第184話 オタとVRバトルⅣ

「はっ?」


 岩の中に閉じ込められていると、火恋先輩がフラッグの周りにたむろしていた味方プレイヤーに、突如として刀で斬りかかったのだった。


「えっ? どういうこと?」


 わけがわからず、岩の隙間から食い入るように外を見やる。

 おかしくなったのは火恋先輩だけではなく、先遣隊として進軍していた味方プレイヤー全員がおかしくなっており、彼女たちは自軍内で同士討ちフレンドリーファイアを仕掛けていく。

 周りも大混乱で、味方からの不意打ちに、逃げるものや戦闘態勢をとるものなど様々で、悲鳴や怒声のようなものが飛び交う。


「なんだこいつらルールわかってないのか!?」

「やめて私たちは味方よ!」

「お前今オレを攻撃したな!?」

「あたしじゃないわよ!」


 もはや誰が味方で誰が敵かわからない、阿鼻叫喚の地獄。


「止まんないんですけどぉ!」

「体が勝手に動いてるんです!!」


 とち狂った仲間の行動に意味がわからなかったが、綺羅星と雷火ちゃんの叫びで全てを察した。


「クソが、行動操作コントローラー系がいんのかよ!」


 俺は急いでメニューを開いてキャラクターを検索する。


「どいつだ! どいつが犯人だ!?」


 全キャラクターのスキルを漁っていくと、怪しいスキルをもつキャラクターが何体か見つかった。


「ヴァンパイアデビル……牙か爪で攻撃した敵をスレイブ化して操ることができる。こいつか? もしくはサイキックジョー、半径100m以内のキャラクター一体を念動力で遠隔操作することができる……。こいつらが怪しい。ってことは、この近くに操ってるプレイヤーがいる!」


 俺がその結論に至ったとき、ロックシールドの効果が切れて目の前の岩壁が光の粒子になって霧散する。

 こちらに向かっていた綺羅星や火恋先輩達は、次々に味方キャラクターを斬り倒し、自軍のフラッグに視線を向ける。その時丁度俺と目線があった。


「嘘、やだ、やめてよ……。何する気あーし……」

「悠介君、ダメだ! 逃げるんだ!」


 フラッグの前で防衛にあたっていたプレイヤー達は全て倒され、光の粒子になって消えていった。恐らく体力を0にされて、バトルフィールドから現実に戻されたのだろう。

 操られておかしくなったのは、敵陣に向かったプレイヤー全員で、その数は約50人。

 どうする? 逃げたところでフラッグを破壊されて負けは確定。つかこの人数だとなぶり殺しにされる。

 マップを表示させても敵のマーカーは表示されず、味方のマーカーしか見えない。

 だが操ってる本体が近くにいるはずだ。せめてキャラクターぐらい確認しないと、全員無駄死にだぞ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 謝罪の言葉を繰り返しながら俺の前に立ったのは、さっきまであれほどはしゃいでいた雷火ちゃんだった。


