第255話 月はオタク嫌い Ⅵ

 俺たちはサイン会の後、昼食をとるために近くにあったファミレスに入ろうとしたのだが、お昼時という事もあってどこも満席だった。


「こんなところでグダっちゃダメだな。困ったな」

「オタメガネ、ウチのチェーン店ならあたしが強権使って無理やり入れるわよ」

「そりゃダメだ。皆ちゃんとルール守って入ってるんだし」

「変なとこ硬いんだから」


 俺たちが食事場所を求め、アキバ周辺をウロウロしているその頃。


『こちらF、お嬢様とのデート中にトラブル発生。昼食スペースを確保せよ』

『こちらM、了解』


 ん? 今何か看板の後ろに、もじゃもじゃ執事がいたような気が……。

 気のせいかと首を傾げていると、月に服の袖を引っ張られる。


「ねぇオタメガネ、あれでよくない?」


 彼女が指差す先を見てみると、メイド喫茶ウォーターフラワー、軽食有と書かれた看板がでかでかと出ていた。


「あれ? さっきこんなのあったかな……」

「行ってみて、満席だったら引き返しましょ」

「そうだな、新しくできたところかもしれない」


 考えても仕方ないし、メイド喫茶でランチというのも珍しくていいだろう。


 ビルの二階フロアを貸切ったメイド喫茶は、本格的な洋風の屋敷を模した造りになっており、暖炉や蝋燭台、真っ白なクロスの敷かれたテーブルが並ぶ。

 落ち着いたクラシックBGMがかかっていて、雰囲気は抜群だった。


「凄いな、こんな凝ってるメイド喫茶初めて見た」


 シンプルに金がかかっている。


「オタメガネはメイド喫茶とかコンカフェとか行くの?」

「何度か行ったけど、可愛い女の子にコスプレさせてるだけのところが多かったな。客も女の子引っかけようとしてるのしかいなくて、キャバクラみたいで嫌だった」


 俺が行ったメイド喫茶は、ウェーイ系の兄ちゃんとギャル系メイドがひたすら大声で喋りまくってて、オタク客が隅で小さくなってたのを覚えてる。


「オタク商売のはずが、陽キャに占領されてメインターゲットが追い出されちゃったわけね」

「いろんなお客さんが来る以上、仕方ないと言えば仕方ないけどね」


 店前に陽キャお断りと書くわけにもいかない。

 なんなら彼らのほうがオタクより足繁く通って、お金落としてくれそうまである。


「まぁ質の悪いところは潰れていくでしょ。あんたの感想として、ここはどうなの?」

「凄く造りがいいと思う。キャスト全員姿勢がめちゃくちゃ良いし、まるで本物のメイドと執事みたいだ」


 こんな綺麗なところがあるならもっと話題になってそうな気もするのだが、スマホで検索してもこの店は引っかからない。

 今日日ホームページがないメイド喫茶はかなり怪しい。何よりおかしいのは、俺たち以外お客さんが見当たらないところだ。

 まさかと思うけどぼったくりでは? という気がしてきた。


 会計の時に怖そうなオジサン出てこないだろうなと思っていると、ミディアムヘアで泣きぼくろがセクシーな美人メイドさんが、礼儀正しく席の前で一礼する。

 俺はその見知った顔に、口をパクパクと動かしてしまう。


「いらっしゃいませ、御主人様、お嬢様」

「…………真下さん?」


 にこやかな表情を浮かべるメイドを見て、全てを理解した。

 ここはぼったくりではない。あのもじゃもじゃ執事、どうやら昼食に困った俺たちを助けるために、一日限りのメイド喫茶をオープンしたらしい。


「はい、わたくし真下弐式ました にしきと言いますが、どこかでお会いしましたでしょうか?」

「真下、弐式?」


 いやいや、あなたどう見ても一式でしょ。

 泣きぼくろの位置まで完全に一致しているんだから。

 まさかエバみたいに、完成していたのか真下シリーズ……ってならないよね?


「御主人様、お嬢様本日カップル限定でドリンク無料となっていまして、カップルで間違いないでしょうか?」

「いや、えっと……」

「カップルよ。誰がどう見てもカップルよ。カップルなの!」


 俺が言いよどんでいると、月が言い切る(3回)


「では、先に飲み物のご注文を頂いてもよろしいでしょうか?」

「あたしはオレンジ」

「えーっと、俺はコーヒーにしようかな」

「はい、かしこまりました」


 真下さんは厨房へと引っ込むと、すぐにドリンクを持って戻ってきた。


「こちら無料となっております」


 真下さんはオレンジを月に手渡し、アイスコーヒーを俺の前に置く。


「ま、真下さん、この寒さでコールドはちょっと」

「御主人様、コーヒーにはガムシロップを入れさせていただきます」


 全然俺の話聞いてくれない。


「ではストップするとき、萌え萌えと言っていただけますか?」

「は、はい。萌え萌えって言えば良いんですね?」


 彼女はガムシロの瓶を持つと、瓶を一気に傾けダバダバと大量のシロップが注がれる。


「も、萌え萌え!」

「あぁ可愛いですね(ダバダバダバ)」

「萌え萌え!」

「可愛い(ダバダバダバ)」

「萌え萌え萌え! 萌えぇ!!」

「ありがとうございます」

「いや、ありがとうじゃなくて!」


 萌え萌えと言っても全く止まってくれず、結局瓶一本全部入れられてしまった。


「御主人様、どうぞ」

「飲めるか。一瞬で糖尿病なるわ」


 飲み物は置いておいて、とりあえず昼食に”メイドのお絵かきオムライス”を二つ注文する。


 しばらくして、湯気の上がるオムライスを持って真下さんが再登場。


「お嬢様、こちらケチャップでお絵かきをさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 月がどうぞとお願いすると、真下さんはオムライスに漢字で『萌』と綺麗な文字を描く。

 全く形が崩れていなくて、うまいもんだと感心する。


「御主人様もよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」


 真下さんは、ケチャップのボトルを持ったまましばらく停止する。どうやら何を書くか迷っているようだ。


「…………よし」


 書くものが決まったようで、ケチャップを卵に落とす。

 ささっと描かれた絵は、メイド喫茶ではわりとよくあるハートマークだった。


「おぉ上手」

「…………」


 真下さんはハートを見つめたまま固まっており、なぜかみるみるうちに赤面する。

 彼女は何を思ったかケチャップのボトルを逆手で持つと、力強く握り込んだ。

 ドバッとケチャップが噴出し、俺のオムライスは真っ赤に染まる。

 ボトルからぶじゅるると汚い音をたて、一本まるまる使い切ってからようやくケチャップを止めてくれた。


「あの……これは」

「え、えっとメイドの血まみれオムライスでございます。それでは失礼します、ごゆっくりおくつろぎ下さい」


 彼女は逃げるように立ち去っていく。

 残されたオムライスというより、ケチャップの塊を見て俺は「えぇ……」っと唸る。


「なんか真下さん怒ってない?」


 真下弐式、ほんとに別人説が浮上してくる。 


「あの子、慌ててハートを消したように見えたわね」

「そう?」

「えぇ、描いたはいいけど恥ずかしくなって消したって感じ。最初に注文取りに来たときから、嫉妬が凄かったわよ」

「誰に?」

「あたしに」

「真下さんが? まさかぁ」


 俺はギャルゲをやってて、女心に詳しいからわかるんだ。

 あれは嫉妬ではなく、単に機嫌が悪いだけだ。

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