第258話 月はオタク嫌い Ⅸ
水咲遊人は社長室にて、優雅にモーニングコーヒーを飲みながら、メールと経済新聞のチェックを行っていた。
「うーん、またウチの株価上がってるねぇ」
自社の株価変動を見ながら、遊人はご満悦だった。しかし気になることが一つ。
「さすがに上がり過ぎじゃないこれ? 昇り龍じゃん」
そう、株価が多少上下するのはいつものことであるが、今日はまるで新作ゲームの発表でもしたかのような上げ幅である。
第3開発はリリースを終えたばかりだし、第1のアーケードの大型バージョンアップは来月のはず。
第2はトラブルが続いて開発に遅延が出ているので、本来なら緩やかな低下になるはずなのだが。
「こんなに株価上がること何かやったかなぁ?」
大企業である水咲アミューズメントはゲーム、アニメ、音楽など関連企業を含めて、数百もの子会社がある。その為社長と言えど、全てを把握できるわけではない。
社内メールを昨日の日付にして、何か面白イベントでもあったのか確認をとってみると、それらしきものを一つ見つける。
「伝説再び……王の帰還、最強のヴァイス三石悠介参戦決定。ヴァイス頂上決戦、
読み上げて「なんだこれは……」と素の声が漏れてしまった。
だが遊人にはこの煽り文句の付け方に覚えがあった。
娘の月が、イベントにこのようなアニメみたいなタイトルをつけたがる。
メールの送信者を確認すると、叢雲藤乃となっており、やはり月の仕業らしい。
「何か
インターネットで検索すると、動画サイトやまとめサイトが引っかかり記事を見てみると、
『旧王三石悠介 VS 現王高橋圭太 直接対決、勝者旧王三石悠介、伝説は再び繰り返される』とK1みたいな見出しが書かれていた。
添付されている動画サイトを見ると、ぴちぴちの黒い皮スーツを複数のベルトでとめ、怪我した様子もないのに何故だか血まみれの包帯を腕に巻いた三石悠介と、前大会で優勝した少年が映し出されていた。
二人のヴァイスは遊技卓につき、ルールに則ってお互いのデッキを交換しシャッフルを行う。
悠介は突然『ショットガンシャッフルはカードを痛めるぜ!』と怒鳴るが、相手は普通にカードを切っていた。
ただその言葉が言いたかっただけらしい。
王同士の『
悠介は全く表情をかえず、山札からカードを引き抜き、一枚また一枚とカードを切っていく。
現王優勢で勝負が佳境に入った頃、悠介が手札を一枚捨てて山札から一枚ドローした後モンスターカードを使用する。
悠介が召喚したのは、なんの変哲もない
現王の少年が外れをひいたと確信して攻めに転じると、悠介は唐突に「俺のバトルフェイズはまだ終わってないZE!」と中二的決め台詞を吐く。
すると会場内に熱く
悠介はリバースカードを次々とオープンし、その特殊効果を発動していく。
そして最後に使用されたカードは”
『無限の創造の特殊効果により、俺はデッキから好きなカードを好きなだけ召喚できる! 悠久の時を超えた戦士よ、異次元からの帰還を果たせ!』
あまりにも強すぎる効果でフィールドに現れたのは、今の悠介と同じ格好をしたヴァイスカードで唯一実写写真である”薔薇の聖勇ZAZEL”。
切り札登場に会場が一気に『ヴァイス・シュヴァルツ・グリーエン!』コールでわく。
よく見ると観客席にはザゼルコスプレをした複数のファンがいて、皆両腕をクロスするジャスティスポーズでシンクロ
ヴァイスカードを知らない人が見れば異様な光景で、ある種宗教じみてると言えるかもしれない。
試合はライフポイント残り僅かを残して悠介の勝利。
マイクを持ちラウンドガールのコスチュームを着た月が、血まみれ包帯の腕を掲げ勝者の名前を高らかに叫ぶ。
『勝者ザゼル!!』
ザゼルという人物は存在しないのだが、会場は割れんばかりの大声援に包まれ、涙を流す客までいる。
『なにか勝者コメントはありますか?』
『相手も強かったZE。だけど今宵の俺は黒き堕天使だっただけだ』
『『『『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! ザ・ゼ・ル! ザ・ゼ・ル! ザ・ゼ・ル!』』』』
