第72話 叢雲藤乃の思惑

「最近のゲームって凄いのね」

「全くゲームに集中できなかったよ……」


 頬を染め「はぁっ」と艶めかしい息を吐く静さんと、恥ずかしげにチラチラとこちらを見やる火恋先輩。

 罰ゲームのカプセル筐体内で一体何があったかは、察しの良い人ならわらかるだろう。

 俺からは巨乳って重いんですね……とだけ言っておこう。


 イベントでグッズをしこたま買い込んできた雷火ちゃんと合流し、本日のゲーセンデート(?)はお開きとなった。

 静さんは自宅マンションに帰る前に、婆ちゃんの様子を見てくると言って喫茶鈴蘭へ。

 俺は一人マンションへと帰ると、玄関前で燕尾服を着た男性が待ち構えていた。


「あれは……藤乃さん?」


 にこやかな微笑みをこちらに向けるイケメン執事。

 本当に同じ生物なのかと言いたくなるほど、眉目秀麗で爽やか。

 しかし嘘かほんとかはわからないが、水咲家へ行ったときに好みのタイプが俺と言われてから警戒している。


「お待ちしていました、三石様」


 キラッと光る白い歯。


「お、お待ち?」

「はい。そこまで警戒しないでください。今日は三石様を待ち伏せて、襲いにきたわけではありませんから」


 今日は?