「止まらないんです、止まらないんです。自分の体が言うことをきかなくなって、勝手に攻撃してしまうんです。本当にごめんなさい、お願いですから逃げて下さい」


 さっきまでのやる気に満ちた雷火ちゃんからは一変し、顔をくしゃくしゃにして涙を零していた。

 自分の意思とは無関係に体を動かされるのはさぞかし恐いことだろう。俺がもし逆の立場なら、自分の拳をへし折ってでも自分を止めたくなるだろう。

 なんとか救ってあげたい。だが、今の俺には何も出来ない。ただ操られた味方からの攻撃を、亀のように丸くなってガードし続けるしかなかった。

 俺のごつい岩で出来た腕から覗く皆の顔は、一様に苦悶に満ちていた。


「もうやめてよ! なんで、あーしがダーリンをボコボコにしなきゃいけないの!?」


 見かけに反して重い乱打を放ってくる綺羅星の悲痛な声。

 火恋先輩も必死に刀をブルブルと震わせつつ、敵の命令に抗おうとしている。


「一生の屈辱だ。愛する者を手にかけるなど。くっ……誰か私を殺せぇ!」


 ギリっと唇を強く噛み締め、血がにじみ出ている。確かに俺もやられるよりやる方が1000倍辛いと思う。


「兄君、ボクを倒すんだ!」


 天が俺の前で両手を広げ、命令に抗いながらさぁやれと促す。


「ボ、ボクはMだからね。DV耐性ある方だから」


 一体なんのカミングアウトをしているのか。

 だが無防備な天なら、アースロックマンの打撃でもダメージを入れられるはずだ。

 俺はそう思い、彼女に向かって拳を振りかぶったが。


「ひうっ」

「くっ」


 殴れるわけないだろ、顔は無理して笑ってるが、足ガクガク震わせてビビり倒してるのに……。

 天はガワは王子様みたいな顔してるけど、中身はヘタレで気が小さくて繊細なんだよ。


「畜生めがぁ!」


 行き場を失った俺の拳は、地面を粉砕する。

 たかがゲームと思うかもしれないが、目の前で泣きそうな女をぶん殴れるわけがねぇ。

 ド畜生、手も足もでない上に、敵の確認すら出来ないなんて最悪だ。

 俺が顔を上げると、目の前で詠唱を行う雷火ちゃんの姿があった。


「悠介さん、今のうちにやって下さいよ! わたしなら大丈夫です! 遠慮なく腹パンしてください!」


 再度拳を握り直すが、そんなボロボロの泣き笑いしてる女の子を殴れるはずもない。


「早く! 詠唱が終わる前に切り捨ててください!」


 それにそもそも——


「俺は君たちを守りたくて戦ってるんだ。だから誰も切り捨てない」


 俺は両腕をクロスして大防御の構えをとる。


「すみません。多分痛いですよ」

「君の愛だと思うことにするよ」


 呪文の詠唱は完了して、言うことをきかない雷火ちゃんの腕は、スキルグランドクロスを発動させる。

 天から降り注ぐ神々しい光は、一瞬の瞬きと共にフラッグ周辺に巨大な十字のクレーターを作り上げていた。

 俺の体は炭のように真っ黒にされていたが、まだ光の粒子になって消えてはいなかった。

 頭上のHPゲージが1ミリ程度残り、グランドクロスに耐えていたのだ。

 アースロックマン以外なら完全に終わりだっただろう、だが無理に耐えてどうなるわけでもない。

 どの道このままなぶり殺しにされるくらいなら、一点突破して……。

 俺が玉砕策を考えていると、凄まじい勢いで駆けてくる敵プレイヤーが見えた。

 そうだ、ここにいるのは皆仲間であって、それ以外にもまだ100人以上の敵が残ってるんだ。

 こりゃどうにもならんわと諦めかけたが、俺はその単騎でかけてきたプレイヤーを見て喜んだ。

 真っ黒な鎧を身にまとい、鎧馬に跨った男性はモジャモジャでとてつもないイケメンだった。


「藤乃さん」


 敵メンツの中では一番話せる人間だが、月の命令でトドメをさして来いと言われただけかもしれない。

 でも味方に倒されるよりかは、藤乃さんにやられる方が100倍マシだ。

 周りにいる雷火ちゃん達を押しのけて駆け抜けてきた漆黒の騎士ナイトライダーは、俺の前で馬を降り円錐状の突撃槍で攻撃してくる。その攻撃をガードした瞬間、藤乃さんはキスしそうなくらい顔を近づけてきた。


