第99話 試されるオタの空気読み
◇
俺がアリスランドの外に出ると、
山野井の前では平然を装っていたが、やはり綺羅星からすればどんなに酷い相手でも失恋には違いない。
姉妹で何やら語り合っているようなので、そこに俺が入るのは無粋というものだろう。
ビューっと冷たい風が吹き、肩をすくめた。冬の澄んだ夜空には月と星が輝き、優しい光を放っている。
ホットの缶コーヒーを買って、俺は目立たないところでしゃがみながら、綺羅星軍団の到着を待った。
30分ほど経ったくらいだろうか、大型バスがファンファンとクラクションを鳴らしながらやってきた。
入場ゲート前に停車すると、そこからわらわらと出てくる綺羅星軍団。
六輪高校の制服を着たヤンキー&ギャルたちに笑顔はなく、どうやら事情は把握しているようだった。
彼らは状況を飲み込めずポカンとする綺羅星の前に立つと、深く頭を下げた。
「えっ? 皆、どしたの?」
先頭で頭を下げる明君が大声で謝罪する。
「今まで辛い時見て見ぬ振りして、すみませんでしたぁ!」
「「「「すみませんしたぁ!」」」」
野太い声が響く。本音では彼らも山野井から綺羅星を助けたいと思っていたんだろうな。
「一緒になって奢ってもらって、すみませんでしたぁ!」
「「「「すみませんしたぁ!!」」」」
「誰も正しいこと言えなくて、すみませんでしたぁ!」
「「「「すみませんしたぁ!!」」」」
「そんなどうしようもない友達失格な僕達ですけど、また一から友達になってもらっていいでしょうか!」
「「「「いいでしょうかぁ!!」」」」
その言葉を聞いて、またぶわっと泣き出してしまう綺羅星。
友達作るのに金なんかいらないんだ。山野井なんかいなくても、彼女に居場所はある。
最悪コミュニティ崩壊も想定していたけど、どうやら良い方向に転びそうだ。
「良かったな、もう一人じゃなくて」
俺はチラリと無言で隣に立つ執事を見やる。
「彼らからも借金回収するんですか?」
「彼らへの貸与額は多くても一人3万円程度なので、必要ないと思ったんですけどね。バスの中で皆自主的に返還したそうですよ」
そっか、まぁその方が一から友達になるって意味ではいいか。
良かった良かったと思って頷いてると、綺羅星が涙声で全員の声を遮った。
「皆ありがとー! 皆が友達でいてくれるって言ってくれて、あーし本当に嬉しい! 友達の皆に聞いてほしいことがあるんだ」
ざわざわとどよめく取り巻き集団。
「皆聞いてるかわからないけど、今日ショーヘーとお別れした。もう二度と一緒にいることはないと思う。ショーヘーはね、皆を呼び集めてくれた人だから、ほんとはバイバイするの凄く辛かった……辛かった……」
涙声の綺羅星。多分彼女は人より情が深いんだろうな。
山野井のポジションが明君だったら、もっとあのコミュニティはまともだっただろう。
もしかしたら健全なカップルになっていたかもしれないな。
綺羅星の声を聞いて、彼女と似たようなギャル系の少女たちがもらい泣きしている。
「でもね、あーしはそれでやっと前に進めたと思う。あーしを前に進ませてくれたのは姉の
ん……?
