第171話 玲愛と首輪Ⅻ
やる気を出した俺の行動は早い。急いでイベント会場へと向かい走る。
徐々にガヤガヤとした声が聞こえてきて、昨日は閑散としていた100mプールに、約30組のカップルが横並びに泳いでいるのが見えた。
『9番レーンの女性速い速い! シンプルに脚が長い! その脚で蹴りだされる凄まじい推進力、これぞ美しきマーメイド! 後続を引き離していくぞー!!』
水咲のプロっぽい実況が響き、観客含め大いに盛り上がっていて、誰知らぬ参加者に向かって声援が送られていた。
俺はその中で玲愛さんの姿を探す。
あれだけ目立つ人だ。簡単に見つけられるはず。
そう思いプールの外周を探すが、姿は見えず。まさか今泳いでるのか? とプールの中を見ると、丁度対岸に手をついて水中から顔を出す玲愛さんの姿が見えた。
『9番レーン、100mを泳ぎ切り、トップを譲らずここでペア交代! このリード守り切れるか!?』
実況の声と共に内海さんらしき男性が勢いよくプールに飛び込んだ。
対岸で心ここにあらずと、ぼーっとしている玲愛さんの姿は黒のTシャツを着たままで、シャツがペったりと体に張り付いていた。
プールのマナー的にどうなんだと思うが、あのちょっといやらしい水着が衆人環視に晒されることがなくて少しホッとする。
俺は発見できた事が嬉しくて、つい玲愛さんに向かって大きく手を振った。
すると彼女は「げっ」と借金取りにでも見つかったかのように、眉をハの字に曲げ、口を栗のような三角形にかえ、せかせかとでプールから逃げ出していった。
なんでやねん。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
流石に顔を見ただけで逃げられると俺も傷つく。
大急ぎで彼女を追いかけるが、あの人めっちゃ足早い。何なのあの人、水でも陸でも最強なの?
びちょびちょのTシャツ姿のまま、玲愛さんは施設内に雲隠れしてしまった。
「くそ、逃げられてたまるか!」
探し回ること数十分、走り回ったせいでぜぇぜぇと息が切れる。
どこにも見当たらないぞ。スポーツドームからは出てないと思うし、目立つ人だから見つけやすいと思うのだが。
恐らく駆け込んだと思われる売店内をキョロキョロと見回すが、普通のカップルしかいない。
どこいった? と振り返った瞬間、頭に水が滴ってきた。
雨漏り?
そんなバカなと上を見上げると、玲愛さんが売店の天井の角に足を突っ張りながら張り付いていた。
「スッパイダーマンかよ……」
彼女は俺に気づかれると、すぐさま天井から飛び降りて売店を走り去っていく。
俺も慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと待って!」
聞く耳持つかと言わんばかりに走る背中に向かって、大声で呼び止める。
「お願いだから逃げないで下さい!」
もうちょいで捕まえられそう。
俺は精一杯手を伸ばして、びしょ濡れTシャツを掴もうとするがギリギリでその手は空を切った。
前のめりでいたせいで、俺はつんのめり勢いよくコンクリ床を転げる。
水着だったせいで、露出していた膝と腕をすりむいてしまった。
もう遥か遠くに行ってしまっただろうと思ったが、以外にも玲愛さんは足を止めていた。その顔は明らかに心配してくれている。
しかしすぐさまはっとして逃げ出そうと背を向けた。
「逃げないで下さい! 俺も逃げないから!」
その声にピタリと止まる玲愛さん。
立ち上がってみるが、俺が一歩でも距離をつめれば、その場から走り出してしまいそうな雰囲気がして動けない。
まるで伝説ポケモンみたいな人だ。
約5m程の距離を開けて、俺は玲愛さんの背をしっかりと見据える。
「お願いが…………ります……」
走った直後に大声を出したので、呼吸が乱れ、声がかすれる。しかしそれでも無理やり大声を張り上げる。
「結婚……結婚……しないで下さい! 俺と一緒にいて下さい。俺は玲愛さんも火恋先輩も雷火ちゃんも好きだ。だから内海さんには渡さない! 難しいことや、世間体を考えるのはやめました! 自分がどうしたいかを考え、我を貫きに来ました!」
言ってやった。子供のわがままをぶつけてやった。
俺の声にピクリと反応した玲愛さんは、クツクツと悪役のように笑いだす。
「お前みたいな何の力もないような子供が、渡さない? なめた口をきくな! 伊達は無視できるような世間体ではない!」
冷静な怒り方ではなく、感情に任せた怒り。怖いけど負けてられない。
「俺、玲愛さんはきっと内海さんのことが好きなんだ。嫁に行くことを良しとしてる。だからとやかく言う資格はない、そんな風に自分で理由つけて腐ってた! でも情けないけど、火恋先輩にビンタしてもらって目が覚めました。内海さんとか伊達とか関係ないです。俺は玲愛さんを落とすって覚悟したから、ここまで走ってきました!」
