第172話 玲愛と首輪XⅢ
俺は急いでイベントが行われているプールに戻り、水咲の運営にまだ参加出来るか確認をとる。
「はい、まだ順番ではありませんでしたから可能です。5分後の
「あの、ペアなしで泳いでも大丈夫ですか?」
「可能です。ただし体力に自信がない場合、競技によっては大きなハンデとなりますが」
「構いません」
「ではルールの確認を。50mプールを2往復し200m自由形でタイムを競っていただきます。注意点として、ペア変更時以外で足をついた場合失格となります」
「わかりました」
今の俺にペアはおらず、一人で200mを泳ぎきるしかない。
内海さんと玲愛さんのタイムを確認すると、二位に約10秒も差をつけて現状トップ。二人の運動神経の高さが伺える。
この水泳の種目で俺があの二人に勝てる可能性は0に等しく、むしろ最後まで泳ぎきれるかどうかの方が不安だ。
水泳後の種目はテニス……こっちに至っては、一人でダブルスを勝ち抜くなんて不可能だろう。
今も後も不安だらけだが、内海さんに勝つって決めたんだ。やってみせる。負けるな俺、集中しろ。
やがて二組目の競技が終わり、以前トップタイムは内海×玲愛ペア。
タイムだけで全てが決まってしまうので、この三組目で内海ペアを抜くチームが現れなければ、そのまま一位となり5ptとなる。
対する俺は0pt、内海さんは
「逆転の芽をなくすわけにはいかない」
『最終組、スタート位置についてください』
アナウンスと同時に最終グループの参加者全員が、横並びに立つ。
その中には月や天、雷火ちゃんの姿も見える。スポーツ万能な彼女たちとも競り合わなければいけないのかと思うと気持ちが折れそうになった。
するとバシッと俺の背を誰かが叩いた。
「痛いぃ!!」
「あっ、すまん」
振り返るとそこにはヤンキーじゃなくて成瀬さんと静さん、真凛愛さんが立っていた。彼女たちの体は既に水に濡れており、豊満なボディラインを伝う雫がセクシー……じゃなくて。
「もう静さんたちは泳いだんですか?」
「ええ、でも私水泳あんまり得意じゃなくて」
「アタシも年々遅くなってんだよな。上位争いすらできなかった」
不思議と首を傾げる二人だが、恐らく胸に装備されているバルーンのせいではないでしょうか。すっごい水の抵抗受けそう。
「お前リタイアしたって聞いたけど、帰ってきたんだな」
「はい、やっぱり優勝を狙うことにしました」
「そ、そうか」
なぜかばつが悪そうな成瀬さん。静さんの方も、どうしましょうと心配げな表情。
「他の子とペア組まないのか?」
「皆自分のペアがありますし」
「あ~……あっちゃんがいるけど、多分50mも泳げねぇしな……」
「……無理。溺れます」
「大丈夫です、一人でも頑張りますよ!」
今回のは空元気とかではなく、本気でそう思っている。
すると静さんがおずおずと質問してきた。
「あ、あのユウ君、なんでそんなにはりきってるのかしら?」
「譲れないものが……できたんだ」
「ゆず」
「れ」
「ないもの」
なぜかローテーショントークの3人。
「そ、それってやっぱりハ、ハーレ……」
「えっ?」
「いえ、なんでもないの。ど、どうしても優勝しなきゃいけないのかしら?」
「うん、優勝じゃないと意味がないんだ。俺の本気を……証明したいんだ」
「そ、そこまで」
「お、お前、そんなの世間が許さねぇぞ?」
「世間とか関係ないです。俺は(伊達姉妹)全員を幸せにしたいと願っています」
「「「ぜ、全員」」」
「そのことが世間一般で不謹慎不誠実ゲス不倫なんて言われることも承知の上です。でも、幸せの形は他人が決めることじゃない。勿論無理強いはしませんし、俺に愛想をつかして別の男性と結ばれても祝福します。ただ、したくもない結婚をするくらいなら、俺とずっと一緒にいてほしいんです」
「そ、そこまで……」
「誰かを一番にできないクズです。でも、1位を選ぶと選ばれなかった人が不幸のどん底に落ちてしまう。選ぶ責任だと思いますが、それなら俺は全員を選びたい。批難は覚悟の上です。後になって後悔はしたくない、ただそれだけです」
「ほ、本気なのね……」
「あ、あたしは別にMutyuberで楽しくやってるから、どん底に落ちるって気はしてないけど……」
「なる先輩、30,40超えてもMutyuberやる気ですか」
「うっ……」
ちょっと彼女たちが何の話をしているかわからない。
「ユウ君がそこまで言うなら反対はできないわ」
「ありがとう静さん」
「いいの、私はあなたの保護者のようなものだから。堕ちるならどこまでも一緒に堕ちましょう」
「大げさだよ。出来る限り静さんに迷惑はかけないようにする」
「大丈夫、私も世間と戦う覚悟ができたわ! というか私にはむしろ都合がいい話なの!」
ぐっと拳を握りしめる静さん。
「いやー、あのアタシたちはちょっとまだ覚悟決まってないというかなんというか」
「……自分は背中押しますよ」
「あっちゃんマジかよ。こいつすげー真面目に3股4股しようとしてるだけだぞ」
「まず枠の中に入るのが重要です。競争はその後からでもできます」
「なんで女側に誰もコイツを正そうとするやつがいないんだよ!」
なんだろう、少し皆と話の食い違いを感じる。
『最終組カウントダウンを行います、飛び込み台に乗ってください』
「じゃあ行ってくるよ」
「ええ、頑張って」
俺はアナウンスに従い20番と書かれた飛び込み台に乗る。
頭を大きく振って、気合を入れるために頬をパンと痛いくらい強く叩く。
不安に負けるな、今立ち向かうのは、この光を反射して揺れる水面のみ。逆転の方法も次のことも後で考えろ、今は全力で泳ぎきる。
ガチガチではない楽しいはずのカジュアルイベントは、俺にとって決戦の場と化していた。
プールの正面に備え付けられた、巨大な電光掲示板に大きく【3】と数字が表示される。この瞬間だけは、泳ぎ終えた参加者や、競技を見守るギャラリーもしんと静まり返る。
【2】の数字が表示され、心臓は早鐘をうち、【1】の数字に切り替わると緊張は最高潮に。【START!!】の表示と共にスターターピストルが、パァンと火薬の匂いをまき散らしながら炸裂する。
その瞬間30組の参加者は一斉に水中に飛び込んだ。
さして水泳が得意でもない俺、だが力の限り懸命に泳ぐ。水を大きくかき、水を蹴り必死になって体を動かした。
負けてたまるか、その一心だった。
負ければ玲愛さんと一緒にいられない上に、内海さんとの結婚が目の前で行われる。そんなの嫌だ。
どの口が一緒にいてくださいなんて言うのか。あっちいったりこっちいったりフラフラして、それで愛想つかされてちゃ世話ない。
剣心さんは怒るだろう、ウチの娘をたぶらかせよってと。
分家からも批判されるし敵も作るだろう、玲愛さんをまた窮地に追い込むことになるかもしれない。
でも…………傍にいられなきゃ、一緒に笑えないじゃないか。
もっと皆で楽しいことがしたい、皆でコスプレしたいし、コミケにも行きたいし、リア充っぽいこともやってみたい。あの空間は一人でも欠けちゃいけないんだ。
だから、だから頑張れ俺。あの人に家族になってもらうために。
例え最下位だろうが。
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