?」
「先ほどのお話でもあった、玲愛さんのエプロン姿が見てみたいなぁと、出来れば裸で」
「…………ここまで私を恐れない奴を初めて見る」
「出来れば水着の上でもいいので、何卒ご検討を! 水着透けエプロンを! 水着透けエプロンを!」
両手を合わせて拝みこむ。
押しの強さに呆れ顔の玲愛さんは、ため息を一つつくと「まぁ、新しいエプロンの買い置き、なかったなぁ……」なんて明後日の方向を見ながら、遠回しにOKを出してくれた。
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