あれ? 何やら話がおかしな方向に……。
「あーし今からダーリンに告白するから、友達の皆には見ててほしい!」
ざわざわとどよめいた集団だが、ぴたっと声がやんだ。そして約一秒後に。
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
唐突な告白宣言に超盛り上がる綺羅星軍団。
「頑張って綺羅星ちゃん!」
「俺たちもそうなってほしいなって思ってたんですよ!」
「三石さんなら大丈夫だ!」
急に白羽の矢が頭に突き刺さり、矢ガモ状態の俺。
綺羅星は涙を浮かべながら、皆にありがとうと言いながら握手している。
いやだから何なんだこれ。さらばショーヘー涙のお別れ会から、綺羅星愛の告白会にかわってるんだが。
これアカン奴やと俺が撤退を決め込もうとしていると、綺羅星と目と目が合ってしまった。
「あっ、ダーリン」
取り巻き集団の目が一斉にこちらを向くと、軍団どもが俺に向かって殺到し退路を塞いできた。
「兄貴! 兄貴!」
「兄貴と呼ばせてください!」
「綺羅星さんをお願いします!」
「見た目と頭は軽いですけど、凄く純情な子なんですよ!」
「兄貴、幸せにしてあげてください!」
「兄貴抱いてください!」
おい待てバカ共、兄貴って呼ぶな。なぜ俺が既にOKした体で話が進んでいる。
「みんなーちょっとどいてー」
綺羅星がそう言うと、うじゃうじゃと群れる集団がさっと割れた。
そこをカツカツとブーツの音を鳴らして、綺羅星が歩いてくる。
日焼けした肌に化粧盛り盛りの、清楚という言葉に笑顔で中指立てそうな陽キャギャル。
この寒い中薄手のキャミソールに、水着みたいに切れ込みの鋭いマイクロデニムのホットパンツ。
ヘソや下尻の出た、人によっては下品とも思われる露出度で、陰キャオタクとはエロゲ以外では無縁の存在Theギャル。
リアル界無敵の存在は、告白が失敗するわけがないという、自信に満ちた足取りと眼差しでやってくる。
「ダーリン……」
「お願いダーリンやめて……」
彼女の熱を帯びた視線に、俺はガクガクブルブルと震える。
「ダーリン、あーしと……付き合って」
綺羅星は頭を深く下げ、よろしくお願いしますと握手を求めるようにその手を伸ばす。
取り巻きの綺羅星軍団は、藤乃さんから手渡されたクラッカーを持って祝福の準備態勢入っていた。
そういう雰囲気でOKさせようとするのやめろ!
すると彼女の手は両手で握り返された。綺羅星はパッと顔を明るくして正面を見やる。
「やった! ダーリン、幸せな家庭を作ろう……ね?」
「まずはお友達から始めましょうね。あとダーリン呼びはやめなさい」
彼女の手をとったのはニコニコ顔なのに、こめかみには怒筋が浮かんでいる月。
「月姉、今大事なとこなの。邪魔しないで」
「は? あたしの男寝取ろうとして寝ぼけたこと言ってんじゃないわよ」
二人の視線がぶつかり、バチッと火花を散らす。
あっ、始まる。
俺の予想通り、二人は人目をはばからず派手な姉妹喧嘩を始めたのだった。
「ほんとはダーリンと付き合ってないくせにぃ!」
「付き合ってますぅ! あんたも人のモノ欲しがる癖治ってないわね!」
「ダーリンは初めて本気であーしが欲しいって感じた人なの!」
「なお悪いわ! 諦めて違う人間探しなさい!」
あーあ、ダメだこりゃ。収拾つかねぇや。
「月ぃぃぃぃ!!」
「綺羅星ーー!!」
「あんたが!」
「あーしの!」
「「敵よ!!」」
さっ、帰ろっかな……。
「兄貴、止めて下さい!」
「兄貴!」
「先輩!」
「俺に言うな!!」
縋り付いてくる綺羅星軍団。……まぁでも大丈夫だろう。
言い争ってる二人の顔には笑みがこぼれている。
「仲良く喧嘩してるならいいだろ」
こうして水咲姉妹の冷戦は終わった。
また新たな戦争が始まったような気がしなくもないが。
その件に関しては俺は知らん。
水咲姉妹編――――――了
――――――――――――
長かった水咲姉妹編がこれにて完結となりました。
文章量的にはオタオタ3巻が読了ということになります。
次回は玲愛編なのですが、かなり修正が必要で、その前にいくつか新規のキャラエピソードを挟みたいなぁというのが心境です。
ちょっとまだどうするか決めてないので、次回更新を見てもらえればと思います。
ここまでで面白いと思っていただけましたら、フォロー、星、♡、感想など残していただけると幸いです。
好きなキャラを感想で残すと出番が増えるかもしれません。増えないかもしれません。
それではまた次章でお会いいたしましょう。
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