第257話 月はオタク嫌い Ⅷ
ヴァイスカード大会は進み、俺は鎌田さんと阿部さんを下して居土さんと対決を行っていた。
俺は手札に来た、おにぎり戦士をフィールドに出す。
「ドロー俺のターン! おにぎりファイターズを攻撃表示で召喚(攻撃力20)」
「ドローオレのターンだ! ”デッドエンドオブデッドドラゴン”(攻撃力3千)を召喚! このカードがフィールドに召喚された時相手は死ぬ!」
「リバースカードオープン! ”聖者の祝福”! カード効果で俺は死なない! ドローマジックカード”勝者”のカードを発動! このカードの効果はゲームに勝つ!」
「カウンタートラップカード発動! ”アンチの物言い”! 無条件勝利カードを無効化する! マジックカード”リミッター解除”、デッドエンドオブデッドドラゴンの攻撃力を100倍する! くたばれ三石、デッドエンドストリーム!」
「速攻魔法、”時間停止おじさん”発動! このカードは相手のターンを強制終了させる! デッドエンドストリームは発動せず、居土さんのターンは終了だ!」
「チッ……時間稼ぎを」
さすが居土さんだ、即死無条件勝利カードのオンパレードで、防ぐだけでも手一杯になる。
しかもマジックカードの効果で、フィールドのデッドエンドデッドドラゴンの攻撃力は30万。対する俺のおにぎりファイターの攻撃力は20。インフレがやばいってレベルじゃない。多分相手の鼻息で、おにぎりファイターは死んでしまうだろう。
「くっ、散っていった鎌田さんや阿部さんの為にも、俺は勝たなければならない!」
「いや、散っていったというか、拙者らを倒したのは三石殿でゴザルが」
「勝手に倒した敵を仲間にしないでほしいでふ」
鎌田さんたちが、熱く俺を鼓舞してくれる。
ならばそれに応えなければならない。
「ここで……起死回生のカードを引かなければ終わりだ。行くぜ!」
「来るわよ、三石悠介のデスティニードローが」
月はアニメに一人はいる、カードゲーム解説おじさんのように腕組みしながら俺の動きを見守る。
「ドロー来いZAZEL!!」
◇
ゲーム大会が終わり、最終的な順位は1位神崎さん、2位居土さん、3位俺、4位月、5位鎌田さん>>>>>>一之瀬さん、最下位阿部さんとなった。
俺はデスティニードロー失敗で普通に負けた。
「楽しかったわ、久しぶりに胸が躍る戦いだった」
「完全に負けた。主任達強すぎる」
俺と月は水咲ビルの休憩室で、缶コーヒー片手にさきほどの勝負の余韻にひたっていた。
カードバトルが終わると、その後は大乱闘スラッシュマスターズで大いに盛り上がった。
開発室では未だストーリーファイターズの最新作で、白熱した戦いが繰り広げられている。
「オタメガネ、あんたいつもの引きはどうしたのよ? 居土さんとのラスト、何引いたの?」
「裏切りおにぎり(攻撃力20)が来た」
「あっ……(察し)」
「今回はここぞって時に全部ダメなカードばっかり引いた」
そういう時もある。でもいい勝負ができたから楽しかった。
「闇悠介はどうしたのよ?」
「闇悠介?」
「そうか、こいつ変わってる時ほぼ意識ないんだった」
「いつもヴァイスで戦ってる時は、心の中にいるもう一人の自分が出てくることもあるんだけど、今回はバトルを楽しめって言ってずっと観戦してた……って、何言ってるかわかんないよな」
「闇悠介が、勝ち負けよりバトルの楽しさを優先させてくれたってことね……」
「やめてくれよ、俺が二重人格みたいじゃないか。ははは」
月もわりと冗談が通じるんだな。
「それにしてもさすが開発者とあって、本当に強かったわ」
「特に水咲製品は自信があったみたいだし」
「鎌田さんがあんたに負けた時、凄い声あげてたわね」
「拙者の戦国武将デッキがぁ! って大声あげてたな」
その時の鎌田さんの物まねをして二人で笑う。
