第71話 自分のことを英霊だと思いこんでいるオタ

 エアホッケーのルールは至ってシンプル。相手より先に10点取ればいいだけ。

 お金を入れると、火恋先輩サイドに円盤型のパックが排出される。


「では行くよ」


 火恋先輩はパックを打つやつ(マレットと言うらしい)で、パックをカーンと打ち出す。

 勢いの乗ったスマッシュ。的確なコントロールで、パックとゴールの距離が凄い勢いで縮んでいく。だが、単純な直線軌道ではゴールできない。

 俺は素早くゴールをガードして弾き返す。

 パックは外枠に当たるとカンカンと反射し、そのまま火恋先輩サイドのゴールに吸い込まれていった。


「ぃよっし!」

「しまった!」

【GOAL!!】


 台から合成音声の歓声が「ワー!」っと響き、デジタルのスコアボードに1-0と映し出される。

 俺がニヨニヨ笑うと、火恋先輩はぐぐぐとマレットを持つ手を震わせる。

 その後焦った火恋先輩は激しいシュートを見舞うが、全て俺のガードに弾かれカウンターでゴールを決められていく。

 こちらも何度かミスはしたものの得点経過は5-2と、俺の有利で折り返す。


「あら、あらあらごめんなさい。また入っちゃったわ」

「大丈夫です義姉上、お気になさらず」


 2度めの静さんの自殺点オウンゴール

 エアホッケーにはある程度必勝法があり、それはマレットをほとんどゴールから動かさないことである。

 大ぶりしてマレットがゴールから離れれば離れるほど、カウンターをくらったときに失点を許してしまう。

 火恋先輩はまさにそれで、強力なシュートを決めようとして大ぶりになりゴールががら空きになってしまっている。

 静さんの方は頑張って、飛んでくるパックに反応して打ち返そうとするが、返ってパックの乱反射を招き自殺点を誘発している。

 そう、初心者との戦いはゴールを守ってるだけで勝手に相手が自滅してくれるのだ。


【GOAL!!】


 パックがゴールに突き刺さり、これで6-2。


「ユウ君ほんと上手ね。お姉さんにも教えてほしいわ」


 負けていても楽しそうな静さん。


「義姉上のんきなことを言ってる場合ではありませんよ。このままではよくわかりませんが、何か嫌な予感がする罰ゲームをさせられてしまいます」


 なかなか鋭い。

 俺は右目にかかった前髪をかきあげながら、ニヤリと笑みを浮かべる。


「すみません火恋先輩、静さん。実は俺このエアホッケー得意で、勝率6割くらいあるんですよ」

「ぐっ、そこまで勝ち誇れるような勝率じゃない……」

「普通よりちょっと強いだけね」

「人は俺のスマッシュをこう呼びます。……刺し穿つ稲妻のパックゲイ・ボルク(自称)と」

「くっ、私はそんなダサい技にやられているのか……」

「因果を逆転させ、打たれたと思った時にはすでにゴールに刺さってるんですよ。もう……既に始まる前から未来ゴールは決まっているんです」


 俺は静さんの放った弱々パックをがっちり受け止め、マレットの下に挟み込む。


「見せますよ、俺の……ゲイ・ボルクを」


 俺がゴールを見据えゲイ・ボルク(自称)を放つと、パックは外枠にカンカンカンカンと乱反射し、相手ゴールに突き刺さった。

 二人はあまりにも激しいパックの動きに反応できず、ディフェンスすることすらできなかった。


【GOAL!!】


 俺は目をつむり、人差し指で天を指す。


「神話再現……完了」


 スコアボードには7-2と表示される。


「くっ、完全に悠介君が痛いオタクと化している……」

「火恋先輩、静さん。次は俺の本気、三石悠介120%の力を見せます」

「なっ!? 今まで本気じゃなかったのか!?」

「すみません、俺が本気だすとガイアが輝き出すんで。申し訳ないです」

「は、はったりだ!」


 火恋先輩はパックをスマッシュすると、俺はその軌道を完全に読みカウンターを仕掛ける。


刺し穿つ稲妻のパックゲイ・ボルク!」


 カウンターは成立し、再びパックはゴールに突き刺さる。


【GOAL!!】


『8-2』


「古い物語にも飽きたので、そろそろ次の神話を作っちゃいますか……と」

「君カードゲームの時といい、ノッてくると別人格が出てきてないか!? しかも結構痛い!」

「そんなことより何か作戦をたてないとまずいんじゃないですか? じゃないと再びその心臓ゴールにゲイ・ボルクが突き刺さりますよ」

「君、もうただゲイ・ボルクって言いたいだけだろ! ……ぐっ、タイム!」

「認めましょう」


 火恋先輩と静さんは何か耳打ちしあう。


「そ、そんな!?」

「それしか彼に勝つ方法はありません」

「……わかったわ」


 おやおや、何か起死回生の策でも思い浮かんだのかな?

 まぁ俺の一撃必殺の魔槍の前では、どんな策も意味をなさないが。

 二人はなぜか荷物を持ってトイレへと向かうと、10分ほど放置プレイをくらった。


「えぇ……もしかして作戦って、俺を心理的に焦らせること?」


 これまさかと思うけど、二人共帰ったとかないよね?

