第156話 地母神静
本日の授業が全て終了したので、
しかし雷火ちゃんと火恋先輩は、綺羅星に連れられて同人ショップに行くらしい。
最近深夜にBreeという水泳アニメを見たらしく、二人でハマったようだ。
同人ショップ初体験の綺羅星には、さぞかし新世界が見えることだろう。
俺たちも先に同人ショップに行こうかとラインしてみたが、『悠介さんと一緒にエロ同人漁れるわけないじゃないですか!』と返ってきた。
確かに俺も異性が隣にいてエロ同人漁る度胸はない。
とりあえず雷火ちゃんには、『お姉さんたちに乙女ゲーを仕込むのはOKだが、BL沼に落とすんじゃないぞ』と釘をさしておく。
その後すぐ『おねショタくらいにしときます(`・ω・´)ゞ』と返事が返ってきて、一抹の不安を覚える。
結局玲愛さんと天の三人で家路につくことになった。
帰る途中に、いつも使っているスーパーや本屋、服屋、雑貨屋等、生活に必要なお店を案内していると、マンションの前についた頃には日も暮れかかっていた。
見慣れた玄関のオートロックを解除して五階まで上がると、501号室に水咲と書かれた銀のプレートがはまっている。本当に隣の部屋に引っ越してきていた。
早速天の部屋にお邪魔させてもらおうかと思ったが、俺の背後から砂糖に練乳をかけたくらい甘い声が響く。
「ユウく~ん。ユウ君のお部屋はそっちじゃないわよ~」
なんだろう、とても優しい声なのにどこか闇を感じる声音だ。
ギギギと油の切れたブリキ人形みたいに首を回すと、そこには満面の笑みを称える爆乳女性が立っていた。
ニットセーターにロングスカート、買い物帰りなのか手にしたエコバックからは大根とネギが覗いている。
どっからどう見ても
「し、静さん」
「お、お義姉さん」
玲愛さんがビクッとして、頭を下げる。めちゃくちゃレアな光景だと思う。
「伊達さんですね……話は聞いています」
「下の名前で結構です」
「玲愛さん?」
「玲愛で結構です」
「じゃあ玲愛ちゃんで」
パンと手を打ち嬉しそうな静さん。対する玲愛さんは、いつもの氷結の女帝が見る影もなく氷のチワワくらいちんまりしていた。
ほんと静さん苦手なんだな。苦手というとちょっと違うか、どう接していいかわからない親戚って感じだ。
「ご、ごめん天。ちょっと家庭でお話してからそっち行くわ」
「う、うん。ごゆっくり」
俺たちは静さんの部屋に入り、座卓に座る。
静さんは鼻歌を歌いながらキッチンでお茶をいれはじめた。
ソワソワと落ち着きのない玲愛さんは、耳元で俺にささやく。
(あれは怒ってるのか? どうなんだ?)
(いやー……あんまり静さんが怒ったところって見たことがなくてですね。ただ……)
(ただ?)
(もし静さんがキレたら、あの笑顔のままキレると思います)
ゴクリと生唾を飲み込む玲愛さん。
静さんがお茶をテーブル上に置き、座卓の対面に座る。
「粗茶ですが」
「いえ、とんでもない」
玲愛さんは一口くちをつけ、小さく息を吐き落ち着きを取り戻す。
「静さん、挨拶が遅れました。わたくし伊達家長女、玲愛と申します。この度は愚妹含め私の不手際により、三石家の方々には度重なるご迷惑をおかけいたしましたことをお詫びいたします」
腰を曲げて礼をするその姿は、まさしく伊達の女帝。気品にあふれている。
「つきましては……」
玲愛さんはどこから取り出したのか、商品カタログをテーブル上に広げてみせる。
そのカタログには南の島が写っており、旅行案内にも見える。バカンスでもプレゼントする気なのだろうか?
「好きな島をお譲りします」
凄く真摯に買収しようとしていた。
カタログには島の売値が書かれており、どれも桁が多く目玉が飛び出そうな値段だ。こんなものプレゼントとか、石油王か玲愛さんくらいしかできないだろう。
「え、え~っと結構です。管理とかできませんし」
「管理人維持費含め、全てこちらで負担させていただきます。ご安心を」
「玲愛ちゃんダメよ。そういうのは無駄遣いって言うのよ」
静さんの圧倒的正論パンチが炸裂する。
「そ、それなら家はいかがでしょうか? 国外にバッキンガムを超える宮殿を」
「玲愛ちゃん」
「で、ではクルーザー!」
「玲愛ちゃん」
「他にも外車!」
「玲愛ちゃん」
静さんはニッコリ笑うと「どれも必要ありません」と答えた。
おぉ、なんか今日は静さんの雰囲気が違うな……。どことなく圧を感じる。
買収に失敗した玲愛さんは、焦りをにじませながら小声でぼそりと俺に問う。
(彼女のスペックを教えてくれ。切り口がわからん)
(家事料理好きで、職業は少女マンガ家兼美容師です。マンガはこの前100万部突破とかでアニメ化します。多分お金は効果薄いですよ)
(……性格は?)
(優しさの化け物というか、見たまんまな感じで何しても怒らないです。ただ押しに弱くて、グイグイくる人は苦手ですね)
(彼女、付き合ってる男性はいるのか?)
