第187話 マゾは無敵
髑髏の刺繍が入ったトライコーンを被った玲愛さんは、冷たい眼差しでこちらを見やるが一言も発することはない。まるで俺たちと話すことなど何もないと言っているようだ。
彼女にかわって内海さんはパチパチと拍手をしながら、この数相手によくやるもんだと笑う。
◯番隊死神隊長みたいな格好をした内海さんは、サイキックジョー集団の前に出ると俺達と対峙する。
「三石君は現実では気が弱そうだけど、ゲーム内では案外パワー系だね」
「ちょっと是が非でも勝ちたい理由があるんで」
「もう少し楽しむ心を持ったほうがいいよ、ゲームは娯楽なんだからさ」
いけしゃあしゃあと、このサイキックジョーだらけの試合が正常みたいに言うのはやめてほしい。
「……内海さん、単刀直入に聞きますが、あなたがグリッチとリークを広めましたか?」
「玲愛ちゃんにも聞かれたけど、答えはNOだよ。なぜなら僕はそんなことをしなくても君を倒せるから。逆に僕としては、ここまで露骨なことをされて無効試合になることを恐れてるよ」
確かに今のこの状況は、是が非でも内海チームに勝ってほしいという、なりふりかまわない無理な介入が見て取れる。
恐らく内海さんが本気で勝ちに来るのなら、そもそも俺をイベントに参加させないなど、もう少しスマートな手を使うだろう。今回の件は証拠を残しすぎている。
俺はグリッチの犯人がこの人なんじゃないかと疑ってたのだが、変に納得させられてしまった。
「ちゃんと答えてくれてありがとうございます」
「僕を信じるのかい? こう言っちゃなんだが、僕は嘘つきだよ」
「例え嘘でも、モヤモヤしたまま試合をするのは嫌なので。俺はもうあなたが白だと思って戦います」
「君はピュアなのかお馬鹿さんなのか判断に困るね」
恐らく後者だと思う。
「そんな腹決めて戦うぞって顔しないでよ。三石君こそいい加減諦めたらどうだい? 君には可愛い彼女がいるじゃないか。二兎を追うもの一兎もえずだよ」
内海さんは俺の肩の上に乗る、シスター服の雷火ちゃんに視線を投げる。
「彼女じゃありません、許嫁です。彼女の一ランク上ですから」
「そ、そうなの、ごめんね」
普通に雷火ちゃんに怒られて謝罪する内海さん。
「なら尚更君がやろうとしてることは、全力で浮気する為にこのイベントに勝ちたいって言ってるわけでしょ。それじゃあ君に協力してくれてる子が、あまりに不憫だと思わないかい?」
正論すぎて耳が痛い。しかしそれをそうですねと頷くわけにはいかない。
「普通の人ならこんなことはしません。だけど妹を守り続ける為に身を粉にしている人がいる。自分は姉だからって自由を諦め、家族を諦め、気持ちを諦めた人がいる」
俺は自分の右腕を見やる。電脳世界では見ることは出来ないが、そこにはちゃんと玲愛さんが身につけていた首輪がある。
「俺は玲愛さんと手錠で過ごした数日を信じて、あなたの手をもう一度つかみにいきます。勝手に孤立するなんて絶対に許さない。その上で雷火ちゃんや火恋先輩に刺されるなら別に構わないです」
「玲愛ちゃんが君のことを好きという前提で動いてるよね。
「恋愛なんて大体狂ってるもんですよ」
「違いない」
芯に刺さったのか、内海さんはクククと笑う。
「だけど妹ちゃん、君はほんとにそれでいいのかい? 君は彼を引き止め、一般的な幸せを手に入れることができるはずだ」
「わたしたち伊達は全員で幸せになるか、全員で不幸になるかしか道はないんです。トライアングラーならぬスクエアングラーになるしかありません」
「それで……本当に君は幸せになれるのかい? 本当は心の中で泣いてるんじゃないか?」
内海さんは、大人特有の深い問いかけを雷火ちゃんに投げる。
「いいんです……というか、今悠介さんの周りには伊達家以外にライバル3姉妹と、お姉さん組3人の計9人でバトロワしてるんです。これはもはや個人戦ではなくチーム戦なんですよ。予断を許さない綱引き状態だというのに、玲愛姉さんメンヘラ起こしてるんですから、こっちとしてはいい加減にして早く綱を引けという気持ちでいっぱいなんです」
恐らく俺の全身に綱を巻きつけて、三方向から引きちぎるジグソーが考えそうなデスゲームをしているのだろう。
雷火ちゃんが早口でまくしたてるが、内海さんは真剣な表情のままだ。
「妹ちゃん、おふざけをして自分を隠さなくていいんだ。お姉さんを追わないでって君には言う資格がある」
「…………わたしの好きな悠介さんなら絶対に追いかけます。わたし自身も、追いかけてほしいと思っています」
「…………君もクレイジーだねぇ」
