第185話 F
わたしは泣いた。久しぶりに泣いた。これからいいところを見せようと息巻いていたのは、最近姉に距離を離されてしまったからだ。
大好きな彼にキスをした火恋姉さん、大好きな彼が追いかけている玲愛姉さん。
じゃあ自分は? そう考えて自分を支えているものがないと気づいてグラッと体が揺れた。
ちょっと浮気性だけど彼は良い人、間違いない。すぐにフラフラしちゃうけど、わたしが彼にくっついていけばいいだけ。
だから首輪をねだった。首輪って凄い、玲愛姉さんがつけてるのを見て、凄く憧れた。こんな自分はちょっとおかしいんだろうなと思いつつも、よく考えれば伊達でまともな人間なんて一人もいないじゃないと気づき、クスリと笑う。
昔飛行機乗りの主人公が、ガールフレンドを二人作って三角関係を揺れ動くロボットアニメがあった。最終回で、お前たち二人共好きだって終わり方をして、賛否両論な結果になった。
でもどちらかというと批判が多かったみたい。なんでだろう? 誰も悲しまないはずなのに。
主人公は両方選びたいっていう気持ちをとって、女の子も別にそれを嫌がってなかったのに。
そんなことを思うから、わたしは少し歪んでいるのかもしれない。
玲愛姉さん、火恋姉さん、天さん、月さん、綺羅星、静先生……。無理じゃないですかこんなの。わたし悠介さんのこと好きだけど、皆も大好きですから。
一位になって、わたしの大好きな人たち全員を蹴り落とすくらいなら皆一番でいいと思います。
そりゃあわたしにだけちょっと優しくしてくれると最高ですけど。
彼が必死に玲愛姉さんをつなぎとめようとしているのは、きっとわたしたちの為でもあると思う。
このまま姉さんがどこかに嫁げば、きっとわたしたち姉妹にはわだかまりができてしまう。
火恋姉さんは凄く気にして、自分を責めて病みそう。
彼はきっと無意識だと思うけど、直感でこのままだと壊れちゃうと思って今走ってるのだと思う。
壊れかけた世界って言うと大げさ? 少し大げさですね。
でも幼い頃に家族を失ってしまい、孤独を経験した彼は、多分独りになろうとしている玲愛姉さんを見過ごせない。
例えそれが社会から許されない行為であろうと、不貞や不謹慎と言われようと。
何度つないだ手を振りほどかれようと、その手を伸ばし続けるんだと思います。
頑張れ、わたしの大好きな人。わたし達の世界を守る、貴方は出会ったときからずっと、わたしにとってヒーローですから……。
ねぇ、悠介さん。どうして今貴方は、胸にぽっかりと大きな穴を開けてうずくまってるんですか?
どうしてわたしは彼を応援していたはずなのに、彼を傷つけているんですか?
「大丈夫だよ雷火ちゃん、次は勝つから任せてくれ」
そう言って彼は光の粒子となって消えた。顔はアバターでわからなかったけど、きっといつもの困り笑顔だと思う。
ダメじゃない、わたしが足を引っ張ってる……。
役に立ててないよ……わたし……。
【なんで、負担になってるってわかってるのに愛されようとするんですか?】
もう一人の自分の声が響き、はっとする。
【伊達皆で手を引っ張るから千切れそうってわかってますよね?】
「…………」
【本当は誰よりも愛されたいくせに】
「違う!」
【わたし以外いなくなっちゃえばいいって思ってるのに】
「違う!」
【わたしは一番にはなれません。蹴落とされるのが怖くて他人を認めているだけ】
「違う!」
もうひとりの自分が至近距離で囁く。
【いつもみたいに諦めちゃえばいいじゃないですか。パーフェクトな玲愛姉さん、文武両道の火恋姉さん。あの二人と勝負するから痛い目をみるんです】
「…………」
【……ほんとはあの二人から逃げたくて留学までしたくせに】
「違う!!」
【先延ばしにしても辛いだけですよ……彼もいずれ、誰か一人を選びます。余分な翼は2本も3本もいらないんです】
「うぅ……」
ポロポロと涙がこぼれ落ちる。もうひとりの自分に何も言い返せず、わたしは子供のように涙を流してしまう。
そんなわたしの顔を掴んで、もう一人のわたしは怒る。
【空を飛ぶならあなたも羽ばたかなきゃダメです。片翼で空は飛べませんよ。あなたは重荷ですか? それとも翼ですか?】
◇
さっきの練習試合で破壊されたオブジェクトが、全て元に戻った状態で、俺は再び荒野の
