第74話 財布

 恐らく藤乃さんは山ノ井に対して良い感情を持っていないのだろう。


 さっきまで不機嫌だった綺羅星キララの姿は跡形もなく、サイドテールの髪をいじりながら笑顔の花を咲かせている。

 対する山ノ井は、彼女と会ったと言うよりかは男友達と待ち合わせていた感じで、その顔は落ち着いている。

 デートの様子をこっそり覗いていると、段々申し訳ない気持ちになってきた。


「いやー藤乃さん、俺たち完全にただの出歯亀野郎ですよ」

「いえいえ、まだ始まったばかりですので」


 綺羅星と山ノ井は話が終わったのか、二人で歩き始めた。

 お互い手をつなぐ程の仲ではないのか、肩がくっつくかくっつかないかくらいの距離を保って並んで歩いている。


「いやぁ、これこそ青春なんじゃないですか? 見た目はスポーツマンとギャルの陽キャデートですよ?」

「フフ、果たして本当にそうでしょうか?」


 藤乃さんは意味深な笑みを浮かべる。

 俺たちはゆっくり二人の後をついていくと、彼女たちは大型百貨店へと入っていく。

 俺たちもそれに続くと、二人が向かったのはスポーツ用品店だった。


 スポーツ用品店の一つ隣、乳児用品店で哺乳瓶両手に彼女達の行動を見守るオタと執事。

 山ノ井は楽しそうにサッカーのスパイクやサポーター、レガース等を見ている。

 スポーツ好きなら、スポーツ用品店は宝の山だろう。俺もゲームとかマンガとか、お店で見てるだけで超楽しい。

 しかしその反面、綺羅星はあまりサッカーには興味がないようで、テニス用のラケットを眺めていた。


「ごくごく普通の買い物デートにしか俺には見えませんけど?」


 俺は藤乃さんに聞いてみるが、柔らかいスマイルを返されただけだった。一体俺に何を見せたいのか? そう思っていると、綺羅星から大きな声が上がった。


「ショーヘーこのラケットどうかな? 良いと思う?」


 綺羅星は楽しそうに、ガットの入っていないラケットをスイングさせる。


「いいんじゃないか?」


 気のない返事がサッカーグッズ売り場から聞こえる。

 ちなみにサッカーグッズ売り場は、野球用品とバレー用品と卓球用品をまたいだ、実に棚三つ分挟んでの会話になる。

 ようは返事だけで、見ていないのだ。

 俺は少し首を傾げたが、好感度が上限に達したカップルならそういうこともあるのか? と思った。知らんけど。

 まぁ俺が雷火ちゃんや火恋先輩にテニスしたいって言われたら、じゃあ一緒にウェア見に行こうかって言うと思うけど。

 ウェアが決まったら、次はアンスコ見に行こうかって言ってエッチぃって言われるまでがデートのテンプレ。


「じゃ、じゃーあーしこれにするねー?」

「おー……」


 倦怠期の夫婦かと思ってしまうくらいに返事は適当だった。


「ちなみに、お嬢様はテニスをしたことがありません」

「じゃあ何でラケット買ったんですか?」

「テニスに限りません、この前はラクロスでした。その前はスケートシューズ、その前はアーチェリー、その前は新体操用のクラブ。砲丸の鉄球を購入された時は、さすがに私も驚きましたね」


 藤乃さんの表情はにこやかだ。これ以上ないくらいににこやかだ。

 だが微塵も”笑っていない”。


「あー……」


 俺がなんとなく察していると、綺羅星は購入したラケットを持って、嬉しそうに山ノ井に近づいていく。


「ど、どぉかな?」

「いいんじゃないか、よく似合ってるぜ」

「そ、そうかな?」


 山ノ井の一言で、嬉しそうにはにかむ綺羅星。


「あ、あーし、あんまりテニスやったことないんだよね……」


 藤乃さんの言った通り、綺羅星はテニス経験がないようで、頬を赤くしながら上目遣いで山ノ井の方を見る。

 彼女は「やったことないから一緒にやらない?」と言いたいのだ。俺はギャルゲに詳しいからわかるんだ。

 綺羅星はスポーツをやりたいわけではない。ただ相手の興味を惹きたいだけ。

 あれだけ派手な外見をしていて、なんともいじらしい恋愛をするじゃないかと思っていたが、当の山野井の方は……。


「そうなの? お前、この前もやったことない道具買ってなかったっけ?」

「あ、あれ? やっぱりあーしラクロスのルール覚えらんないや」

「はは、使わない道具いっぱい揃えてバカじゃないのか?」


 アッハッハと体育会系よろしく、大きく笑う山ノ井。

 藤乃さん俺の肩そんなに強く掴まないで、超痛い、マジ痛い、本気で痛い、イケメンって握力まで強い。


「あ、あはっ? あーしバカだからさ、ついいろんなの揃えちゃうんだよね」

「金持ってんなぁ、マジ綺羅星の家羨ましいよ。頭悪くても親が金持ちなら勝ち組コースだし」

「そんなことないよ? あーしにも結構色々悩みとか……あるしさぁ」


 両手の人差し指を合わせてイジイジする綺羅星。

 これは私の悩み聞いてフラグ。ここで話を聞くとルート分岐する。俺はギャルゲに(以下略


「そうなんだ? じゃあこれよろしく」


 そんなフラグも萌えポーズを無視して、どさっと彼女の上にスポーツ用品が乗せられる。

 新品のスパイクにレガース、制汗スプレーやキーパー用のハンドグローブ、某海外有名チームのレプリカユニフォームなど。

 綺羅星は少し困った顔をしながらも。


「また、貸しでいい?」

「いい、オッケーオッケー」

「じゃ、じゃあ」


 綺羅星は自分のスマホを手渡すと、山ノ井は彼女のスマホでどこかに通話をはじめた。


「うん、オッケー話ついたぜ」

「そ、そう? じゃあ買ってくるね」


 綺羅星は会計をすませて山ノ井に商品を手渡す。


「サンキュー」


 彼女の顔は笑ってはいたが、どこか痛々しい。


「……………………」

「いかがなさいましたか? 三石様」

「……あいつキーパーでしたっけ?」

「いえ、先ほど言った通りミッドフィルダーですよ? ポジションが転向する予定は現在はないようです。しかし三石様、突っ込みどころはそこではないのでは?」


 俺は渋い顔をしながらも、頭をガリガリとかく。いや、まだ様子見だ。

 

 綺羅星が一括で払って、店を出てから払うかもしれない。

 まぁどうせこの執事はこの先どうなるかを知っているんだろうが、まだだ、まだ慌てる時間じゃない。


 俺は苦い顔をしながら、藤乃さんは変わらず笑顔を顔に貼り付けて、彼女たちの後についていく。


 その後もあまり代わり映えのする内容ではなかった。

 綺羅星はひたすら放置された後に会計の時だけ呼ばれる。

 なるほど、財布扱いってどういう意味かイマイチよくわからなかったけど、こういうことなんだなって理解した。


「なー執事、もう帰っていい? 俺なんか胃が痛くなってきたんだけど」


 さっきからずっと気の毒になるようなシーンばかり見せつけられて、もう帰して下さいと懇願してみるも、藤乃さんの柔らかスマイルに阻まれる。

 そのうちに藤乃さんに対しての口調も砕けてくるようになってきた。


「ダメです、最後まで見届けてください」

「勘弁してくれぇ~」

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