「伊達の中で狂ってない人間なんていませんよ」
雷火ちゃんは口角を吊り上げ、悪人みたいな笑みを浮かべる。
「ふぅ……さすが伊達家三女でも”伊達だ”。末恐ろしい片鱗が見えるよ。いや、彼女たちにここまで言わせることができる三石君が一番恐ろしいか。なぁプレイボーイ」
「それやめてください。クズでいいですよ」
「間違ってるとわかっていながら突き進むのであれば、もう語り合いに意味はないか……。なら死力を尽くして戦って、勝ったほうが正しいでいいじゃないか」
「賛成です」
内海さんは腰を低くしチャキッと金属音を立て、僅かに刀を抜く居合の構えをとる。
内海さんとの間合いは約6メートル強、侍衣装のキャラがどのような能力を持っているかわからないが、恐らく一撃必殺の居合術だろう。
俺は雷火ちゃんを肩から下ろし、腕を縦に構え防御力を生かしたボクサーガード態勢をとる。
内海さんの目がカッと見開かれた瞬間、ブォンと音がなった。
「奔れビーム斬鉄剣」
内海さんから殺気が迸り、目の前に閃光エフェクトが走る。謎の白い光を見て、岩石アバター越しの体が強ばるのを感じた。視界が復帰した直後、俺の左腕は宙を舞っていた。
何が起きたかわからないまま、岩石の腕は荒れた地面に転がり落ちると光の粒子となって消滅していく。
「ぐっ! 速い!」
「悠介さん!」
内海さんの持つ刀、いやビームソードはバチバチと唸りを上げライトグリーンのエフェクトを放っている。
くそ、見た目に騙された。てっきり和風のブリーチキャラかと思ったら、思いっきりスターウォズだ。
しかも内海さんは踏み込み無しで、俺との距離を0にしてきた。居合の射程が遠距離スキル並に広い。
「ありゃりゃ外しちゃった。ほんとは首を狙ったんだけどねぇ」
電光石火の一撃を受け、俺のHPは一割ほど削られる。これが首にヒットしていたら死んでいたかもしれない。
「もしかしてその攻撃、即死属性ついてますか?」
「いや、僕のビーム必殺剣は
貫通とは相手の防御力を無視してダメージを叩き出す、
どうでもいいがビーム必殺剣ってすごいパワーワードだな。
俺は転がっている荒野フィールドの岩石を、切られた左腕にくっつける。すると、体が岩を吸収して新たな左腕を作り出した。
「腕は再生しちゃうのか、じゃあやっぱ首を落とさないとダメか。それか四肢を切断してダルマにしちゃうかだね」
「もう一回見たので、俺に居合は効きませんよ」
嘘である。全然技の発生とか見えていない。
というか技の発生時、白エフェクトで視界が遮られるのがズルすぎる。
「君の目論見は、妹ちゃんを
あっさりとこちらの作戦もバレ、俺たちの周囲を5,6メートルほどの距離をあけ円形にサイキックジョーたちが取り囲む。
「悪いがそんなことはさせない。グリッチだろうが、卑怯と言われようが数の暴力で止めさせてもらう。いいよね、玲愛ちゃん」
「なぜ私に問う。奴らは敵だ、それ以外何ものでもない」
静観していた玲愛さんは、くだらんと言いたげに長く美しい電子の髪を弾くと、切れ長の瞳で俺を見やる。
その目には感情の一切がなく、冷たい氷細工のようで、俺のことをただの障害物としか思っていなさそうだ。
本当に敵になったみたいで心にズキっとくるが、俺はあれはツンデ玲愛ツンデ玲愛と自分に言い聞かせ、彼女に岩の手で作る手ハートをプレゼントした。
「玲愛さんだいちゅき♡」
「…………」
空気を一切無視した好意を贈ると、玲愛さんの目が鋭くなり口元がピクピクっと歪む。
普通の人間なら、なにをふざけているんだ今すぐ土下座して謝った方がいい、殺されるぞと言うだろう。しかし長年一緒にいる雷火ちゃんや俺にはわかる。
「…………姉さん
「ああ。俺のネテロ会長ばりのハートがきいたみたいだ」
「あのヒエヒエの空気感でだいちゅきは反則ですよ。前々からそうですけど、姉さんって悠介さんの異様な強メンタルがツボなんですよね」
「俺は冷たくされるほど熱くなる男だからね」
「あの、わたしもどっちかって言うとマゾなので、同じ性癖もつのやめてもらっていいですか」
この際ムチは玲愛さんに持ってもらおう。
玲愛さんは不機嫌そうな声で「早く終わらせろ」と内海さんに告げる。
「そういうわけだ、若者の暴走はここで大人が止めさせてもらうよ」
サイキックジョーの虹色光線と、内海さんのビーム必殺剣が同時に俺たちに襲い来る。
「行くよ雷火ちゃん!」
「はい、ゲーマーの意地見せてやります!」
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