第186話 一点突破

「これは面白いのか?」


 海賊服を身にまとう玲愛は、冷ややかな目で戦闘フィールドを眺めていた。

 水咲のイベントも終盤で、現在電脳世界では100対100の大規模バトルを行うVRゲーム中である。

 開始前は、フルダイブ型と呼ばれる近未来的な技術を体験できると参加者はわいたが、実際プレイしてみると初見ゲームのはずなのに強戦術のリークと、故意的バグ利用グリッチが広まりゲームバランスは崩壊していた。


「仕方ないよ、だってこれが一番強いんだもん」


 ペアの侍衣装を纏った内海は、肩をすくめ味方チームを見渡す。

 玲愛軍にはサイキックジョーという、頭に電極を刺したボンテージ姿のキャラクターがずらっと並んでいる。

 このキャラは、相手プレイヤーをコントロールする電波を出し、スレイブ化する能力を持つ。

 スレイブ化したキャラ同士を戦わせるという戦法が、現状このゲームでは最強で、しかも唯一の弱点である電波範囲をグリッチで拡張し、見えない位置からコントロール電波だけ飛ばしてくるイカレキャラになっている。


 結果対戦チームは、わけもわからずキャラクターコントロールを乗っ取られ、同士討ちさせられて瓦解していった。

 これがもしコンシューマーのゲームなら、台パンしながらコントローラーをぶん投げて「こんなクソゲ二度とやらんわ」と吐き捨ててもおかしくない。


 玲愛は眉を寄せ、敵意のある目で内海を見やる。


「そんな怖い目で見ないでよ」

「リークしたのはお前か?」

「冗談言わないでくれ。僕はこのゲーム初見だよ? 僕の方がこの状況に驚いてるんだから」


 内海はいつもどおり飄々とした態度で、よくわかんにゃいと言う。

 いい歳した男が、語尾に猫語をつけるのに苛立ちを覚える玲愛だったが、この男は元からそういう性格である。今更そんなところで腹を立てても仕方ない。


「この状況で一番得をするのはお前だと思うんだが」

「現状総合ポイントは僕達のペアがトップ。このゲーム対決で、三石君のチームが勝ちを落とせば優勝はほぼ確実になる」

「この試合が終わったら後はコスプレミスコンだけだ、実質これが最終試合。奴らはここでなんとしても挽回しなければならない。そのチャンスを大人気なく潰して得をするのは、お前しかいないと言っているのだ」

「やだなぁ玲愛ちゃん。そんな人殺しみたいな目しないでよ。そんな目してると、まるで……”逆転してほしい”みたいだよ」


 内海の揺さぶりに、玲愛はポーカーフェイスを崩さず。


「さっきも言った通り、僕はこのゲーム初見だ。サイキックジョーが強いなんて情報は知らない。おまけにウチのチーム多分バグ技グリッチ使ってるんでしょ? 開発者でもない僕が、そんな方法知ってるわけないじゃないか。むしろ怪しいのは同じチームの水咲さんじゃないの?」

「水咲はそんなことしない」


 即答した玲愛にガクッと腰を落とす内海。


「うぐ、水咲さんと僕の信頼度に大きな開きがあることに驚いたよ」

「そういう意味じゃない。このイベントは水咲のプロモーションを兼ねているのだ。主催者にとって勝利など二の次。盛り上がることが一番の成功だと言うのに、ここまでワンサイドゲームと化したらイベントとしては大失敗だ」