これから本戦が開始だっていうのに、皆なかなかログインしてこない。
ザザッと一瞬ノイズが走って、月の声が聞こえる。
「あ、あー……」
目の前にSFチックな通信ウインドウが開くと、そこには申し訳無さそうな表情をした
「オタメガネ……本戦なんだけど、さっきの練習試合であんたのチームの約半数がリタイアしちゃったの。これじゃゲームにならないわ。……悪いけど今回のゲームは中止しようと思うんだけど——」
「やめないよ」
「意固地になってもダメよ。100対50以下まで人数差ができちゃってるの。ゲームバランス上、どう足掻いてもあんたのチームに勝ちはないわ。だから……やめよ」
「全員敵に操られたら200対2だったんでしょ?」
それなら150対2になって、むしろ最初より有利だろ。
「………………」
「それにゲーム内で話を聞きたい人もいるからね。この状況をどう思っているのか」
「それじゃもう一度チームの再編をしましょ。数を均等にして……」
「もうそっちの人たちは敵なんでしょ? 敵と同じチームにはなれないよ」
どんな対戦ゲームでもそうだけど、凄い強敵よりも全力で足を引っ張ってくる味方の方が最強の敵だったりする。
「だけど!」
「はじめよう、久々に頭にきてるんだ」
「くっ…………。勝負がついたと判断した時点で、すぐにゲームを中止するわよ」
「それでいい。俺にだってゲームに美学があるんだ。ルールで決められてなくても、やっちゃいけないことだってある。遊べばきっと最高の時間を提供してくれる、SFに片足突っ込んでいるような神ゲーを、一気にクソゲーにまで叩き落としたことは許せないよ」
「………無理しないで、あんたはまた仲間に殺されるかもしれないのよ。……キャラクターへのフェイスキャプチャー機能は、製品版では削除するわ。後コントロール系のキャラクターも……」
「調整は俺が”勝った”後にしてくれないかな?」
「……カッコいいじゃん」
「俺は顔以外大体カッコいい」
「致命的じゃない。もし本当に勝てたら好きになりそう」
「チョロインだな」
「チョロいくらいが可愛いでしょ。伊達玲愛みたいに重くないし」
「今のは聞かなかったことにする」
「フフッ、じゃあ……言ったからには頑張りなさいよ」
「ああ、勿論」
プツンと音をたてて通信ウインドウは閉じた。
通話が終わった後、俺は一向に増えることのない味方を待ち続けた。
そして数分後、西洋甲冑の天と武者鎧の火恋先輩、アニマルスーツの綺羅星が光の中から現れた。
俺は小さな禿山の上であぐらをかきながら、対岸にあるチームフラッグを眺める。向こうは数も揃い準備万端のようだ。
こっちは30人くらいしか集まってない。こりゃこのままぶつかれば轢き殺されるのは必至だな。
「悠介君……」
「彼女来てくれるかなぁ……」
攻略の鍵となるのは彼女なのだが、さっきので相当まいってたっぽいし……。
「兄君……」
「悠介君……」
「…………」
「ダーリン無視しないで!」
綺羅星が禿山を蹴り飛ばすと、オブジェクトが崩れ山は光の粒子になって消えていった。当然上に乗っかっていた俺は転落する。
「やぁっと降りてきたっすね。うんうんうなってるから腹でも壊したのかと思ったっすよ」
「さすがにお腹壊してたら一旦ログアウトするよ」
「ダーリン怒ってる?」
「どちらかというと俺の怒りは有頂天よりだね。初見プレイのネトゲで、右も左も分からない状態で、害悪ギルドにPVPで轢き殺されたくらい怒ってる」
「よくわかんない!」
MMOを勉強してきてほしい。
「三石君、もう大人しく降参しない? 勝ち目ないよ」
そう言ったのは魔女っ子衣装の一ノ瀬さん。わざわざこの負け戦に付き合ってくれて本当にありがたく、申し訳ないと思う。
「悠介君、敵は我々をコントロールして同士討ちを狙う」
「月に聞いたけど、これバグ技を使ってるんでしょ……そんなのボクらに勝ち目ないよ」
「なくはないんだよね。今回の件、敵は全員サイキックジョーというプレイヤーコントロールスキルを持つキャラクターを使用している。そのキャラが強いと教えたプレイヤーが絶対にいるんだよね」
「誰がそんなことを?」
「犯人はわからないけど、現状一番怪しいのは内海さん、もしくは玲愛さん。あの二人は相当勝ちにこだわってるし、伊達なら水咲の新型ゲームの内容を知っててもおかしくなさそう、っていうあくまで推測」