(いないと思いますよ。父親以外の男の名前出たことないですし)
(なら……)
「でしたら理想の男性などはいかがです? 貴方にぴったりな男性を我々伊達が見つけてきましょう。俳優、社長、スポーツ選手、歌手、外国人ハーフ、なんでも好みを言っていただければ、結婚までエスカレーターな男性をセッティングしましょう」
さすが世界の伊達、物だけじゃなくて結婚相手まで用意してくれるとかアマゾンよりすげぇや。かなりブラック臭はするが。
「具体的に好みの男性を言ってらえませんか?」
静さんは困惑しつつ頬を赤らめ、じゃあ……と控えめに俺を指さした。
「…………」
「…………」
「えっとですね、彼みたいな年下の子が良いということですか?」
玲愛さんが聞くと、静さんは首を振る。
「ユウ君が……いいの」
地雷踏んだことに気づき、汗だくになる玲愛さん。
彼女はドンっと肩でぶつかってくると、再び小声で話す。
(オイ、彼女結婚相手にお前を指定してきたぞ)
(静さん結構引くくらいブラコンなんで)
(それは家族愛ということなんだよな? 家族愛でお前を指定してきたってことなんだよな?)
(俺は怖くて聞けないです)
役に立たんやつめと舌打ちする玲愛さん。
(どうするんですか?)
(彼女の真意を確かめる)
玲愛さんは咳払いすると、カウンセラーのように質問を行う。
「あ、あの……お伺いしたいことがあるのですが」
「はい」
「結婚願望はあるのでしょうか?」
「はい、あります♡」
嬉しそうに答える静さん。
「そう、ですか。将来どのような家庭を築きたいなどありますか?」
「結婚後は子供を男女一人ずつ、犬と猫を飼ってすごしたいです。それまでにマンガやアニメでたくさんお金を稼いで、育休期間がとれるようにしたいと思ってます」
あ、それで今頑張ってるんだ。
やたら具体的な未来像。すでに婚約者がいるかのような口ぶり。俺には静さんの思い描いた未来の旦那は誰ですかと怖くて聞けない。
すると玲愛さんは、意を決して問う。
「……もう直接的にお聞きいたしますが、三石悠介と今どこまでできますか?」
「ど、どこって……」
「セックスを含めた男女のあれやこれやです」
玲愛さん、もうぼかしても仕方ねぇって感じで話始めたな。
「彼が今唐突にあなたを求めてきたとしたら?」
「えっ……」
「な、なに聞いてるんですか。静さん困ってるじゃないですか」
義姉から一体何を引き出そうとしてるのか。
「ディ、ディープキスくらいなら今できるかしら」
顔を赤くして真面目に答える静さん。
「セ、セックスは、一日くらい待ってほしい……」
あっ、俺静さんにセックスしたいって言ったら一日待てばできるんだな。
質問をした玲愛さんのほうが白目をむいて倒れかけていた。あなたが開けたパンドラの箱ですよ!
(オイ、悠。あの人完全にお前のことを男、というよりもう夫のつもりで意識してるぞ)
(結構前から知ってたんですけど、いざディープキスくらいなら今すぐできますっていわれると俺もどうしていいかわかんないですね)
(あの人伊達にお前を渡す気ないだろ)
玲愛さんはまたゴホンと咳払いする。
「えっと、静さんは悠介と伊達の婚約についてどう考えているのでしょうか?」
「……幸せな婚約であれば祝福したいと思っています」
一瞬間を開けて答える静さんは、どこか物悲しそうな眼をしている。
その眼は、大企業伊達はどう足掻いても俺には荷が勝ちすぎる。
仮に婚約までうまくいったとしても、分家からの攻撃や、お飾りの婚約者、分不相応、孤児、後ろ盾なし、様々な事情からきっとうまくいかないであろうという未来を見越している。
それは彼女だけでなく、伊達の大多数の大人が思っていることだろう。
伊達の許嫁は放っておいても勝手に降りる。降りなければ、軽く撫でて心を折ってやればいい。娘もいずれ
「……”二度”もユウ君を大人がいじめないで」
「!」
その言葉に玲愛さんはガタッと立ち上がり、声を荒げた。
「私が彼を責任もって幸せにします! 必ずです! だから義姉さん私に彼を託してください! 私はそのために伊達で力を得てきたんです! 分家にも口出しさせません、父も必ずなんとかします!」
もう二度と同じ轍を踏むものか。そんな一度バッドエンドを経験したループキャラのような必死さ。
「玲愛ちゃん……」
「だから……私に義弟さんをください……」
「…………」
静さんは沈黙し、しばらく重い空気が広がる。
俺はてっきり「いいわよ」と二つ返事で返すかと思ったが、なかなか答えが出ない。
やがて時計の秒針が一周半くらいする時がたった後、静さんはいつもの糸目を開き真剣な表情で告げる。
「あなたのその言葉に嘘偽りはないと感じました。だけど余計に不安になったわ。あなた一人でユウ君を背負うつもりならやめて」
「くっ……私は、幸せに……」
「玲愛ちゃん一人で立ち向かおうとするのはいけないわ。一人でケアするのが無理なら、誰かを頼ればいいの」
「誰か……」
「私がユウ君の側についていれば、少しは安心できないかしら? 私たちは家族になるんでしょ?」
「!」
私は敵じゃないよと、慈悲深い地母神のような眼をする静さん。
「一緒にユウ君を守っていきましょう」
「はい、義姉さん」
ぐっとお互いの手を握り合う二人。
なんか玲愛さんの目が新興宗教にすがる信者みたいな目になってるんだが。
「具体的には、もし伊達家と婚約したら一緒について行ってもいいかしら? 姉として」
「はい、もちろんです一緒に暮らしましょう義姉さん」
俺はこの日初めて、玲愛さんが交渉で敗北するシーンを目の当たりにした。
玲愛さん気づいているのでしょうか。結婚してもDキスOKな姉がついて来るという事実を。
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