「それはそうだね。まさかゲーム開発者も、大事なイベント中にバグが見つかるとは思ってなかっただろうに。担当者今頃泡吹いて倒れてそう」

「犯人はどう考えても、我々が勝つことで得をする人間しかありえん」

「君が結婚して、利があるのは僕だけじゃないんじゃな~い?」


 内海は意味ありげな視線を向ける。

 玲愛はグリッチとリークを広めた犯人を推理すると、実は自分に結婚してほしい伊達家の可能性も浮上してくる。


「父上が……?」


 ないとは言い切れない。剣心は悠介のことを嫌っているし、優勝するかもしれないと思って妨害工作に出たのかもしれない。

 勿論目の前の男が嘘を言っている可能性はあるし、なんなら伊達家と内海が裏で結託している可能性もある。

 証拠がない以上全ては憶測にすぎず、黒幕説は無意味だと玲愛は首を振る。

 ふと内海を見やると彼は荒野のバトルフィールドを眺めたまま、半笑いを浮かべていた。


「そんなに楽して勝つのが楽しいか?」

「違うよ玲愛ちゃん……なんで君は、僕らが勝つこと前提で話を進めてるのかなって思ってさ」

「何を言っている。敵チームは半数以上リタイアした。この状況でゲームになると思うな」

「いるんだよねぇ……。こういう状況で燃えてくる人種が。ゲーマーって言うんだけどね」


 内海はズドドドドドと土煙を上げて突進してくるプレイヤーを見やる。

 岩石のような見た目をしたアバターの戦意は衰えておらず、肩にシスター服の少女を乗せて突撃してくる。


「君の妹さんと、三石君だね」

「あいつら、何か策が……」

「いやぁ、あの顔は小細工抜きで正面から叩き潰してやるって顔だよ」


 悠介のアースロックマンはフルフェイスアバターなので、その表情を伺うことはできない。

 しかし内海の言う通り「お前ら、今から全員右ストレートでぶん殴りに行くからな」と言わんばかりの突進である。


「チッ、あのバカ。熱くなって」

「熱くなるのは若人の特権だよ。ああいうのを見るとこっちも滾るよね」



「やっちゃえバーサーカー☆」

「GUOOOOOOOO!!」


 俺は雷火ちゃんを肩に乗せたまま突撃し、迎撃に出てきたサイキックジョーを殴り倒していた。

 俺たちの作戦は至極単純。範囲魔法グランドクロスを使える雷火ちゃんを敵陣中央まで運び、敵チームフラッグまとめてぶっぱする。

 ただそれには条件があり、雷火ちゃんのキャラはコントロールウェーブを防御するため、マリアの加護という防御魔法を常に展開しなければならない。

 そのため援護魔法を使用することもできないので、敵陣中央にたどり着くのは俺一人の役目となる。


「怖くない雷火ちゃん?」

「わたし悠介さんの腕を信用してますから」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない」


 ナチュラルにエンドレスワルツネタの掛け合いをしてから、俺達は敵陣へ中央突破を敢行する。


「コントロールウェーブ!」


 敵プレイヤーが俺たちをコントロールしようとスキル攻撃を仕掛けるが、アースロックマンの常時発動パッシブスキル、状態異常無効で操られることはない。


「オラァ!!」


 サイキックジョーを鉄拳で沈めると、周囲のプレイヤーたちが怯む。


「つ、強い」

「俺たちのキャラじゃ話にならないぞ!」


 サイキックジョーのコントロールウェーブは強力だが、それ故攻撃手段がスレイブ化したキャラ頼みのタイマン最弱キャラ。

 それに対して、状態異常無効を持つアースロックマンはアンチピック。


「お、おい俺たちは100人いるんだ。全員でかかったら絶対に負けないって!」

「そ、そうだ、コントロールウェーブがきかないなら通常攻撃で行くぞ!」

「「「さ、サイキックビーム!」」」


 敵プレイヤーは10人がかりで虹色のビームを放って攻撃するが、アースロックマンの岩石装甲を軽く剥がしただけで、その足を止めることはできない。


「邪魔だ、どけぇぇぇぇぇぇ!!」

「なんで止まんないんだよ!? ゲームバランス狂ってるだろ!?」


 グリッチを使っている彼らに、ゲームバランス云々を言われたくないが言っていることは正しい。

 対戦ゲームのバランス調整で、無双キャラというのは存在してはならない。キャラクター属性有利で2対1に勝っても、3対1以上勝ってはいけない。

 オンラインゲームにおいて、1試合に1プレイヤーが敵を倒していい上限というのは決まっているのである。

 だが調整の甘いα版で、ゲーム慣れしたプレイヤーと不慣れなプレイヤー、更にキャラクター有利の条件が重なると、ゲーム開発が定めたルールは破られる。


「おおおおおおおおお!! ボンバータックル!!」

「GOGO! 今の悠介さんなら暗黒武闘会でも勝てますよ!」


 ちなみにだがアースロックマンにボンバータックルという技は存在しない。

 岩石戦車と化した俺は、体当たりだけでひ弱なサイキックジョーをなぎ倒し、敵のチームフラッグへと猛進する。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!! ダブルラリアットォ!!」

「今の悠介さんの半径3万メートルに近づかないで下さい!!」


 俺の岩石ラリアットで、サイキックジョー三人を吹き飛ばす。

 自分の凄まじい怪力に、本当に超人になったみたいで爽快だ。

 しかしこれだけ敵を千切っては投げ、千切っては投げしているのだが、実際倒した敵プレイヤーはたかがしれている。

 網膜に表示されるUIには敵の数は94と表示されている。つまり6人しか戦闘不能にしていない。

 俺がふっ飛ばしたサイキックジョーたちは、HPを半分ぐらい残して立ち上がる。


「悠介さん。やはり防御特化のアースロックマンだと、火力が不足してますね」

「そうだね。一体一体にとどめを刺してると、いくら時間があっても足りない。フラッグを目指そう」


 こちらが強いといっても、さすがに2対100はどうあがいても覆らない。

 俺たちが敵を無視して突き進もうとすると、侍風の着流しに刀を腰に下げたキャラクターが前を塞ぐ。


「いやぁ三石君、大暴れじゃないか。血気盛んだねぇ」


 雑なコピーペーストでもしたかのようなサイキックジョー集団の前に出たのは、くたびれた男こと内海さんと、ミニスカ海賊服に眼帯を身に着けた長身の女性。


「玲愛……さん」

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