第256話 月はオタク嫌い Ⅶ
「いってらっしゃいませ、御主人様、お嬢様」
俺たちは真下さん(弐)に見送られながら、一日限りのメイド喫茶を出た。
「メイドさんとゲーム面白かったな」
飯食った後、水咲家のメイド5人+俺たちでトランプゲームで遊んだ。
「真下さんびっくりするくらい大富豪弱かったな……」
「あの子顔に出るから」
「あわあわしてるところが可愛かったな」
そう言うと月は無言でローキックを入れてきた。痛い。
少し遊びすぎたか、外は既に日が傾いている。
太陽が紅に染まると同時に気温も落ちてきて、アキバ駅前を歩くオタクたちの足取りは早い。
「お兄さん、お姉さん、メイド喫茶どうですかー?」
次の場所に行こうと思った時に、声をかけてきたのはコート姿のメイド。
メイド喫茶から出てきて、すぐにメイド喫茶に誘われる。
ちょっとだけモテた気分になった。
「ごめんなさい、今行ってきたとこなので」
「はーい、またよろしくお願いしまーす」
客引きメイドはすぐに立ち去って、別の客に声をかける。
「あれウチが経営してるメイド喫茶ね」
「すごいな、まさか向こうも経営者の娘に声かけてるとは思わないだろ」
「…………ねぇオタメガネ、オタク嫌いな人間がメディアミックスの会社社長になるってどう思う?」
それは自分が水咲を継ぐことを言っているのだろう。
オタクが苦手なのに、オタクメインターゲットの会社社長というのは、なかなかの矛盾だ。
「ベジタリアンの肉屋がいても、俺は別にいいと思うけどな」
むしろそういう人こそ、どうやったら菜食主義に肉を食べてもらえるか考えそうだし、肉の良さを広げられそう感あるが。
「…………」
「不安って顔だな」
「そりゃそうよ、パパは自分がオタクだから顧客目線で経営を行って成功したんだから。あたしにそれができるのか……」
「天も綺羅星も社長の椅子には興味なさそうだもんな」
「だからあたしが継ぐしかない。継ぐしかないの……」
月はかなり気負ってる様子だ。社長はあんなにちゃらんぽらんだったのに、娘の方は継ぐと考えただけで胃に穴があきそうだ。
最後のデートスポットに移動しよう。恐らくそこに行けば、オタクというものが理解できるだろう。
◇
「ここは、水咲本社ビル?」
「うん、そう」
俺は受付でゲストカードを貰うと、つい最近通っていた開発室へと向かう。
彼女にとっても慣れた場所であり、俺にとっては地獄を見た場所だ。
開発室に入ると、いきなり一之瀬さんが抱き付いてきた。
「うわ~ん、三石くん助けて~」
「どうかしたんですか?」
「あたし、もう一週間も家帰れてないんだけど~」
「あれ、もしかして第一デスマーチの最中ですか?」
「そうじゃないの、やっとゲームの企画触らせて貰えるようになったんだけど、
「ちなみに今どんな企画出してるんですか?」
「よくぞ聞いてくれました。アーケードでありながら壮大なRPGで、カードにデータを記録しながら進むの。総プレイ時間は200時間を予定、戦闘はトレーディングカードの要素をいれて、更にアーケードで根強い人気を誇るレースとクイズ要素も入れて、バトルレーシングクイズっていう誰も考えたことのない新ジャンルを――」
「没」
「なんでぇ~~~~(泣)」
なんでもくそもあるか、なんだその僕が考えた最強のゲームみたいなのは。
「素材を詰め込みすぎです。そんな人気ジャンルをミキサーにぶちこんで合体させようとしてもダメですよ。ゲームセンターに来る人の滞在する平均時間、平均使用予算を考えれば企画に必要な要素が見えてくると思います」
「いっぱい遊べた方が楽しくない?」
「もし仮に客一人が一日中筐体を占有し続けたら、他のお客さんゲームできないでしょ。回転率悪い台はアーケードとして致命的ですよ」
「うぐ~」ちょっと半泣きになっている一之瀬さん。