 隠れんぼの鬼したら、隠れてた奴用事で家帰ったとか。わりかし鬼側は心に深い傷を負うアレ。

 そう思っていると二人が帰ってきてくれた。

 良かった嬉しい。それだけでもう俺の負けでいい。

 そう思っていると俺は二人の姿を見て、目を見開く。


 火恋先輩は紫のピッチリボディスーツの退魔忍。静さんはヴァンパイアセイバーのサキュバスコスをして帰ってきたのだから。


「え、二人共……」

「こ、これが君を倒す戦略だ」


 ふーん、なるほどね。色仕掛けできたわけですか。

 でも火恋先輩、見た目で動揺を誘うなんて甘い甘い。

 ぴっちりスーツでおっぱいの形がくっきりわかったり、胸元がぱっくり開いたサキュバススーツで爆乳が零れそうなくらいで、俺のゲイ・ボルクが鈍るとでも?


【GOAL!!】


「8-3だね」


 ばっちり鈍っていた。


「くっ、視線がパックじゃなくておっぱいを追いかけてしまう!」


 クソ、こんなところで負けるわけにはいかないんだ!

 心を落ち着けろ、冷静になれ。

 エッチなコスをしてきたところで、相手の技術レベルが上ったわけじゃない。

 俺は排出されたパックを外枠に打ち付け、カンカンと反射させながらゴールを狙う。

 必殺必中の稲妻軌道ライトニングロード、そのゴール今度こそ貰い受ける!

 だが――


「なん……だと?」


 驚愕に口が勝手に開く。

 完全にゴールを捉えたはずのパックはポインと跳ね返され、火恋先輩サイドで勢いを完全に失う。

 ドンっとゴール中央を塞ぐのは肉の壁。静さんの尻のようなおっぱいが、ゴールの3分の2を塞いでいるのだ。


「義姉上はゴール前で、ただ前傾姿勢になっているだけだ。卑怯とは言うまいね?」

「ぐっ、鉄壁のディフェンス……名付けるならそびえ立つ乳の城パイ・オブ・キャメロットと言ったところか……」


 火恋先輩、動けない静さんを完全に壁役として割り切ったな!

 いや、俺のマレットがほとんどゴール前から動いてないことに気づいて学習したと言うべきか。


「さぁ我々の反撃を受けてもらおう」


 そこからは一方的な試合だった。

 パックを打つ火恋先輩の胸が揺れ、反対に打ち返しても静さんの乳がプルンと揺れる。

 その度に俺の動きが硬直し、攻撃もディフェンスもおろそかになる。

 というかパイ・オブ・キャメロットはマジで反則だろ! 両サイドに1パック分くらいの隙間しかないぞ!


【GOAL!!】


 スコアボードには8-9と表示される。

 点差を逆転され、火恋先輩ペアのマッチポイント。


「俺は……負けるのか?」


 俺の神話が……崩れ……る……。


「さぁ終わりにしようか。そして気づかせてあげよう、君は英雄でもなんでもないただのオタクだと」

「嘘だ! 俺のゲイ・ボルクは負けない!」


 絶体絶命のピンチに、俺の頭の中で種がパリーンと弾けた。

 パックをマレットの下に挟むと、”両手”のスナップをきかせる。


「俺の必殺がパイ・オブ・キャメロットに弾かれるというのなら、こちらがさらなる進化をするだけだ」


 俺は”2つ”のマレットゲイ・ボルクを握りしめ、必殺の一撃を放つ。


刺し穿つ双雷のパックゲイ・ボルクW――」


 2つのマレットに弾かれたパックは、通常ではありえない空中軌道を描きパイ・オブ・キャメロットのわずか数センチ左に突き刺さった。


【GOAL!!】


『9-9』

 まだ終わっちゃいない。逆転の逆転を目指す。


「俺の神話はこんなところで終わらないんですよ」


 マッチポイントでお互いにらみ合う。パックは現在火恋先輩のマレットの下。


「今の一撃は見事なものだった。まさか2P用のマレットを同時に使うとは思わなかったよ」

「終わりにしましょう先輩……。この聖戦たたかいを」


 火恋先輩も必殺の一撃スマッシュで来ることだろう。俺はその必殺を受け止めて全力のカウンターを返し、後の先を制する。ただそれだけ。

 火恋先輩が大きく深呼吸する。

 そして一拍あけてから、彼女の目がカッと見開かれた。


 来る――


 マレットが大きく振りかぶられた瞬間だった。


「お客様、当店ではコスプレでの入場を禁止しております。申し訳ありませんが、着替えるかもしくは退店願います」


 困った顔をした店員さんに声をかけられ、ようやく俺たちは他の客の視線を集めていることに気づいた。

 そりゃこんなエロい格好した二人が、必死になってエアホッケーしてたら視線も集まるだろう。


「す、すみません着替えます……」

「先輩、勝負は?」

「わ、我々の負けでいい」


 その後着替えてから一応ラストマッチを行ったが、俺が普通に勝った。





―――――

ゲイボルクとパイオブキャメロットが言いたいだけの、新規書き下ろし回でした。

罰ゲーム回は多分ないです。


20万PV超えました、ありがとうございます。

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