第98話 ぐにゃあああ

 山野井を残し、二人は日の落ちたアリスランドを立ち去っていく。

 俺も二人に続こうかなと思うと、肩がポンと叩かれた。

 振り返ると、そこにはもじゃもじゃ執事の藤乃さんがいた。


「三石様、これ以上ないくらいに最高の結果でございます。お嬢様達を和解させ、あくまで綺羅星お嬢様の意思によって山野井君と決別させる。綺羅星お嬢様に勇気を与えたのは、間違いなく三石様のご活躍あってのことでしょう」

「いや、本人の頑張りだけで、俺は外野でガチャガチャしてただけですよ」

「ご謙遜なさらず。わたくしその素晴らしい手腕に不覚にも勃○してしまいそうに……」

「ォィイイ!! 台無しかお前は! ここまで姉妹雪解けの綺麗な流れできてたのに、あんたの一言で台無しだよ!」

「はっはっは、本当に三石様は面白い」


 何も面白いことなんか言ってないと思う。笑い終えると藤乃さんは甘いマスクのまま、さてと山野井に振り返った。

 彼が周囲の黒服に目配せすると、水咲SP達は山野井を円形に取り囲む。


「綺羅星お嬢様から債権回収の命が出ましたので、これより山野井君、正確には山野井君のご両親がお借りになられた水咲家への債務手続きを行います」

「えっ、それってつまり?」

「借りたものは返すが世の常識でございます。山野井君が綺羅星お嬢様からお借りになられた金額も、352万9802円と高額ですので。こちら回収させていただきます」


 借金こえぇ! てかこいつ金使いすぎ。


「そんな、あれは綺羅星が俺に奢ってくれたもんだろ!」


 黒服に囲まれ泣きそうな山野井は、情けない声で訴えるが藤乃さんはそれを柔らかな笑みで返す。


「はい、山野井君の借金を綺羅星お嬢様が助長させていた事は確かですので、その辺は考慮させていただきます」


 その言葉にほっとしたのか、山野井の顔にはいくらか安堵が浮かんでいた。


「ですので、端数と利息に関しては撤廃させていただき、ジャスト300万の返済をお願いしたいと思っています」


 おぉ50万も負けてくれるのか。良心的だな……良心的かな?

 藤乃さんは馴れた手つきで書面と電卓を取り出し、返済事項や法律のことなどをペラペラと説明し始めた。


「――以上で説明を終了させていただきます。何かご質問等ございますか?」


 聴き終わった頃には山野井は真っ白になっていた。

 俺も話は難しくてよくわからなかったが、とりあえず300万返せってことだけはわかった。


「山野井様は学生と言う身分ですので、3年間で100万円の返済をお願い致します。月々3万円以下の返済額になりますので、きっちりバイト等していただければそう難しい額ではございません」


 わずか数ヶ月で出来た借金が、返済には9年もかかるってことか……。借金こわっ。


「もし働き口にお困りでしたら水咲が斡旋いたしますので、お気軽にお声をおかけください。土木関係はいつでも人手不足でございますので」


 それ知ってる、地下帝国作る為に強制労働させられるやつだ。


「学生という立場で、300万以上も融資してくれるところなんてございませんよ。しかも利息0という驚きのホワイトさ。良かったですね」


 爽やかに山野井の肩を叩く藤乃さん。

 そりゃ学生に返済能力がないからだろと言いたい。今になって、高額なキーパーグローブやレプリカユニフォームが頭の中に浮かんでいることだろう。あれ……高いもんな……。


「それでは今まで説明したことと返済計画を書面に致しますので、事務所の方までお越しください」


 山野井は黒服に脇をかためられ、泣きうめきの声を漏らしながら連れて行かれた。

 自業自得とはいえ気の毒な気持ちになる。


「え、えげつないですね」

「先程も言いましたが、借りたものは返すが世の理となっていますので」

「全額回収できるんですか?」

「無理でしょうね」


 あっさりと言ってのける藤乃さんに驚いてしまった。


「あれ? 言い逃れできないように買い物する時、親に電話させてたんじゃないんですか?」

「日本には未成年を借金から保護する法がありますので、いくら両親に電話で借金をしていいか? と許可をとっていたとしても、親が冗談だと思ったと言えば、踏み倒すことは可能です」

「えっ、じゃあ?」

「ただの脅しでございます」


 そうにこやかに言ってのける藤乃さん。やっぱり水咲こえぇよ。


「こうすればお嬢様に二度と近づくことはないでしょうし、逆上してリベンジを企てることもないでしょう? 虫は殺虫剤をまいておかないと、また寄ってきたりしますからね」


 多分この人水咲で一番恐い人だな。笑顔でニッコニコしてるやつが一番恐いって婆ちゃん言ってたし。


「しかしながら彼のご両親は、とあるソフトウェア会社勤務なのですが、実はそこ水咲の孫会社でして」


 フフフと笑う藤乃さん。


「えっ? もしかして、あいつ親会社の社長娘にたかってたんですか?」

「面白いでしょう?」


 面白くねーよ! 超こえぇよ!


「もしかしたら耳を揃えて返ってくるかもしれませんね」


 ウフフなんて笑ってるが、絶対この人全部わかっててやってるだろ。

 親会社の社長娘イジメてたかってたとか、親が知ったら卒倒する話だ。

 サービスで端数切り捨てにしたけど、多分満額返ってくるんじゃないか?


「それはそうと三石様、全員集まりましたよ。結果が良好と聞いて、今こちらに向かっています」

「本当ですか?」

「はい、ですのでお嬢様の元へお急ぎください」

「ありがとうございます」


 俺は今回のデートで朝に一つお願いをしていた。

 その内容は綺羅星軍団に、もし山野井と綺羅星の関係が切れても、友達でいてくれるなら連れてきてほしいと。

 山野井がいなくなった後、彼女の居場所を作っておかなければならないと思ったからだ。




―――――――――――

次回で水咲姉妹編は完結となります。

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