「本当に良い人達。あの人達が水咲の社員で本当に良かったと思うわ」
誇るような表情を浮かべる月。
「あの人たちは好きこそ物の上手くなれってわけじゃないけど、好きすぎてプロになったオタクの最上級クリエーターだ」
「あんたは……今日オタクの過程を見せてくれたのよね?」
月が本日のコンセプトに気づき、俺はばれたかと小さく微笑む。
「入江みたいなカメラオタク、相野みたいな声優オタクが集まってサイン会とかのイベントが出来る。そんなオタクたちが、いずれ水咲や他のアミューズメント系の会社に入社して、夢のあるコンテンツを作り上げる。そしてまた次世代のオタクが産まれる」
「……輪廻転生みたいで怖いわね」
「それだけの熱がサブカルにはあるってことだと思う。俺もさ、実はゲーム開発に興味がわいてて、いつか面白いものを作れたらいいなって思う。今はただの消費豚だし、家の関係とか複雑で叶うかどうかもわからない。でも……やってみたい」
「……ゲーム開発すごく大変だったでしょ? マスター間際とかわりと人間の仕事じゃないわよ」
「それでもやってみたいと思える」
「なんで?」
「好きだから」
「……言い切ったわね」
「オタクなんて、わりにあわないことばっかしてる。入江のカメラは金かかるし、相野は時間かけて声優追っかけてるし、ゲーム開発者は寿命削ってゲーム作ってるし。でも彼らは好きという情熱を持ってオタクをやってる」
「情熱……」
俺は空になったコーヒー缶をゴミ箱に捨てる。
「月を襲った悪いオタクもいるが、俺はオタクは基本人畜無害だと思ってる。なぜなら自分の世界以外に興味がないから」
「それ自分の体験談?」
「まぁ最近は人と接する機会が多いから、そうもいかないけど。俺は月もオタクだと思ってる」
「あたしが?」
「ああ。ノベル書いたり、アリスランド立て直したり、イベント企画したりって並の情熱じゃできないぞ」
「そっか、あたしも言われてみればそのカテゴリーなのよね……」
「何かきっかけはあったのか?」
「ノベルはまぁ面白いこと思いついたけど、実行できないから文にしようと思ったのがきっかけかな。イベントの企画始めたのは……あんたがヴァイス引退したせいね」
「俺が?」
「そう、あんたヴァイスで無敵のチャンプだったのに、公式大会に全く出なくなったでしょ」
「そうだな、あの頃はわりといろんなコンテンツに浮気してたからな」
「あんたをなんとかヴァイスに戻そうと思って、いろいろ考えて企画出してた」
「お前俺のこと好きすぎん?」
そう聞くと、月は無言でローキックを見舞ってきた。
「なんか、今日一日でオタクは怖い生き物じゃないってわかった気がする」
「そりゃ良かった。オタク嫌いが少しでも治れば御の字だ」
「あたし水咲にビビりまくってたと思う。きっとパパも好きなことだから会社立てて、好きなことをして大きくしていったんだと思う」
「俺もそう思う」
「じゃああたしも好きなことしていけばいいじゃん」
「そうだな。それがオタクの真理だ」
月は何を思ったか、休憩室の窓を開けると「オタクなんか怖くないわよー!」と叫ぶ。
どうやらそろそろ吹っ切れそうだ。
「すっきりした?」
「ええ。ねぇオタメガネ、あたしもう少しで完全復活できそうなの。もう少し協力してくれない?」
「そりゃいいけど、何するんだ?」
「あたし大会企画するからヴァイスの公式戦出て。闇ZAZEL悠介見たい♡」
月は悪戯猫みたいな顔をしながら、自身の髪をリボンでくくりいつもの金髪ツインテにセットする。
闇悠介なんかいないんだけどな、でもそれで少しでも治るならいいだろう。
俺はいいよと出場を了承した。
――――――
次回で月はオタク嫌い完結
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