「ちなみに私はあまり強引なのは好きではありません」


 そんなことは聞いていない。


「はは……冗談きついですよ藤乃さん」

「フフッ、実は半分くらいは本気なんですよ」

「…………」


 なんなんだこの人は、からかいに来ただけってことはないと思うけど。

 藤乃さんは、やわらかスマイルのまま俺に四枚のカードを手渡す。


「何ですかコレ?」

「私のプライベートアドレスと電話番号です」

「ほんといらないです」

「冗談です。本日綺羅星お嬢様にお会いになられたと聞きまして」

「会いましたよ、って耳早すぎじゃないですか?」


 ついさっきの話だぞ。


「はい、いつも三石様を監視していますので」

「………………」

「そんな怯えたウサギのような顔をしないでください。すごく良いです95点くらいですよ」


 やべぇ奇術師みたいなことを言わないでほしい。


「今渡したのは私の連絡先と、お嬢様達の連絡先です」

「あぁ名刺ですか?」


 俺は一枚めくると、そこには高級そうな金縁のカードに、オシャレな書体でひかりの名前とメールアドレス、スマホの電話番号が記載されていた。

 もう一枚めくると次は綺羅星で、三枚目は藤乃さん。この人叢雲むらくも藤乃ふじのっていうんだ。名前カッコよすぎだろ。

 最後の一枚は水咲天と書かれていて、同じようにメールアドレスと電話番号が記載されていた。


「水咲テン……さん?」

「いえ、天と書いてアマツと読みます」

「水咲アマツさん」


 ラスボスみたいな名前してんな。

 月に星に……天か。


「そちらは水咲の長女にあたられるお方です。三石様はまだお会いになられていませんが……いえ、正確には過去に会っているので、初というわけではございませんね」

「会ってる?」

「はい」


 そんなすごい名前の人、会ったら覚えていそうだが全然記憶にない。


「何故これを?」


 俺は名刺をパラパラとめくる。


「必要になると思いますので」

「そりゃまぁ、連絡先はあったほうが便利だと思いますが……いいんですか? 主人の個人情報を渡してしまって」

「構いません。月お嬢様は三石様と親密な関係を構築したいと考えていますので。連絡の手段もなく交流など不可能です」

「それはそうですが、それなら月のだけで良いのでは?」


 ってか俺、月のライン知ってるけどな。


「否、三石様とは家族ぐるみお付き合いをしたいと考えていますので、水咲家との密接な交流が不可欠。ですので、他のお嬢様の情報もお渡しいたしました」

「はぁ……。俺綺羅星にめっちゃ嫌われてますけどね」


 俺から連絡なんかしたら、ストーカーきっしょと言われるのは目に見えている。


「時期を見て、お使いいただければと思います」


 イケメン執事は笑顔を崩さない。笑顔って意外と何考えてるかわからないもんだな。


「つきましては、お嬢様のことでお話したいことがございます。明日、六輪高校前にお越しいただいてよろしいでしょうか?」


 六輪高って、確か綺羅星の通ってる学校のはず。


「明日は土曜ですけど学校前なんですか?」

「はい、六輪高は明日も授業がありますので。三石様の学校はお休みですよね?」

「そうですけど」

「明日の予定も入っていないはずですね?」


 なんで知ってるんだよ。怖いな。


「まぁそうですけど……」

「では明日、六輪高前でお待ちしております」


 藤乃さんは優雅に会釈すると帰っていった。


「なんだろ六輪高ってことは綺羅星の話だと思うけど。それにしてもあの人、普通にしてたらとてもあっちの人だとは……」


 ペラリと藤乃さんの名刺をめくると、裏面にキスマークがついていて、つい握りつぶしてしまった。



 翌日、昼過ぎになって、俺は六輪高校前についた。

 六輪高校はスポーツ特待生が多く通う学校で、数々の有名スポーツ選手を輩出しているとか。

 校舎自体はごくごく普通の学校と大してかわらなかったが、でかい体育館や屋内プールが外からでも見て取れる。

 最新の練習設備を揃えているようだが、近年は相野の言うように、問題行為が多く風紀が乱れているらしい。


「確かになんかちょっとアレだな……」


 授業を終え校門から出てくる生徒が、スポーツ生徒というよりかは圧倒的にヤンキーの方が目立つ。

 金髪ピアスは当たり前で、野球部らしきユニフォームを着た生徒ですら、襟足の長いちょっとお近づきになりたくない人相。

 とてもグラウンドで甲子園目指しているようには見えず、どちからというと金属バット持って喧嘩してそう。

 ルーキー○的なガラの悪さがある。


「あれではGree○nの奇跡はかからんだろうな……」


 というかスポーツ校なら授業終わった後練習するものなのでは? 普通に帰宅してるが。


「三石様、こちらです」


 呼ばれて振り返ると、そこには昨日と同じく燕尾服に身を包んだ藤乃さんがいた。


「こちらにどうぞ」


 促されてついて行くと、六輪高校前の大きな道路を挟んだ向かいの喫茶店に入った。

 新規店舗なのか、真新しいカウンターで初老の男性がコップを磨いている。

 俺は藤乃さんに続いて窓際の席に座った。店内にはムーディーな音楽が流れ、窓からは六輪高校の校門とバス停が見える。


「こうしているとデートに見間違われるかもしれませんね」

「間違われませんよ!」

「あっはっは、本当に三石様は面白い」


 何がそんなに愉快なのか、笑いながら胸の前でパチパチと拍手している藤乃さん。


「それで、なんなんですか今日は? 綺羅星絡みだと思ってたんですけど」

「はい、正確には月様と綺羅星様ですが。少々お待ち下さい」


 チラリとバス停の方を伺う藤乃さん。


「来られましたね」


 藤乃さんが窓の外を指差すと、一台のバスがやってきた。

 そこから六輪高校とは別の制服を着た女子が降りてくる。

 俺はその制服に見覚えがあった。


「あれは確か朝女の……」


 そう呟くと、バスから月が降りてきた。

 どうやら今日はリムジン通学ではないらしい。


「あれ朝女の生徒ですよね?」

「はい。実はこの六輪高校前のバス停は、朝上女学院の生徒が乗り換えで使うのです。なのでバス停は朝上女学院の生徒と、六輪高校の生徒が同時に使用することになります」


 えっ……ってことは、スーパーお嬢様学校とヤンキー高校が同じバスに乗るってことなのか?


 藤乃さんが腕時計に視線を落とすと「時間ですね」とつぶやく。

 すると校門前にヤンキーやギャル風の六輪高校の生徒が出てくる。

 その中心にいるのは綺羅星で、どうやら学校内ヒエラルキーは高いらしい。

 今現在月はバス停でウフフオホホですわですわと、朝女の女生徒と会話しながらバス待ち中。そこに綺羅星を中心とした六輪高の生徒が向かっていく。


 あっ、これ鉢合わせするやつでは?

 

 俺の予想通りバス停の前で月のお嬢様生徒たちと、綺羅星含むヤンキー&ギャル生徒の群れが合流した。

 外からではバス停を挟んで、学校側に綺羅星含むヤンキー軍団、反対側に月のお嬢様軍団が対峙して、リーダー格の月と綺羅星がにらみ合っていた。


「なんか竜虎相対するって感じの構図になってますね」

「姉妹でも、かなり性格が違いますので。お互い受け入れられない部分が多いのでございます」


 藤乃さんは「少し会話を聞いてみましょうか」と言うと、トランシーバーのようなごつい無線機を取り出して、ダイヤルをグリグリとひねった。

 すると雑音混じりながらも、月と綺羅星の言い争いが聞こえてきた。


「これ盗聴じゃないですか?」

「違いますよ。たまたまお嬢様がお持ちになられている防犯ブザーに、発信機とマイクがついているだけです」

「この人恐いよ」


 スピーカーからザリザリと音をたてて、二人の怒声が聞こえてくる。

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