「こら、一之瀬。何バイト君に正論かまされて引き下がってんのよ。企画者なら正論を持論で覆すことぐらいしなさい。でないと私に企画通すなんて100年経っても無理よ」
「ふえ~ん、神崎さ~ん」
情けない声をあげる一之瀬さんを放っておいて、俺は第一開発室主任の神崎さんに向き直る。
「神崎さん居土さんから話聞いてます?」
「聞いてるわよ、私今日休みなのに出てきてるんだから」
「すみません」
「いいわよ、久しぶりだし。楽しみだわ、どの開発室が一番強いか考えるの。日頃の鬱憤全部晴らしてやるわ」
邪悪な笑みを浮かべる神崎さん。
「ここで何かするの?」
何も聞かされていない月は首を傾げる。
「ゲーム大会だよ。ゲーム会社にいる人たちが、一体どれだけ強いか教えてもらおうと思って」
もちろん焚き付けたのは俺だ。
昨日居土さんに電話して「突然で申し訳ないんですが、主任達って本当にゲームお上手なんですか? どうにもその辺バイトしてる中ずっと疑問で……」とこんな感じで煽ると、見事に第一、第三の開発室が釣れた。
そして腕に自信のある開発者ゲーマーが名乗りを上げて、結局ほぼ全員で天下一ゲーム大会を開くことになったのだった。
神崎さん達と話してると、後ろから俺が世話になった第三開発のメンツが現れる。
「来たな三石」
「久しぶりでゴザル」
「久しぶりってほどでもないでふ」
めっちゃ怖い、見た目893の居土主任、瓶底眼鏡侍の鎌田さん、カレーは飲み物の阿部さんと合流する。
「どうもです」
俺がぺこりと頭をさげると、がっと頭部を鷲掴みにされる。
「よくまぁゲームの開発者相手にゲーム上手いんですか? とか聞けたもんだな」
居土さんの手がギリギリとしまって超痛い。
「や、やだなぁ、ちょっとした興味じゃないですか。ゲーム開発者、実はゲームそんなうまくない説がありまして」
「ゲームってのは一般人がやるから、別に下手でも問題ないんだよ。そういうお前は相当上手いんだろうな?」
「やめてくださいよ、俺がゲームで貴方達に勝てるわけないじゃないですか」
「煽ってきてその予防線は許さないぞ」
くそっバレたか。自信がないわけではないのだが、勝負するジャンルによっては完敗も十分ありえる。
「何で勝負するつもりでゴザルか? 大体のゲームは揃ってるでゴザルが、水咲製品だと流石に三石殿には不利でゴザろう」
「えっ、俺が何やるか決めていいんですか?」
「主催はテメーなんだから、テメーが決めるのが筋だろうが」
それじゃあ彼女に決めてもらおう。
「月、何がいい?」
「なんでもいいの?」
「勿論、見たいのでいいよ」
「じゃあ……ヴァイスカード」
テレビゲームではなくカードゲームと聞いて、一瞬驚いた開発者達だったが、すぐにまた不敵な笑みにかわる。
「三石殿すまないでゴザルが、水咲製品で勝負することになったからには、拙者らに負けは許されぬでゴザル」
「ふっふっふ、久々にぼくの超強力オークデッキが光るでふよ」
メガネをクイクイする鎌田さんと、強欲なツボみたいな笑みを浮かべる阿部さん。
「一之瀬、カードゲームはゲームの基本が全てつまってるわ。よく見ておきなさい」
「えっ、神崎さんあたしもやる気満々なんですけど」
「三石、開発で好き勝手やってくれやがった借りを返してやる」
なんでこの人らみんなマイデッキ持ってるの。怖い。
「オタメガネ、デッキは?」
「大丈夫あるよ、なんとなくこうなることは見越してた」
取り出される薔薇の聖優ZAZEL入りのカードデッキ。
それを見てゴクリと喉を鳴らす月。
俺と月はヴァイスカードでライバル関係にあり、彼女と再会した時もプレイした覚えがある。
「それじゃあはりきっていきましょうか」
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