第73話 虫
俺と藤乃さんは、トランシーバーから聞こえてくる綺羅星の怒声に耳を傾ける。
「はぁ!? 学校から出てきて何が悪いのよ! 他校の
「関係あるわよ、あんたわかんないの? 六輪の生徒がどれだけ迷惑かけてるか? バス停前でタバコ吸うわ、バット振り回すわ、ウチの学院の生徒に声かけてくるわ」
「嫌なら別の道使えばいいじゃん。そっちがうちの学校の前に来てるのが悪いんでしょ!」
「勝手にここを六輪の敷地にしてんじゃないわよ! バス停は公共の場なの! ここを経由しないと駅に行けない子もいるのよ!」
月はツインドリルテールを逆立てて怒ると、同じく綺羅星も牙を剥く。
「そんなの知らない! じゃあ何、あーしらにここ使うなって言ってるわけ!?」
「ガラの悪い連中ぞろぞろ引き連れてくんなって言ってんのよ! しかもあんたがその中核になってんじゃないわよ!」
「あーしが誰と友達だって関係ないでしょうが!」
「友達? 笑わせるわね、皆あんたの持ってる
月は面白いものを見るような目で、喧嘩を見るヤンキーたちを見渡す。
「月だって似たようなもんでしょ! 自分の力だけでカーストの上位に上がったと思ってるの?」
「ふん、あたしはあんたと違って、友達にお金をばら撒いたりしないのよ。人をつなぎとめるのが親の金しかないって、ほんと底の浅いバカ妹ね!」
「ぐぐぐ……」
話は姉有利か……。
聞いてる限り、月が正論パンチで綺羅星をぶん殴っているようだ。
「ほんと、こんなバカそうな男取っ替え引っ替えして、あんたが妹だと思うと死にたくなるわ」
「ぐっ、月こそ彼女持ちの男追いかける趣味の悪いことやめたら?」
「そ、その話は今関係ないでしょ!」
優勢だったはずの月が一気に取り乱す。
「というか月なんかに好きになられる男、一目お目にかかりたいわ。どうせ趣味の悪い男なんでしょ? キモオタメガネとか」
やばいニアピン。メガネ以外合ってる。
月も俺を偽物の彼氏に据えているだけで、好意なんかないんだから堂々と否定すればいいのに。そう思っていると、トランシーバーからパンと渇いた音が聞こえた。
驚いて窓の外を見ると、さっきまで冷静だった月が腕を振り抜いていて、それを頬をおさえた綺羅星が恨めしそうに睨んでいる。
周りもまさか手がでるとは思っていなかったのだろう。唖然として誰一人動けずにいた。
「黙りなさい」
月の絞り出すような声。あれは完全に逆鱗に触れられた声だ。
「”それガチの奴”じゃん。男に狂ってんのはどっちだか」
綺羅星は低い声で吐き捨てるように言うと、踵を返しバス停を去っていく。それに続いて、取り巻きのヤンキーも後についていく。
残された月は、苦々しい表情で綺羅星を叩いた掌を眺めている。
「あの二人仲悪いって聞いてたけど、予想を超えて仲悪いじゃないですか」
「今までは月様の説教に、綺羅星様が聞く耳持たずという感じだったのですが、最近では同じ土俵に立ったようで今までより喧嘩が激しくなっています」
それはもしかして俺のせいなのか?
月は彼氏を作って、綺羅星と対等に話し合いたいといっていたがこれでは逆効果な気がする。
「もう彼氏できたって嘘でしたーって言っちゃったほうがいいんじゃないですか? 余計こじれてる感ありますよ」
「いえ、綺羅星様がようやく月様を敵と感じ始めたので、これでいいのですよ」
「はぁ?」
主人同士の喧嘩をこれで良いと言うのか。
「それはそれとして、綺羅星様を追いますよ」
「月はいいんですか?」
「月様は芯の強いお方です。綺羅星様の方が繊細です」
ジュースやコーヒーを頼んでいたが、藤乃さんはカウンターをスルーして喫茶店の外に出る。
「お金払わなくていいんですか?」
「あそこは水咲のお嬢様監視ポイントですので」
「いや、マジで水咲こえーよ!」
伊達も怖いけど、ここまで露骨じゃない。
俺と藤乃さんは、約40メートル程離れて綺羅星たちの後をつける。
「結構離れてますけど大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。GPSもございますので見失うことはありません。それに私の燕尾服は少々目立ってしまいますので」
「いや、尾行するなら着替えてくださいよ!」
「あっはっは、本当に三石様は面白い」
なにわろてんねん。
綺羅星は男子集団を連れて歩いていたが、学校近くの繁華街につくと、「しっしっ解散解散」と取り巻きを追い払った。
多分男子生徒達も、今日の綺羅星の機嫌の悪さから退散した方がいいと思ったのだろう。ヤンキーたちは繁華街で散り散りになっていく。
綺羅星は一人になると、スマホ片手に繁華街を進む。
「どこ行くんですかね?」
「これからお嬢様は、意中の男性と接触なさいます」
「なんでそんなこと知ってるんですか?」
「これでも執事ですので」
黒○ツジみたいなこと言いおって。
「意中ってことは、綺羅星好きな人いるんですね」
「あの年頃の少女は恋が多いものでございます。特にお嬢様のように不安定な方は……」
確かに綺羅星のような、外交的な女の子に彼氏がいないはずがない。
「デートなら二人っきりにさせてあげましょうよ。喧嘩後ですし」
「いえいえ、ここからが本番です。私が見せたいのはこのデートなのです」
なぜ俺に主人のデートシーンを見せたいのだろうか?
彼女は繁華街内にあるコンビニ前でしゃがみこむ。そこが待ち合わせ場所なのか、鏡でまつ毛を直したり、リップを塗ったり、ピアスをいじったりしていた。
しばらくすると六輪高校の制服を着た男子生徒が、綺羅星に向かって手を上げながら近づいてきた。
男子生徒はなかなか体格が良く健康的なスポーツマンタイプで、さっぱりとした短髪、身長180くらいの野性味あるイケメンだった。
「あれが彼氏ですか?」
「はい、六輪高校二年普通科所属、
「どんだけ調べてんですか?」
調査業者より詳細な情報を並べられると、さすがに引く。
「お嬢様に近づく虫ですので、このくらい当然かと」
得意げに言う藤乃さんだが、俺は少し引っかかった。
「虫……ですか?」
「………………」
俺が聞き返すと、藤乃さんは驚いた顔をして、目をパチパチと瞬かせた。
「そうですね、失言でした。お嬢様の大事な友人に虫は失礼でしたね」
珍しい驚き顔から、すぐに甘いスマイルに戻る藤乃さん。
「あんまり藤乃さんって人のこと悪く言わなさそうだったので」
「それは光栄ですが、私も人の子ですので」
この人ずっと笑顔のポーカーフェイスなので感情が見えなかったが、やはり主人のことになると感情が表に出てくるらしい。
人間らしい一面を見て、逆に安心した。
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