「三石様、どうかこのままで」


 傍目から見ると、必死に押し合いをしているようにしか見えない。だが顔が接近する度に藤乃さんは俺に耳打ちする。


「現在こちら側の味方プレイヤーに、サイキックジョーというキャラクターがいます」


 やっぱりあいつか。


「そのキャラクターはコントロールウェーブというスキルで、任意のプレイヤーを操ることができます」

「ステータスとスキルは知ってます」

「サイキックジョーは1キャラにつき1体しかプレイヤーを操ることができません、おわかりですか?」

「まさか、50人以上もサイキックジョーが?」

「いえ、こちらのチームは、お嬢様、玲愛様、内海様、わたくしを除く全プレイヤーがサイキックジョーです」

「は!?」


 初見のゲームで全員が同一キャラクターになるなんてありえない。だが、俺はこの現象を様々なネットゲームで知っていた。


「まさか、リークですか?」


 予めゲーム内容を知っている人間が、強キャラと戦術を味方に流し統率のとれた動きで試合を行うことだ。


「その可能性が高いです。更によくないのが、サイキックジョーのコントロール範囲は半径100mほどです。しかし三石様のチームに中継キャラをたてて、その効果範囲をマップ全体にしています」

「ってことは向こうは安全圏から、俺たちを同士討ちさせてると」

「はい。本来こんな使われ方をすると思っていなかったスキルで、これをされるとほぼ勝負が決まってしまう戦術です」

「ほぼ故意的不正行為グリッチじゃないですか」

「これはもうゲーム側の調整不足としか言いようがありません。お嬢様も、この試合に関しては一刻も早く終わらせようとしています」


 まさか月も全員がサイキックジョーで来るわけないと思っていただろう。その結果、ゲーム制作者の意図とは反した戦術が可能になってしまい、ワンサイドゲーム化してると。


「運営はリークをし掛けた犯人の調査と、ゲームキャラに関して調整を実施致します。次の本戦、三石様に勝ち目はございません。一度敗退していただき、調査結果を踏まえ、後日再度調整を行ったゲームで試合を行っていただきます」


 そんな簡単に調整できるものなのだろうか? だがここまで俺の大事な人たちを泣かされて、胸糞悪いまま終わらされるのもたまらない。


「藤乃さん、アースロックマンの常時発動パッシブスキルに状態異常無効ってのがあるんですけど、それサイキックジョーにも有効ですか?」

「有効です……サイキックジョーのコントロールウェーブに耐えられるのは、三石様のアースロックマンと、雷火様のマリアの加護スキルのみです」

「じゃあ最悪全員が操られたとしても、俺と雷火ちゃんだけは効かないんですね?」

「はい……マリアの加護は詠唱スキルなので、予め使用しておかないと効果がありませんが」

「そうですか」


 なら逆転の芽はある。


「三石様、無茶はおやめください。ゲームとは言え、フェイスキャプチャーでご友人の顔がゲーム内に再現されています。それを無理に攻撃するのは、心苦しいことでしょう。恐らく調整でコントローラー系のスキルは全て削除されますので」

「いや、次の本戦勝ちますから」 

「その自信は一体どこから……」

「ゲームを人を傷つける道具にした奴が許せないんです」

「………………」

「俺はこのまま引き下がりたくありません。あわよくば、今回の犯人引きずりださせてください」

「…………お嬢様には、こちらの意思は伝えましたが、善戦なさるつもりだとお伝えします」


 流石藤乃さん、話せる。


「あちらから砲弾を放っているのは、玲愛様のキャプテンベルベットというキャラクターです。攻め入る際はご確認下さい」


 なるほど、あの無意味に見えた砲弾は全てサイキックジョーに近づかせない為の牽制か……。

 じゃあこのクソみたいな練習試合を早く終わらせてもらおう。


「それじゃあよろしくお願いします、痛くしないでくださいね」

「わたくしも、するよりされる方が好みなのですがね」


 俺の周りマゾ多すぎん?

 藤乃さんは手にした槍を、ねじり込むようにして俺の体に突き刺した。

 俺のアバターは光の粒子になりながら消えていく。その間に藤乃さんが、他に犠牲をだすことなくフラッグを破壊してくれたおかげで練習試合は終了となった。

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