支離滅裂な俺の言葉に、肩を怒らせる玲愛さん。
「ふざけるなよ、子供の自惚れに私を巻き込むな!」
自惚れだろうか? 自惚れだろうな……、でも
「嘘だ! 貴女は俺のことが好きだ!」
「はっ!?」
あまりにも強すぎる自惚れに、玲愛さんは呆気にとられる。
「今まで散々俺を
「飼い犬が懐きすぎて自分を人間だと勘違いするな! お前なんかペット感覚だったんだよ!」
「ワンワンワンワンワン!!」
「黙れ!! 本気なのかボケてるのかはっきりしろ!」
「俺知ってますからね、玲愛さんが食後のコーヒー俺のカップ使ってるって!」
「あ、あれはたまたまカップがなかったからだ!」
「他にもあなたのIクラウドに、犬猫画像に紛れて俺の写真が転送されてること知ってますからね!」
「乗っ取りにあっているだけだ! 私じゃない!」
「大企業の社長が簡単にスマホ乗っ取られないでください!」
「黙れ、子供に何がわかる!!」
「大人とか、子供とかって言葉で逃げるのはやめてください! 貴女は俺の言葉になに一つとしてまともに答えていない!」
全ての質問は力不足や、子供なんて言葉ではぐらかされているが、肝心の項目が欠如している。
「大人は好きや嫌いで、物事を決めたりしない! 大人がやることには責任が付きまとうんだ、わかれ!」
「なら何で俺の気持ちを折らずに俺から逃げたんですか!? お前なんて嫌いだ、もう私に近づくなって言えばそれですむ話でしょう!?」
幽閉されたシンデレラの牢を全力でノックする。
「これ見よがしに首輪をサイドボードの上に置いてたくせに!」
俺は自分の手首に巻かれた首輪を見せつける。
「黙れ黙れ黙れ!! お前が伊達に入ればいずれ権力に潰される。そうならない為には誰かが傘になるしかないんだよ! その為には私にも力がいる」
「だから自分が盾になって、内海さんと結婚するって言いたいんですか!?」
「お前達の為だ!」
「俺も雷火ちゃんも火恋先輩もそんなこと頼んでない!」
「伊達の重圧をなめるな! 人の命の重みが直に肩に乗るんだぞ!」
「家を盾にすんのはやめてください! 俺はあなたの心が聞きたいんだ! あなたはどうしたいんですか!?」
俺は牢屋を蹴破る勢いでノックを続ける。
「くっそ……何でこいつこんなに熱くなってるんだよ……。堂々とハーレム作りたいって言ってるだけなのに……」
玲愛さんが何か呟いたが、正面を向いていないのでうまく聞き取れない。
だが数秒の間を開けて、玲愛さんはやっと俺に向き直った。
「いいだろう、なら二度と追っかけてこれなくしてやる。私は!」
俺は殴られるわけでもないのに、必死に歯を食いしばった。
「お前のことが!」
長く溜められた言葉、しつこい俺に対して渡される引導。
「大嫌いだ! 二度と私に近づくなぁぁぁぁぁっ!!」
きっちり溜めた感情を爆発させる、その声は絶叫に近く、辺りの客が全員振り返ってしまほどだ。
しかし俺はすぐさま反撃の言葉を放つ。
「泣きながら言っても説得力ないんですよ!」
そう、大嫌いと叫ぶ玲愛さんはボロ泣きだった。それは本当に辛い思いをして、脳が必死に嫌がる言葉を理性でねじ伏せ、無理やり吐き出したかのように思える。
傷つける言葉を放っておきながら、何で自分が大ダメージを負ってるんですか。
「だから私のことは諦めろぉ!」
「嫌です!!」
食い気味に即答する俺に「なんなんだよ、お前……」とグルグル唸りながら、涙目でお怒りになられている玲愛さん。
「お前、嫌いって言ったら諦めるって言ったじゃないか」
話が違うと言いたげだ。
「泣いたのでアウトです」
グルルルと威嚇してもダメです。やるならもっと虫けらに言い放つように言わないと。まぁ冷たくされても俺は興奮しますけどね。
そんなに泣かれると、希望があるように見えてしまうんですよ。
「何度でも言う、お前では内海には勝てない。私は内海以下の人間を認めるわけにはいかないんだ」
キタ、牢屋から出てくる条件が。
「じゃあ俺がこのイベントで、玲愛さんと内海さんのペアをぶち抜いて優勝したら、俺と挙式して下さい!」
「無茶苦茶だ、勝てるわけがない!」
「いいえ、勝ちます。俺は貴女と内海さんに! それが叶ったら結婚の話は全てなかった事にして下さい」
俺の勝負を受けてくれるのか?
冷静に考えれば乗ってこない。この話に玲愛さんに対するメリットは一つもないし、イベントに勝とうが負けようが関係ないのだから。
玲愛さんは鋭い眼差しを俺に向ける。
「…………いいだろう。何をしてもいい、持てる力全て使って私に勝って見せろ。そのかわりお前が負けたら、以後私との面会を禁止する。二度と私の前に現れるな」
俺はその真剣な眼差しに、大きく頷いた。
「ええ、勝ってみせますよ」
最強の伊達玲愛、内海ペアに。
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