「悠介君、多分だが姉さんはそんな卑怯な手は使わないと思うが」
「俺もそう思いますけど、玲愛さんが勝ちにこだわった仮定の話として聞いてください」
「うむ、そうだね。確かに絶対にやらないとは言い切れない」
「敵の
「???」
火恋先輩の頭に?マークがいっぱい浮かんでいる。
「WIFIスポットみたいなもんなんです。そのままだと電波が届かないから、中継用のスポットを立てて電波を増幅するイメージです」
「ふむ……ではその中継キャラを倒せば、相手の電波は届かないわけだね」
「そういうことになります」
「でも誰が中継キャラかわかんないじゃん。敵は全員サイキックなんとかって奴なんでしょ?」
「いや、多分中継キャラに使われているのは俺たちの味方側なんだよ。敵軍は皆サイキックジョーでコントロールする側に回ってる」
「ってことは、操られているにも関わらず戦闘に参加せず、中継スポットに徹しているキャラクターを倒せば勝ちってことじゃない?」
天は嬉しそうに手を打つ。
「うん、その通り。天賢い」
「じゃあ、あーしがその中継キャラ全員ぶっ倒してやれば」
「無理なんだ」
「へっ?」
「あいつらに近づくと、綺羅星たちは操られちゃうからね」
「あっ、そっか、むしろあーしらが中継キャラになっちゃう可能性があるってことだもんね」
「確か兄君のキャラは、相手の洗脳を受け付けないんだよね?」
「うん、そういうこと」
「じゃあダーリンが一人で近づいて、一人で皆殺しにすれば全部解決?」
「いやぁさすがにそんな無双ゲーみたいなのはできないよ。それに俺のキャラは防御特化するぎるからね。いくら戦闘能力の低いサイキックジョーでも、100体から一斉攻撃されたらひとたまりもないよ」
「そっかぁ……」
「だから、待ってるんだ」
「待ってる?」
「うん、彼女が来るのを」
するとゲーム内に一陣の風が吹き、ブンっと音をたてて誰かログインしてくる。
そう、俺と相性ぴったりな彼女がいれば、100対2だろうがひっくり返せる。
絶対勝利の鍵。雷のオタク少女。
「待ってたよ、君とならどんな困難でも乗り越えられる。ライ――」
俺が振り返ると、ばつが悪そうにする成瀬さんの姿があった。
「お、お前あたし待ってたのか? いや、その期待してくれるのは嬉しいけど」
俺は首を振って、何も見なかったことにする。
再びゲーム内に一陣の風が吹き、ブンと音がする。
「待ってたよ、君と一緒ならどんな困難でも乗り越えられる。共に行こうライ――」
「はい、共に行きます……」
そう答えたのはうっとりとした表情を浮かべた静さんだった。
「違う! 違うって言ったら失礼だけど、俺が待ってるのは雷火ちゃんなの! 彼女じゃなきゃダメなの! I NEED 雷火ちゃーーん!!」
うぉぉぉんと四つん這いになって地面に頭を打ち付けていると、何かがゲーム内の日差しを遮った。
はっとして顔をあげると、そこにはシスタースカートがふわっと翻り、純白のパンティーとガーターベルトを見せる少女の姿があった。
「パンツ……見えてる」
「見せてますから」
ヒュンとかっこよく杖を回す雷火ちゃん。
「わたしヘタレなので、このまま逃げちゃおうかと思ったのですが、これだけ熱烈にコールされたらやるしかありませんね」
「メイン火力キタ、これで勝つる!!」
「それを言うならメイン盾ですよ」
雷火ちゃんはふふっと笑うと、なぜか申し訳なさげに俯く。
「わたし……あなたの足かせになってませんか?」
「とんでもない。雷火ちゃん、”君が俺の翼だよ!”」
「ククク」
「どしたの雷火ちゃん?」
「いえ、多分わたし生まれ変わっても、あなたより相性のいい人見つけられないだろうなって」
「そうかな? そんなことないと思うけど」
「いーえ、そんなことあります。これ終わったらカラオケ行きたいですね」
「いいね、フロンティア縛りで行こう」
―――――――――
更新遅れてすみません。
新作を書くために山ごもりしていました。
そろそろ形になってきたので山から降りてきました。
今肩がギザギザに破れた道着と髭面姿で執筆しています。
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