ザゼルコールが鳴り止まない会場。最高にフィーバーした状態で動画は終わり、真っ暗な動画プレイヤーに遊人のぽかんとした間抜けな顔が映り込んでいた。
「えっ……なにこれ?」
完全に素の意見だった。ボキャブラリーに乏しいが、それしかでてこない。
もう一度まとめサイトで確認すると、どうやら先週急きょ企画されたイベントで、時間がなかったにも関わらず王の帰還にヴァイスファン達が会場につめよせた。
記事の終わりには「大会の入場料、出場料は全て無料で、会場はパンク状態。これだけ大規模なイベントを無料にするなんて、さすが大企業は力の入れ方が違う」と締めくくられている。
いや、これだけ株価爆上がりなら、お釣りが来るくらいなので全く問題はない。
経費なんかより遊人が気になったのは、動画内で月がオタク達に取り囲まれているのに、一切心を乱されず楽しんで司会をやっているところだった。
「えっ……なにこれ?」
改めて情報を拾っても、遊人にはその感想しかでてこない。
「もしかして月、オタク嫌い治った?」
そんな馬鹿な、10年以上引きずっていたトラウマが、わずか一週間で治るなんて思えない。
オタクたちと一緒にザゼルコールをしている月を見て、遊人はわが目を疑わずにいられなかった。
「嘘でしょ……?」
呆気にとられていると、社内電話が鳴り響く。
「どうした?」
「月お嬢様が、お見えになられていますが」
「通してくれ」
秘書からの電話を切ると、すぐに制服姿の月が早足でやってきた。
「あ、あれ月ちゃん学校に行くの?」
「当たり前でしょ、しばらく休んでいた分取りかえさなきゃいけないし。それより話があるんだけど」
遊人は猛烈に嫌な予感がした。
「オタメガネとの許嫁の件だけど、今あいつの待遇ってどうなってるの?」
「い、いやぁ待遇も何も、ごくごく普通に……」
「普通って何もしていないってこと?」
「は、はい。自由にしてますが」
なぜか娘に敬語になる遊人。
「嘘でしょ、あいつが本気で伊達に帰りたいって言ったらどうするの?」
「そりゃ契約書があるから駄目だって……」
「それ、かわいそうじゃん」
「えっ? 月ちゃんは帰ってほしいの?」
「ちーがーう! 北風と太陽の話知ってる?」
「そりゃ太陽と北風が旅人に服を脱がせる勝負をして、北風は風で服を吹き飛ばそうとしたけど失敗して、逆に太陽は熱くすると勝手に脱ぎだしたって話だよね?」
「そう、今のパパは北風。あいつを無理やり縛り付けようとしてる。だから帰りたい、帰してって思うわけ。逆に待遇を厚くすれば、水咲でもいいかなってなるじゃない」
遊人は詰め寄ってくる月の迫力に気圧されて「た、確かに」と頷く。
「あくまでオタメガネの意思で水咲に入ってもらうのが重要なの、紙切れで脅迫したところで反感をもつだけ。あたしは首輪繋がれたあいつと結婚するのは嫌よ」
「い、いやぁ月ちゃん、まだパパは結婚とかそういうのは早いと思うなぁ」
なんとかごまかしてみるが、月のまなざしは真剣そのものだ。
「あっ、そうだ綺羅星や天も彼のこと好きみたいだし、あの子たちとしっかり話し合った上でね」
「それはそれ、これはこれ。いつ伊達玲愛が帰ってくるかわからないのに、そんな悠長なことやってらんないわ」
「いやいや、契約書というのはそんな簡単にひっくりかえるものじゃないよ」
「そんなのんきなことを言っているから、水咲はいつまでたっても伊達の下なのよ」
「はい、すみません」
娘の説教はしばらく続いた。
「とにかく周りを水咲でかためるの、伊達が冷たくするなら好都合、こっちはとことん暖かくして水咲から出れなくすれば良い。そうでしょ?」
「は……はい……」
まくしたてるように喋りまくる娘に、遊人は「はい」と言うだけのマシーンになっていた。
―――――
月はオタク嫌い 了
あとがき
オタク嫌いな月は、最初から悠介オタクだったという話でした。
ストーリー上のゲームは架空のもので、決してデュエルではありません。信じて下さい。
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